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30・夜の公園で①


 オペラが終わると、私たちは支配人に案内されて役者や演奏者の控え室へ通された。

 ウィリアム様が王太子として感謝やねぎらい、そして今後についての言葉を伝えている中、私は周囲にバレないようにひっそりとため息をついていた。

 

 ――結局ずっと手を繋がれてたから、オペラの内容なんて忘れてしまったわ!


 しれっとすました顔をしているウィリアム様が憎い。

 一体どういうつもりで、ウィリアム様は私の手なんて握ってきたのだろう。


 だが、私一人がぐるぐると考えたところで答えなど出るわけもなく。

 王立劇場での公務を終えた私たちは、城へ戻ることになった。



 ◇◇◇◇◇◇



 私たちを乗せた馬車は、すっかり暗くなった城下町を一路(いちろ)城へと向かっていく。


「……止めてもらっていい?」


 繁華街を通り過ぎた辺りで、ふとウィリアム様が御者台へ向けて声を上げた。


「はっ? か、かしこまりました」


 御者は驚いたように返事を返しながらも、ウィリアム様の指示に従って、速度を落とし馬車を止める。


「え? ウィリアム様、何かありましたか?」


 一体どうしたというのだろうか。

 私が尋ねると、ウィリアム様は静かに首を横へ振った。


「何も。ただ、少し寄り道したくなって」


 そう短く答えて、ウィリアム様が馬車を降りていく。

 私は慌てて扉を開けると、ウィリアム様の後を追った。


 馬車の外に出ると、そこはどうやら公園のようだった。

 中央には噴水があり、周囲は木で囲まれている。

 夜の公園に人の影はなく、ただ風で揺れる葉の音とどこからか虫の声だけが聞こえてきていた。


 ウィリアム様は、周囲を眺めながらゆったりとした足取りで公園を歩いていく。

 

「ウィリアム様……?」


「今日、城下を見てさ。なんとなく、これが俺の守らないといけないものなんだなって思ったんだ」


 ウィリアム様は、歩きながらぽつりと独り言をこぼすように言った。

 

「劇場を楽しめるのは、平和があるからだ。街を歩く人々が笑っていられるのは、平和だからだ」


「そう、ですね」


 私はウィリアム様の言葉に頷きを返した。

 大陸には戦争をしている国もあると聞く。だが、このエルエレリア王国は幸いなことに戦争のない平和な時代が続いている。


「……少し、不安になった。俺はそんなに立派な王子じゃないから、ちゃんと守れるのかって」

 

 立ち止まってこちらを振り返ったウィリアム様は、いつもと同じ無表情をしていた。しかしその澄んだ青の瞳の奥には、不安が渦巻いているような気がした。

 

「人付き合いも社交も苦手な王子についてきてくれる人間がいるのかって――」


「――いますよ」


 珍しく弱音のようなものを吐いているウィリアム様に被せるようにして、私は強く言った。

 真っ直ぐに、ウィリアム様の瞳を見つめる。

 

「私は、ウィリアム様のおそばにいます」


 ――この人は、何を不安に思っているんだろう。


 人付き合いや社交が苦手でも、それを打ち消すくらい秀でたものをウィリアム様がもっていることを私は知っていた。

 仕事はだれよりも早いし、剣の腕前だって悪くない。人を惹きつけるカリスマ性だってある。


 この人は、次代の王になるべき人だ。

 

「君が? 君は、俺のそばにいてくれるの?」


 私の言葉は、ウィリアム様にとって思ってもみなかったものだったらしい。

 ウィリアム様はいつもよりも大きく目を見開いている。

 私はウィリアム様の不安を少しでも軽くしたくてさらに言葉を重ねた。


「私だけじゃなくて、エリオットもです。私たちは、あなたを支えるためにいるんですから」


 ウィリアム様に仕えることを誇りに思っているエリオットと、今は同じだ。

 今の私は、 ウィリアム様に仕えることを誇りに思っている。

 最初はあれほどウィリアム様と上手くやって行けるか不安だったくせに、おかしなものだ。


「……そっか」


 ウィリアム様は私の言葉を聞いてくしゃりと泣きそうな顔で笑っていた。

 初めて見るその表情に、なぜだか私は、この人のそばにいたいと強く思ったのだ。


 ――って、私、もしかして恥ずかしいこと言った!?


 言葉にしてしまったあとから、なんだか気恥ずかしくなってきた。

 私は誤魔化すようにウィリアム様から顔を逸らす。


「そ、そろそろ帰りましょう、ウィリアム様! 遅くなってしまいますよ!」


 けれど、ウィリアム様は何かに気づいた様子で動きをとめていた。

 

「……あれ、まって、動かないで」


 ウィリアム様は静かに言うと、私の顔の方へ手を伸ばしてきた。


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