31・夜の公園で②
――な、何!?
ウィリアム様が一歩近づいてきて、タキシードの胸元が私の目の前に迫る。
ほとんど抱きしめられているような形だ。
「ソフィリア」
耳元すぐで聞こえてくるウィリアム様の声に、反射的にぎゅっと私は目を瞑ってしまう。その時、ウィリアム様の指が私の頭に触れた。
具体的に言えば、私のお団子に結った部分に。
「君の髪に、枝が刺さってる」
「えっ!?」
予想外な言葉をかけられて、思わず私は声を上げてしまった。
確かに言われてみれば私のお団子にまとめた部分が、後ろに根を張る大木から突き出た枝に引っかかってしまっているようだ。
どうにか自力で外そうともがいていると、ウィリアム様が私の様子を見てか、ふっと息を吐き出すようにして笑った。
「外してあげるから、じっとしてて。まったく……君はしっかり者なのか抜けているのか分からないな」
「すみません……」
こんな失態をウィリアム様へ見せてしまうとは恥ずかしい。
私はしゅんと身を縮こまらせてしまった。
「……だから目が離せないんだけど」
「……え、今なんて」
上からウィリアム様のつぶやきが降ってきて、その内容に私は咄嗟に顔を上げる。
だがウィリアム様は「なんでもないよ」と言って、はぐらかしてしまった。そして、私の髪に引っかかってしまった枝を外すためか、私の方へさらに身を寄せた。
――……ウィリアム様って、意外と大きい……。
ウィリアム様とは頭一つ分は身長が違うのだということに私はようやく気づく。
すっぽりとウィリアム様の下に入り込むような形で、私はただ大人しくするしかなかった。
「ほら、取れたよ」
しばらくして、私の髪から枝が外れたのかウィリアム様が小さく声を上げた。
ウィリアム様が一歩後ろへさがり、体が離れていく。
「……ありがとうございます」
「あ、ごめん、リボンが……」
ウィリアム様がそう言いかけた瞬間、夜風が強く吹き抜けた。
枝を外す際に緩んでしまったのか、私の髪を束ねていたリボンが解け、風に吹かれて飛んでいく。
「あ……」
私は咄嗟にリボンを掴もうと手を伸ばしたが、時すでに遅く、飛んで行ったリボンは夜闇に紛れてしまった。
お団子にまとめていた私の髪が、はらりと肩へ落ちる。
「君は……あのときの?」
ウィリアム様の驚きに満ちた呟きが聞こえてきて、私ははっと我に返った。
見やれば、ウィリアム様は目を見開いて、私を凝視していた。
「……あの令嬢は君だったのか」
「は、はい……」
ここで否定するわけにもいかず、私はウィリアム様の問いかけを素直に認めた。
「黙っていて、申し訳ありません……」
――もしかして、怒られる? それとも責められる?
私にはそんなつもりがなかったと言えど、ウィリアム様からしてみれば「騙されていた」と感じても仕方がない状況だ。
私は叱責を覚悟して、目を瞑って下を向く。
しかし、ウィリアム様から向けられたものは予想とは違ったものだった。
「そうか。……いろいろと納得した」
「え」
「顔を上げてくれ、ソフィリア。俺は驚いただけで怒ってはいない」
ウィリアム様にうながされて、私は恐る恐る顔を上げる。
見上げれば、言葉通りウィリアム様は怒ってはいないようだ。その代わり、安堵したように柔らかく微笑んでいた。
「ただ、俺が惹かれた二人の女性が同一人物で良かったと、そう思っていただけだ」
「……っ?」
――ひか、れた?
ウィリアム様の言葉の意味を掴めなくて、私は戸惑ってしまう。
「ソフィリア。今日はもう遅いから帰ろうか」
「は、はい」
ウィリアム様はそれ以上語ることはなく、私はどうしたら良いのか分からないまま。ただ、城へ向かう馬車に揺られていた。