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——ゆらゆら。頭が揺れる。
気がつくと俺は、なんだかふわふわとした心地よい布団の中でまどろんでいた。
あーなんだかすげーたくさん寝た気がする。
このふわふわな布団が気持ちいい。雲の上にいるみたいだ。こんな寝心地いい布団なんか、初めてだな。どこの布団なんだろ。起きたらメーカー聞いて、速攻買いに行こう。
しばらくまどろみに身を任せた俺は、ぼんやりと目を開けた。
周囲はやけに明るくて、あまりの眩しさに、思わず強く目を瞑る。そしてまたうっすらと目を開けると、そこは白い部屋の中で、俺はやはり白いふわふわの布団に寝かされていた。
いや、布団か? これ? ふわふわモコモコの綿? の上に敷かれたシーツ? だけどものすごく手触りがいい。
「……なにここ」
ぼーっと上を眺めるが、そこには天井らしきものは見えず、ただ明るい空間が広がっているだけ。白くてフワフワしていて、なんだかよくある天国っぽいイメージ。
「あれ、俺どうしたんだっけ」
結婚式場を出て、駐車場で車に乗って、それでなんだかヤケクソになって闇雲に車を走らせて……。
「……もしかして事故った? 俺、死んだのとか。はは、まさかな」
寝転んだまま両手を掲げて見る。別に透き通ってたりはしない。いつもと変わらない……いつもと変わらない? いやいや違う!
「おい、俺のスーツは!?」
慌てて飛び起きて、自分の服装を確認する。
車に乗ったとき、たしか上着は助手席に置いた……かもしれない。でもシャツやズボンは脱いでない。脱ぐはずがない。
それなのに俺は、着ていたスーツとは真逆の、なんだか真っ白でフワフワの、外国の映画でみるパジャマのようなワンピースを着ていた。
「お、俺のスーツ!!」
「はい、残念でしたー」
そう叫んだ瞬間、背後から声がした。
誰もいないと思って叫んだのに、後ろに誰かいた。
「……――え?」
さっきまで誰もいなかったよな!? いなかったよな!? と心の中は大パニックに襲われつつ文字通り恐る恐る振り返ると、そこにいたのは――。
「え……黒木?」
そこにいたのは、なんと大学時代の友人の黒木だった。
「よっ! 久しぶり! 俺のこと覚えてた?」
二カッと顔を全体が笑顔になったような、そんな笑顔ができるのはやっぱり黒木だ。
「え? なに? なんで? 久しぶりって、いや、ちょっと待て」
「マジで久しぶり〜! 俺、ユウジにすっげー会いたかったんだ〜」
「え、お? いや、ちょっと黒木、わっ」
動揺している俺に構うことなく抱きついてくる黒木。こういうとこ全然変わってない。
いや、変わってないどころじゃないって。変わるはずない。だって黒木は7年も前に――。
「黒木、ちょっと待て! お前、し、死んだよな」
「まあな」
そう言って黒木はまた二カッと笑って俺を見た。
黒木とは大学が同じで、3年の春にバイクの事故で死んだ。
黒木は山岳部ですげーゴツくて、それでもデカい犬みたいに人懐こくて、先輩後輩問わずみんなに好かれてたような奴だ。それでなんでか学部の違う俺にも懐いてて、構内で俺を見かけるといつもこうして抱きついてきて。
俺はその頃ちょうどあいつと付き合い始めた頃だったから、誤解されるのが怖くて、やめろって何度も言ってて。
「え、ちょっと、じゃあやっぱ俺って死んだのか?」
もしここが俗に言う天国ってやつならば、俺は死んだことになる。この真っ白な空間も、フワフワな雲のようなベッドも、そうだと言われれば納得しかない。
でも自分が死んだなんて、自覚がなさすぎる!
(えっと、あの時車に乗ってエンジンかけて、それから闇雲に走って、それから――)
「そのあとの記憶がない!!」
どれだけ記憶の糸をたぐっても、まったくもって思い出せない。恐怖に背筋がヒュッと冷たくなる。
だがそんなふうに取り乱す俺とは対照的に、黒木はのんきな顔で笑っている。
「まあいいじゃん。ユウジ」
「よくない!!」
「でも、ここ居心地いいぞ〜」
黒木がボフンとフワフワの上に寝転ぶ。
確かに、ここはとても居心地いい。気温とか湿度とか暑くもなく寒くもなくちょうどいいし、このフワフワもかつてないくらい気持ちがいい。さすが天国。
「ユウジ、ほら」
「あ、ちょ、おい!」
黒木が戯れるように俺の腰を掴んできて、俺はフワフワの上にボスンと勢いよく倒れこんでしまった。
フワフワッと雲の欠片が空中に舞い、雪のように舞い落ちる。でも埃のような嫌な感じではない。本物の雪のように、肌に落ちてもさらっと溶けて消えていく。
そしてその雪の間から、ニコニコの笑顔で、片肘をついた姿勢で俺を見下ろす。ずっとここにいるくせに、山で日焼けした逞しい体も、そして若さもそのままの黒木。対して俺は。
「……黒木変わんねーな。俺、年とったろ」
黒木が死んだのは大学3年の頃で、あれから7年経った。黒木は21歳で時を止め、俺は先週で28歳になった。
当時の黒木はおっさんじみたやや老け顔のイメージだったが、こうしてみるとまだ幼い顔つきで、無精髭がそう見せてたんだなって、今更ながら気づいた。
「ユウジも変わらないよ。俺の知ってるユウジのまま。キレイで優しくてさ〜。俺好きだったんだ、ユウジのこと」
「……」
照れたようにへへへと笑う黒木に、俺は何も言い返さなかった。