05・女王陛下は命ずる②
――そういえば、陛下も王配殿下を流行病で亡くされたのよね。
10年前、この国を流行病が襲った。
病に貴賎は関係ない。王配であろうとも、伯爵家夫人であろうとも、一般市民であろうとも。
今はもう薬が開発されて流行は落ち着いているが、当時は凄惨な有様で、病にかかった人間が皆亡くなっていった。
当時8歳だった私も、あの時の人々の暗く淀んだ雰囲気を覚えている。
つまるところ、女王陛下とうちの父は、昔からの幼なじみのようなもので、流行病でパートナーを亡くした片親という共通事項をもつ存在でもあるというわけだ。
――それに、あの日私と同じように浮気されてたのって……。
私の脳裏には、先日の中庭で私を助けてくれた青年……もとい王太子殿下の姿が思い浮かんでいた。
シュミット様の巻き起こした中庭での一件。
あの場には、エリザベート女王陛下の一人息子である王太子殿下もいあわせていた。
噂では、あの後王太子殿下とブランカ様の婚約も破談になったらしい。
私と同じように。
結果として、あの日中庭で起きたダブル浮気はダブル婚約破棄になってしまったというわけだ。
――親からしてみれば、嫌な共通事項が増えたって感じかしらね……。
複雑な思いを抱いて私がから笑いをうかべていると、陛下は思い出したかのように私の姿を上から下まで眺めていた。
頬杖をついてじっと見つめてくる。
「? どうかしましたか?」
「……それにしてもお前、仕事となると雰囲気が変わるのぅ」
おそらく陛下は、『妖精姫』の姿の事を言っているのだろう。
髪を下ろし、シフォンのドレスに身を包んだ、伯爵令嬢として私。
「……あの姿だと必要以上に舐められますからね。これは、私の装備です」
今は、女王陛下の第五執務補佐官としての私だ。
長いピンクブロンドはお団子にまとめ、服装もシックなロングドレス。
服装や髪型を変えるだけで気分も変わる。
仕事用の服装をしていると少しだけ強くなれた気がした。
……妖精のようなご令嬢でいなくていいような、そんな気がするのだ。
「……ふぅむ。なるほどな。合格だ。そもそもお前はわらわが認めた執務補佐官。あの子が気に入るのも当然だったわ。血は争えんよのう」
――な、なに? あの子?
一体私は何に合格したというのだろう。陛下の言葉の意味が掴めなくて、私は目を白黒とさせるしかない。
しかし陛下は私のそんな様子など関係なしに、たった一言、宣言した。
「ソフィリア・ガーランド。お前に、王太子直属第一執務補佐官への異動を命ずる」
「……え?」
――王太子直属第一執務補佐官?
「ど、どういうことですか、陛下! 私などが王太子殿下の執務補佐官を務められるとは思えません!」
私は女王陛下が相手だということを忘れて、つい声を上げてしまった。
はっきり言って、私はまだ執務補佐官として見習いに近い立場だ。現に、私以外の執務補佐官はかなり年上で、私は下っ端も下っ端。まだまだ勉強しなければならない身だ。
それがいきなり王太子殿下の第一執務補佐官へ異動など、きちんと務まるか不安しかない。
しかし、陛下は「大丈夫大丈夫」と軽く笑った。
「わらわはお前の執務補佐官としての仕事ぶりを認めているのだよ。それに、あの子は仕事は早いし、一応侍従もついている。どちらかと言うと、お前にはあの子の話し相手になってやってほしい」
「……話し相手?」
私が問い返すと、陛下は美しい顔を憂いの色に染めてため息をついた。
「わらわは心配しておるのだよ。あの子は将来王となる立場だ。だが、対人関係への興味がことごとく薄い。社交にもほとんど参加しないし、おまけに先日の婚約破棄の一件だ」
「……なるほど」
陛下の言葉に、私は妙に納得してしまった。
確かに王太子殿下の社交嫌いは有名な話なのである。実際、次期国王として大丈夫なのかと、不安視する声が貴族社会内で上がっていることを私は知っていた。
それに加えて、婚約者であったブランカ様から「わたくしにひとかけらの興味も示さない」と言われていたことから、女性に対して興味があるのかも謎だ。そうなれば、将来的に世継ぎも不安要素になってくる。
女王としても、親としても、王太子殿下のことを心配するのは当然のことと思えた。
「お前なら歳も近いし、共通点も多い。まだ話しやすいだろう。期待しておるよ」
にこりと。
女王陛下は美しく微笑まれて、それ以上拒否などできるわけが無い。
「……承知、いたしました」