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38・世話焼きな侍従


 貴族たちの会話を聞いた翌日、私はますますウィリアム様の顔が見られなくなってしまっていた。

 時間が経てば経つほどに気まずさが増している、というのもあるのだが、昨日耳にしてしまった貴族たちの会話が尾を引いていたのだ。


 ――私はやっぱり、自分の気持ちを伝えるべきじゃないわ。


 この想いはウィリアム様に告げぬまま、ひっそりと風化していくのを待ったほうがきっといい。

 ウィリアム様には悪いけれど、どうせ報われない恋ならば、なかったことにしてしまいたい。


「……ソフィリア」


 ウィリアム様はなにか物言いたげな様子で私を見つめては来るものの、今日は先日までよりは話しかけては来なかった。もしかしたら、私の態度に愛想をつかしてしまったのかもしれない。


 ――その方がいいって分かっているのに、どうして苦しいの……。


 私は苦しい胸の内を抱えたまま、どうにか午前の仕事を終わらせた。



 ◇◇◇◇◇◇


 

 午後になると、仕事の終わったウィリアム様はここ最近にしては珍しく執務室を出ていった。その背中はどこか寂しげだ。私にその責任があると思うと心苦しい。


「はぁ……」

 

 ウィリアム様のいなくなった執務室で仕事を続けながら、私はそっとため息をこぼす。

 最近私はため息をついてばかりだ。


「ソフィリア様、大丈夫です?」


 仕事が一段落したタイミングを見計らってか、私の向かいの席で仕事をしていたエリオットが気遣わしげな様子で声をかけてきた。


「もし良ければ、休憩がてら俺と少し話しませんか?」

 

 ここ数日の、私とウィリアム様の様子を見かねたのだろうか。

 エリオットのその申し出は、ありがたいものだった。

 一人で考えていて完全に煮詰まっていた私にとって、それはまるで救いの手のように感じられる。


「ありがとう……。ぜひお願いするわ」


「オッケーです! ここだとなんですし、談話室にでも行きましょ!」


 明るく振舞ってくれるエリオットに感謝をしながら、私たちは談話室へ向かうことになった。



 ◇◇◇◇◇◇



 城にある談話室にたどり着くと、そこには誰もいないようだった。

 談話室は、貴族や政務関係者が歓談や休憩に利用する場所だ。いつもはそれなりの利用者がいるのに珍しい。

 部屋にいくつか置かれたテーブルセットの中、エリオットは適当に腰掛けると、私にも座るように促した。


「それで、ソフィリア様。殿下と何があったんですか?」


「う……、それは……」


 単刀直入に切り出されて、思わず言葉に詰まってしまう。「ウィリアム様から告白されてどうしたらいいか困っている」なんて正直に話すのは、事実であるはずなのに、まるで自意識過剰な女のようで気恥ずかしい。

 しかし、エリオットには心配をかけているだろうし、事情を話さないわけにはいかないだろう。


「実は……」


 私がかいつまんで話すと、エリオットは(あご)に手を当てて考え込むような仕草を見せた。


「なるほど……。殿下から告白されたものの、どうすればいいか分からなくて困っている、と……」


「はい……」


 私はいたたまれなくなって下を向いてしまう。


「うーん、ソフィリア様は殿下のこと、どう思っているんですか?」


「え、そ、それは……」


「ここには俺しかいませんし、他言はしません。大丈夫ですよ」


 言い淀んでしまった私に、エリオットはひそりと安心させるように告げた。

 躊躇うものの、エリオットの言う通り談話室には私たち以外誰もいない。私は意を決して口を開いた。


「……ウィリアム様のことは、好きよ」


「それは、異性として?」


 エリオットに問われて、私は静かに頷く。

 私の反応に、エリオットはぱああっと花が咲くように頬を緩ませた。両手を合わせて嬉しそうにしている。


「じゃあ殿下にそう伝えましょうよ! きっと喜びますよ!」


 それは確かにエリオットの言う通りだろう。きっと、私が想いを伝えたら、ウィリアム様は喜んでくれる。でも。

 

「でも、伝えたところでなんになるの? 私の身分じゃ、ウィリアム様のおそばにいられない」


 ウィリアム様と想いが通じあったところで、それまでだ。身分の足りない私では、ウィリアム様の相手として周囲からは認められないだろう。

 ただ苦しい思いをするだけだ。


「きっといずれ私よりもふさわしい人がウィリアム様の婚約者になるのに、一時でも思いが通じあってしまったらあとが虚しいじゃない」


 だから、身を引けるうちに引いた方がいい。けれど、そう簡単に自分の想いを捨てられないから苦しいのだ。


「…………はい?」


 私がそこまで話すと、エリオットは何故かぽかんとしていた。

 こちらは懸命に話したつもりなのにエリオットからはそんな反応が返ってきたものだから、私は肩透かしを食らった気分になってしまう。


「え? あ、あー、ソフィリア様、もしかしてですけど、殿下の次の婚約者候補が、自分以外の誰かになるだろうって思ってます?」


「……? 何言ってるの、当然でしょう?」


 ――エリオットは何に困惑しているの?

 

「あー…………」


 なるほどそういう事か、とエリオットは額を押さえて下を向いた。

 それから、顔を上げたエリオットは真っ直ぐに私を見すえる。

 その瞳は、今まで見た中で一番真剣なものだった。


「ソフィリア様。大丈夫です。あなたの想いが報われないなんてことには決してならない。俺が保証します」


 ――?


 はっきりとエリオットに告げられて、私は首を傾げてしまう。

 

 エリオットの言葉には、確信めいた強さがあった。

 希望的な言葉ではなく、そう保証できるにふさわしい理由があるかのよう。


 私にはその理由なんて分からないというのに、強く断言するエリオットを信じたいと思ってしまった。

 

「まだ決まってすらいない未来を悲観してないで、さっさと殿下に愛される覚悟を決めてください! あの人、一度懐くとずっとついてきますよ!」


 エリオットはそう言うと席から立ち上がった。

 軽やかな足どりで談話室の出入口へ向かおうとする。


「じゃ! 殿下、あとはファイトー!」


「はっ!?」

 

 エリオットを視線で追おうと扉の方へ視線を向けて、私はエリオットの言葉と扉の前にいた人影にぎょっとしてしまった。

 

 ――え、な、なんで、ウィリアム様がここに……!?


 談話室の扉の前に、ウィリアム様が立っていたからだ。

 


 

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