07・王太子殿下②
「本日付で王太子殿下の第一執務補佐官となりました、ソフィリア・ガーランドと申します。よろしくお願いいたします」
「ん? ああ、君が来ることは母から聞いている。俺はウィリアム・ファウスト。よろしく」
私がドレスの裾を引いて名乗ると、青年は表情を変えずに淡々と名乗り返してくれた。
エルエレリア王国第一王子、ウィリアム・ファウスト殿下。エリザベート女王陛下の一人息子であり、第一位の王位継承権を持つ王太子殿下である。
私が殿下と正面から顔を合わせるのは、中庭での一件を除くとこれが初めてのことだ。
ウィリアム殿下が社交の場に姿を現すことは滅多にない。奇跡的に現れたとしても、すぐにふらりといなくなってしまうことは有名な話である。
女王陛下のそばで働いてきた私ですら、城の中で殿下のお姿をお見かけしたことは数回のみ。それも、遠目にお見かけしたレベル。
――てっきり、相当な曲者なのだろうと思っていたのだけど……。
こうして対面してみると、ウィリアム殿下は存外普通の青年に見える。
だが、どうしてだろうか。
殿下のセレストブルーの瞳に見つめられていると、目が逸せなくなるような気がした。
――やっぱり綺麗だわ。
中庭で会ったときもそうだった。彼の瞳をやたら綺麗だと思ったのだ。
「もう! 殿下ってば釣れないんだから! だからブランカ様にも振られるんですよ!」
割り込んできた元気の良い男の声にハッとする。
気づけば、いつの間にやら茶髪の青年が私のそばに来ていた。
「気にしないでくださいね! 殿下がそっけないのはいつものことですから!」
私を励ますように言ってくれているのはありがたいのだが……。この男、先ほどから最後の一言が余計だ。それに対してウィリアム殿下が口を開かないのがまた怖い。
「あなたは?」
とてつもなく明るい良い笑顔で、さらさらと余計な一言を口走っているこの青年は誰なのだろう。
私が尋ねると、茶髪の青年は嬉しそうにニコニコと笑った。
「俺はマクレガー伯爵家三男、エリオット・マクレガーと申します。殿下の侍従です」
マクレガー伯爵家……。その名前には聞き覚えがあった。
マクレガー伯爵家といえば、我がガーランド伯爵家と同様に、長年王家の側仕えをしている家系のはずだ。
侍従、ということは、執務補佐官とは名目が違うがほぼ同僚ということになるだろう。
この執務室内で、おそらくは三人で仕事をしていくことになる。
――せっかくなら、仲良くやっていきたいわ。
「改めまして、ウィリアム殿下、エリオット様。私はまだまだ不勉強の身ではありますが、一生懸命頑張りますのでこれからよろしくお願いいたします」
もう一度私が頭を下げると、殿下は一瞬目を瞬かせ……。それから元の無表情に戻ってふう、と息を吐き出した。
「俺にもこいつにも、そんなにかしこまらなくていい」
「うんうん! 俺のことは呼び捨てで大丈夫ですよ!」
「で、ですが」
エリオット様はともかく、王太子殿下を相手にかしこまらないわけにはいかないだろう。
私が言葉を返そうとしたそのとき、殿下が静かに席から立ち上がった。
「俺のことも好きに呼んでくれ。それと俺のことは放置していいよ。好きにすごしてくれ」
――え、ええええ?
「今日の分の仕事、終わったから」
私の隣に立つエリオットの前まで来ると、殿下は手に持っていた書類の束を差し出す。
おそらく王太子殿下に割り振られた仕事の書類だろう。
「じゃ」
短くそれだけ言うと、殿下は困惑する私をよそに、私たちのわきをすり抜け執務室を出て行った。
「え……っと?」
一体今の一瞬でなにがあったというのか。
説明を求めてエリオットの方を見やると、彼はへらりと笑っていた。
「あ、いつものことなんでお気になさらず!」
――いやいやいや、お気になさらずって言われても!
楽しそうなのはエリオットだけだ。
そんな彼と執務室に残された私はどうしたら良いのやら。
殿下の澄んだ瞳からは私を拒否する色は見て取れなかったけれど、もしかしたら殿下は私が執務補佐官なんて不満なのかもしれない。
だから早々に執務室を出て行ったのかも。
――とりあえず、ウィリアム殿下に認めてもらえるように頑張らないと……!
決意を固める私の横で、なぜだかエリオットが「これから楽しみですねぇ!」と言葉通り楽しそうに笑っていた。