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39・覚悟を決めて


 エリオットが談話室を出ていき、室内にはウィリアム様と私だけが残される。


「ウィリアム様……どうしてここに……」


 てっきりウィリアム様は、いつものように中庭で休憩でもしているのだろうと思っていた。まさか談話室にやってくるとは思っていなくて、私の思考が追いつかない。

 

「ソフィリアを探していたんだ」


「そ、そうですか。どうかなさったんですか?」


「君に渡したいものがあって」

 

 私が座っている席の方へ近づいてくるウィリアム様。

 私はというとここ数日のせいか、無意識のうちにウィリアム様から逃げようと席を立ち上がっていた。


 そのままじりじりと後退してしまう。


 ――エリオットにはああ言われたけど、すぐに気持ちを切り替えられないわよ!!


 エリオットは、「私の想いが報われないことにはならない」「覚悟を決めろ」と言った。

 ウィリアム様の一番傍で仕える彼の励ましを信じたいという気持ちはあるのだ。

 だか、ものの数分で覚悟を決め切れるわけがない。


 ウィリアム様は私との距離を詰めるように、一歩、また一歩と近づいてくる。

 後ろへ下がるにも限度があり、とうとう私は壁際まで追い詰められてしまった。

 

「どうして俺から逃げるんだ? ソフィリアは俺のこと、嫌い?」


 ウィリアム様はこれ以上逃がさないとばかりに、私の腕を掴んで見下ろしてくる。

 

「ちがいます、嫌いなわけ……!」


 咄嗟に反論しかけてから、私は慌てて口をつぐんだ。

 これではもう、ほとんど答えているようなものではないか。


「じゃあ、好き?」

 

 ――ああもう……!


 ウィリアム様が、無表情に不安げな色を滲ませて問うてくる。

 その瞳を見て、私はもう逃げきれないと悟った。


 もう、覚悟を決めざるを得ない。

 この不毛な恋へ身を投じる覚悟を。

 

「好き、です……。ウィリアム様のことが、好きです!」


 私は強くウィリアム様を見上げて、叫ぶように想いを告げた。

 半ばやけくそのような告白をする私に、ウィリアム様は一瞬目を見開いて……。それから、ふわりと幸せそうに目元を細めた。初めて見るウィリアム様の表情だった。


「……よかった。君に嫌われているわけじゃなくて。今日は、今までで一番幸せな日だ」


「わわ……っ」


 ウィリアム様は掴んでいた私の腕を引き寄せ、私の体をぎゅうと抱きしめた。

 触れている部分から、ウィリアム様の体温が伝わってくる。

 その温かさに、私も幸せを感じてしまった。


 ――でも、ちょっと抱きしめすぎ……っ!


 力加減に慣れていないのか、ウィリアム様はぎゅうと強く抱き締めてくる。

 

「ウィリアム様、苦しいです……っ」


 息苦しくてウィリアム様の腕の中でもがいていると、ウィリアム様はハッとしたようだった。

「ごめん」と一言謝ると、腕の力を緩めてくれる。


 ――あれ……。


 ほっと息をつきながら、ふと私は思いだした。

 先程ウィリアム様は、部屋に入ってきた時に「私に渡したい物がある」と言っていなかっただろうか?


「そういえば、ウィリアム様。私に渡したいものってなんですか?」


 私が聞くと、ウィリアム様も思い出したようだった。

 

「ああ。これを、君に渡したかったんだ」


 そう言ってすぐにウィリアム様が上着のポケットから取り出したのは、小さな箱だった。


「開けても?」


「もちろん。それは君のだから」

 

 一応ウィリアム様に確認したあと、私は小箱の包装を解き箱を開ける。

 

「これは……リボン?」


 中から現れたのは、紺色の上品なリボンだった。


「うん。この間、なくしてしまっただろ。だから、その代わりにって」


 先日、王立劇場に視察へ行った帰りのことだ。普段仕事用に使っていたリボンを一本、風にさらわれてしまった。あの時のことを気にかけてくれていたのか。


 その心遣いが嬉しくて、私はもらったばかりのリボンを胸に抱きしめた。

 

「……ありがとう、ございます」


 私の反応に、ウィリアム様はほっとしているようだった。

 

「よかった。君に笑ってほしくて、昨日考えたんだ。さっき騎士たちと買いに出てよかった」


「さっき? 中庭に行っていたんじゃなかったんですか?」


 仕事が終わったあと、ウィリアム様はそうそうに執務室を出て行っていた。いつものように中庭へ向かったものとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。

 

「いいや、さっきまで騎士を連れて街へ行っていた。女性向けのアクセサリー店へ訪れるのは初めてだったから戸惑ったけど……」


 ――ああ、私はウィリアム様のことが好きだ。


 ウィリアム様は私の笑顔を見るために、わざわざ街へ出て買いに行ってくれたのか。

 アクセサリーの前で無表情に唸るウィリアム様の姿を想像して、なんだか微笑ましくなってしまった。

 それに何より、そんなウィリアム様のことがたまらなく愛おしい。


「……ソフィリア?」


 私はウィリアム様の目の前で、今つけているリボンを解いた。

 その代わりに、貰ったばかりのリボンで髪を結び直す。


 ――私は、もう覚悟を決めた。ウィリアム様への想いを貫き通す。


 この先、周囲から反対される未来があるかもしれない。ウィリアム様に新たな婚約者ができるかもしれない。

 それでも、どんなにつらい未来が訪れたとしても私がウィリアム様を好きであることは変わらない。変えられない。

 出来うる限り、立ち向かってみせる。

 

「ウィリアム様、このリボン大切にしますね」


 私が微笑みながら告げると、ウィリアム様は柔らかく目元を細めた。




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