50・伯爵令嬢は王太子に愛されている①
大騒動となった夜会……改め、私とウィリアム様の婚約披露パーティの日から数日が経過した。
私はあれから王太子妃となるための教育に追われ、ウィリアム様の執務補佐官として働くどころの状態ではなくなってしまった。
教育が落ち着き次第、執務補佐官に復帰するつもりではあるけれど、それもずっと続けることは出来ないだろう。
将来的に王太子妃となれば、今度は公務が自分の身に降りかかってくる。
――でも国のために、そしてウィリアム様のために働けるならなんだっていいわ。
大事な人やもののために働くことが、私の誇りだ。
執務補佐官だろうと、王太子妃だろうと、私にとっては変わらない。
しかし、私には未だに心配ごとが一つあった。
◇◇◇◇◇◇
いつぞやのように女王陛下のお茶会へ招かれた私は、庭園のガーデンテーブルに座っていた。
以前と違うのは、今回は私の他にウィリアム様とエリオットも招かれていることだ。澄んだ空の下、4人でガーデンテーブルを囲んでいる。
ウィリアム様やエリオットとはこの数日の間も会うことがあったが、陛下と顔を合わせるのは先日のパーティぶりだ。
「……陛下、私ずっと気にしていることがあるんですけど、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
話が途切れたタイミングを見計らって、私は陛下へそう切り出した。
「なんだ?」
「私は、いくら王家とゆかりのあるガーランド家と言えど、伯爵家出身です。本当に、私がウィリアム様の婚約者で大丈夫でしょうか……?」
ウィリアム様との身分差は、私がずっと気にしていたことだった。
今更「やっぱりダメだ。お前はふさわしくない」と否定されても困るのだが。
「なんだ、そんなことか」
不安な気持ちを抱えて尋ねた私に、陛下はころころと笑った。
「そもそもお前は、最初からわらわが認めたウィリアムの婚約者候補だよ」
「………………はい?」
――最初から? 陛下が私を認めていた?
陛下は一体何の話をしているのだろうか。
陛下の言葉の意味をすぐに飲み込めなくて、私は数秒の間をあけた後に間抜けな声を上げてしまった。
「……どういうこと? 俺がソフィとの婚約の話を母さんにしたのは、たしか夜会の何日か前でしょ」
どうやらウィリアム様も陛下の言葉の意味がわからなかったらしい。紅茶を口へ運ぼうとしていた手を止めて、ウィリアム様も陛下を見る。
「陛下陛下、ソフィリア様と殿下は何もご存知ないはずですよ〜」
見かねたのか、エリオットがクッキーをむしゃむしゃと口へ運びながら助け舟を出してくれた。
「あ、ああそうだったな。順を追って説明してやろう。そもそもの発端は、お前たち二人がひと月ほど前に、揃いも揃って婚約破棄された日のことだ」
――そういえば、中庭で初めてウィリアム様とお会いした日からもうひと月も経ったのね。
あの日が発端、と言われて思い返すも、私が陛下に認められる理由が特に思い当たらない。
「あの日、わらわはエリオットから報告を受けたのだ。それまで人に興味を持つことのなかったウィリアムが、珍しくもたまたま会ったソフィリアに興味を持っていた、と」
「……エリオット、俺はそんな報告をしたと聞いていないけど?」
ウィリアム様はエリオットをじっと見据えた。
「し、仕方ないじゃないですか殿下! 殿下のことを陛下に報告するのは俺の仕事なんですから! それに美味しいお菓子を褒美にやるって言われたら断れるわけないじゃないですか……!!」
エリオットは慌てた様子で、必死にウィリアム様へと弁解している。
どうやら本当にエリオットは陛下に餌付けされていたらしい。
エリオットらしくて私はつい苦笑してしまった。
陛下は微笑ましそうにウィリアム様とエリオットを見つめたあと、再び口を開いた。
「話を続けるぞ。それから何日かして、アーウィン……ソフィリアの父がワイン瓶を片手にわらわのもとへやってきた」
――あ……。その話聞いた覚えがあるわ。
確か、私が陛下にウィリアム様の執務補佐官へ異動するように命じられた日のことだ。
世間話の一環として、そんな話を陛下から聞いた気がする。
「娘が婚約破棄されたと号泣するもんでな。わらわも息子が婚約破棄された身、お互い愚痴を言いながらその日は飲みに飲んだ。そこで酔ったアーウィンに、『ソフィリアをウィリアム殿下の次のお相手にするのはいかがですか!?』と勧められてのぅ」
「お父様!?」
一国の女王陛下相手に、飲みの場で自分の娘を王太子の結婚相手として勧めるなど一体何をやっているのだ、うちの父は!
大方、父は「がはは」と陽気に酔って、半ば冗談のつもりで陛下へ話をもちかけたのだろう。
その様子をリアルに想像してしまって、頭が痛い。
「エリオットからウィリアムがソフィリアのことを気にしていると聞いてもいたし、わらわもソフィリアのことはよく知った仲だったしな。ありだと思ったのだよ。その時点で、ソフィリアはもう、わらわが認めたウィリアムの婚約者候補だった」
「……っ」
まさかその時点から既に陛下に認められていたとは気づかなかった。
私は驚きで息をのんでしまう。
「しっかし、我が息子ながらウィリアムは人への興味が薄い。普通に紹介しただけでは前の婚約者と同じことになりかねんと思った」
「そこで、ソフィリア様を殿下の執務補佐官に任命、ですね!」