一方その頃殿下は③(sideウィリアム)
「殿下、殿下! お帰りなさい!」
公園から城へ帰りつき、ウィリアムが自室へ戻ると、侍従であるエリオットが部屋の中で待ち構えていた。
「……ただいま」
(エリオットは、用事があるんじゃなかったのか?)
ウィリアムはいつものようにエリオットへタキシードのジャケットを脱いで渡しながら、ふと考える。
エリオットは確か、所用があるとやらで今日の夕方から休みを取っていたはずだ。
だから今日の劇場視察へ同行しなかったのだから。
てっきり今日はもう、エリオットは戻ってこないものだと思っていたのだ。
「用事とやらはもう終わったのか?」
「え、用事!? あ、あー、終わりましたとも!!」
疑問に思ったウィリアムが尋ねると、エリオットは何故か焦った様子だった。妙に早口で答えてくる。
(……怪しいな)
と、ウィリアムは思うものの、それ以上はエリオットを追求しないことにした。
この侍従はお調子者ではあるが忠実で、ウィリアムの害になることはしない。今エリオットが話そうとしないことを、無理に聞き出す必要はないだろう。
(そういえば……)
それよりも、エリオットに相談しなければならないことがあったことをウィリアムは思い出した。
「エリオット朗報だ。俺は変じゃなかった」
上着をクローゼットにしまっているエリオットの背中へそう伝えると、エリオットはぴくりと反応を示す。
「何かございました?」
振り返ったエリオットは、どこかわくわくとした面持ちだった。本人は隠しているつもりなのだろうが、まったく喜色を隠せていない。
「ソフィリアとあの令嬢は、同一人物だった」
「よ、良かったですね」
エリオットは口元を手で隠して、にやにやとした笑いを必死でこらえている様子だった。
「どうした」
「いえ! なんでもございません!」
さすがに不審に思ったウィリアムは、エリオットへ問いかける。エリオットは即座に表情を引きしめた。
いつもながら変な侍従だ。
(エリオットが変なのはいつものことか)
ウィリアムは気を取り直して話を続けることにした。
「俺はやはり、ソフィリアに恋をしているらしい」
「といいますと?」
「ソフィリアと目が合うと嬉しいし、そばにいたいと……触れたいと思う。触れても拒まれなかったことを、こんなにまで嬉しく感じたのは初めてだ」
ウィリアムがそこまで言うと、エリオットは「ぶはっ!」と勢いよく吹き出した。慌てた様子でウィリアムの話へ割り込んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってください!? 触れた!?」
「? 触れたが何か」
「俺のいないところでいきなり大幅に進展しないでくださいよ! その距離が縮まる様子見たかったのに!」
至極当たり前のことだと返事をするウィリアムに、エリオットは大袈裟な調子で喚いた。
ウィリアムとしては、何故責められているのか分からず困惑してしまう。
「お前は何を言っているんだ……?」
「ゴホン! 殿下とソフィリア様のオタク過ぎて取り乱しました! 申し訳ございません!」
咳払いをしたエリオットのセリフは、ウィリアムにとってさらに意味がわからないものだった。
外出で疲れているせいもあってか、エリオットの発言を突き詰めて理解しようという気も起きず、ウィリアムは話を変えることにした。
「それで、俺はどうしたらいい。誰かにこんな想いを抱いたのは初めてで、分からない」
これこそが、ウィリアムがエリオットに相談したかったことだった。
今まで誰かに関心をもたず、ただ流れに身を任せるようにして生きてきた。
そんなウィリアムが、初めて自分から興味を持ったのがソフィリアだった。
もっと近づきたいのに、その方法がウィリアムには分からない。
エリオットはウィリアムの無表情から困惑を読み取って、ふうと息を吐いた。
「……殿下はそのままが一番だと思いますよ」
「そのまま?」
「思ったことをそのままソフィリア様へ伝えるだけで、あなたの場合は充分です」
そう言ったエリオットは、まるで世話のやける子どもを見守るような視線でウィリアムを見ていた。