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「生中ね。あと、藁焼きの鰹のたたきに……。ユウジは? 何飲むんだ」
「あ、えーっと……」
予告なく店員を呼ばれた俺は、手に持っていたビールを慌てて飲み干すと、ジンジャエールを注文した。だが佐藤は「あ、今のジンジャエールナシで、生中追加にして」と勝手に注文を変更する。
「お前もまだ飲めるだろ。久々なんだから、もう一杯いっとけ、話聞いてやるから」
こう言われたら文句も言えない。
佐藤が枝豆を自分の口にひょいひょいと運びながら、話を再開させる。
「さっきの話に戻るけどさ、じゃあその子がユウジのことを好きになった根本のところが、黒木絡みじゃないって分かればいいってことか? お前を好きだってのもその子の本心であれば、お前もホイホイと付き合うってことだよな」
「ホイホイってあのな。……いや、でもさ。これまで男と付き合ったことがない子なわけだし、ただの気の迷いで俺みたいなおっさんとって、地獄じゃない? 若い子同士ならまだしもさ」
「え!? 気にするところか? それ!」
「気にするだろ!」
そこで「お待ちどうさま」と声がかかり、さっき注文したビールが運ばれてきた。それを佐藤が店員に軽口をききながら受け取ると、なぜかもう一度乾杯し、2人同時にビールを呷る。
「俺なんかこの前遊んだ子、23歳だったぜぇ」
「お前は節操がなさすぎんだよ! そりゃ奥さん怒るって」
「お前が固すぎんじゃねーの? そいつもハタチ過ぎてんだろー?」
いくら20歳過ぎてても、社会人と学生じゃ全然違う。親に大学行かせてもらってる間は子供と一緒だっての。
「女子大生なら、俺いっちゃうね」
はいはい。佐藤お前ならそうだろう。俺だって遊びなら。
――そう、彼が遊び慣れてる子で、俺ともパパ活だとか言って本気じゃないって感じなら、こんなに悩まない。
「せめて黒木の呪縛が解かれたら、彼の俺への感情も落ち着くかもしれないんだけど」
「……呪縛ねぇ」
佐藤が、最後の一切れとなった鰹のたたきを口にいれながら、そうぼやいた。
佐藤が”生まれ変わり”について懐疑的なのは仕方がない。だって俺も証明なんかできないし、ダイチに記憶があるとは思えないし聞いてもわかるはずない。
せめてそこが分かればなぁ――。
「あー食った食った。ここ結構美味かったなー」
「ああ。刺し身の種類が多くて、酒が進んだな」
会計を済ませのれんをくぐって外で出ると、もう遅い時間だっていうのに、ネオン渦巻く繁華街は、スーツを着たサラリーマンから若い人までたくさんの人で賑わっていた。
(結構まだ大学生っぽい子たちもいるな。ダイチもこういうとこで飲み会したりすんのかな)
ダイチからは、飲み会とかの話を聞くことがない。
彼の所属する学部では、飲み会はしないのかな。俺の大学時代なんか、飲み会ばっかりだったけどなー。
あんなにカッコよくて人懐こい子だから、しょっちゅう声がかかりそうなもんだけど。
男女数人で道に広がり盛り上がっている若い子たちを横目に、彼らはこれから二次会にでも行くんだろうなと思いながら、佐藤に続いて駅のほうへ足を向けた。
今は22時過ぎ。いつもなら2軒目でバーにでも行って終電まで飲むんだけど、佐藤は奥さんとの約束の手前、終電よりも早く帰らなくてはならないから、今日はそれもなし。まあこればっかりは佐藤の自業自得。浮気ばっかするからだよ。
「おっと」
「おい、佐藤、飲みすぎたんじゃないか」
佐藤がふらついて、転けそうになる。
料理が美味しかったせいもあり、2人して結構たくさん飲んでしまった。佐藤なんか最後は日本酒も飲んでいたから、余計に酔ったのだろう。歩きながら足がもつれて転げそうになるのを、とっさに俺が支えてやる。
そうしたら佐藤が「うへへ」と変な声で笑いながら、俺にしがみついてきた。
「お、重! 佐藤! てめー!」
「ユウジ〜、俺を駅まで連れていけ〜」
「佐藤と俺とじゃウエイトが違い過ぎだろって!」
本気で酔っているのか冗談なのか、なかなか手を離そうとしないがっちり目ではあるが最近ふくよかな佐藤の脇腹を肘で押しのけながら、俺がふと前に視線を戻すと、少し向こうに見慣れたシルエットが目に入った。
(え、あれ……?)
短髪の小さな頭。タイトな黒のジャージを着こなす長身の青年。
「ダイチ?」
思わず声が出た。
学校の友達なのか、男女のグループの輪の中にいる彼。俺の知る愛想のいい彼とは思えない、ダルそうに相槌をうつ姿に一瞬見間違いかと思った。
でも俺の視線に気づいた彼がこっちを向き、目があうとすぐに反応した。