34・殿下はうたたね①
私はウィリアム様に手を引かれるまま、中庭へとやってきた。
中庭には穏やかな日差しが差し込み、花の優しい香りがただよっている。
以前訪れた時と変わらず、穏やかな時間が流れている場所だ。
ウィリアム様は中庭の奥にそびえ立つ大木の根元に腰を下ろすと、私に隣へ座るように手で示した。
「ウィリアム様はここがお気に入りなんですか?」
エリオットに頼まれてウィリアム様を探したときも、ウィリアム様はこの木の下にいたことをふと思い出す。
私は大人しくウィリアム様の隣へ腰を下ろしながら尋ねてみた。
「うん」
ウィリアム様は頷くと、そのまま目を閉じる。
なんだか眠たそうだ。
今日の日差しはとても心地がよいから、ウィリアム様が眠気を誘われるのも仕方がない気がした。
――こんなに穏やかに過ごすのって、良く考えれば久しぶりだわ。
高く澄んだ秋の空と、穏やかに吹く風。ここにいると、慌ただしい日常を忘れられるような気がした。
――そういえば、ウィリアム様とブランカ様って、婚約者だったのよね……?
ウィリアム様の隣で流れる雲を眺めながら、私はぼんやりと考える。
今まで深く考えたことはなかったが、ウィリアム様はブランカ様のことをどう思っているのだろう。
先ほどの様子を見るに、ブランカ様へ強い感情を抱いているようには見受けられなかったが。
「ウィリアム様、お聞きしてもいいでしょうか」
「何?」
「ウィリアム様は、ブランカ様とはどんな関係だったんですか?」
気がつけば私は、感情に突き動かされるようにしてウィリアム様へ尋ねていた。
――私、今までそんなこと気にしたことなかったのに……。
気にしてしまうのは、私がウィリアム様に惹かれているからだと自分でも分かっている。
同時に、この想いが報われないだろうことも。
「どんなって言われてもな……」
私の質問に、ウィリアム様はどう答えたものか考えあぐねているようだった。
しばらく考えるような仕草をしたあと、ウィリアム様は口を開いた。
「何も無かった。ブランカとは、婚約者という名前がついていただけだ。興味もわかない」
そう語るウィリアム様の瞳は何の感情も宿してはいなかった。
言葉通り、なんの感傷もなさそうだ。
その事に安堵してしまう自分がいるのを感じていた。
――ああ、嫌だ。なんて私は醜いんだろう。
ウィリアム様が関心を寄せる相手が自分だけならいいと、私は願ってしまったのだ。
「ソフィリア。君とブランカはまったく違うな」
「えっ……?」
自己嫌悪に陥りそうになったところでウィリアム様から名前を呼ばれた。
知らず知らずのうちに下げてしまっていた顔を上げる。ウィリアム様は、瞳を細めて私の方をみつめていた。
「ブランカは、俺の周りでいつも騒いでばかりで……俺は落ち着かなかった。君のそばは……落ち着く」
ウィリアム様の表情は穏やかで、とても幸せそうだった。見ている私の方まで満たされる。
「ウィリアム、様?」
――え、えええ!?
しかし、その時ウィリアム様の体が傾ぎ、私の膝の上へ倒れてきた。
「ウィ、ウィリアム様っ!?」
私の膝の上に、ウィリアム様の頭がある。
誰かに膝枕をする状況なんて初めてで、私はあわあわと無意味に手をさ迷わせてしまう。
「ごめん、ちょっと膝借りてもいい……? 眠たくて」
ウィリアム様は本当に眠たそうだった。
つむった瞳はもう開きそうにない。
「しょ、承知いたしました……」
私はウィリアム様を無理に起こすことも出来ず、膝を貸すことを承諾するしか無かった。