29・オペラ鑑賞③
劇場入口のガラス戸を抜けると、中は吹き抜けのような空間が広がっていた。高い天井にはシャンデリアがきらめいている。
「席は一階から三階まであり、この先が一般の客席となっております」
支配人はそう言って、奥の方を手で示した。
示された先には扉が並んでおり、その先が一階の客席なのだろう。
「ウィリアム様方に本日ご利用していただくロイヤルボックス席は二階にございます」
支配人は「どうぞこちらへ」というと、今度は入口からまっすぐ進んだ先にある大理石の階段を示した。
支配人の案内の元、私たちは階段を上っていく。
「この階段は、ロイヤルボックス席へ繋がる専用の階段なのですよ」
支配人の話に、私はなるほどと納得した。それなら一般客や曲者が侵入してくる危険性が格段に減るだろう。
「皆様はご存知かと思いますが、この劇場は国営でございます。訪れる貴族様方はもちろん、市民の皆様も、利用される度にエルエレリア王家の威光を感じられることでしょう」
説明をする支配人は、どこか誇らしげな様子だった。
「こちらがロイヤルボックス席でございます」
階段を登りきると席への入口があり、支配人が扉を開けてくれた。
「わぁ……」
扉の先を見て、思わず私は感嘆のため息をついてしまった。
さすがはロイヤルボックス席だ。
バルコニーのようになっている小部屋の中には、席が6つほど並んでいた。
真正面に舞台が見える、まさに特等席。
「すごいですね! ウィリアム様!」
「ああ」
上がってしまったテンションそのままに声をかけると、ウィリアム様は私の様子を見てかくすりと笑った。
◇◇◇◇◇◇
しばらくした後一般客の入場が始まり、やがてオペラの公演が始まった。
私とウィリアム様は、並んで座りオペラを鑑賞することになった。
オペラの内容は、男女の悲恋を題材にしたものだ。
想い合う二人だが、身分差で引き裂かれてしまう。そして最後には、どちらもお互いのことを想いながら死を選ぶ。
――身分差、か。
鑑賞しながら、どうしても自分の身に置き換えて考えてしまった。
私なら、どうするだろう。
好きでどうしようもない相手がいるのに、身分差で想いが叶わなかったら――。
そこまで考えた時、隣から視線を感じたような気がした。
――ウィリアム、様?
私は、隣へちらりと視線を送る。
ウィリアム様は、いつも通りの様子で舞台を眺めているようだ。
――私の、気のせい?
ウィリアム様の視線を感じたと思ったのは、私の気のせいだったのだろうか。
私が首をひねりながらももう一度舞台へ視線を戻したとき、肘掛けに置いていた私の手が温かいものに包まれた。
「!?」
反射的にびくりとしてしまう。
私の手を包むように触れているのは、ウィリアム様の手だった。
信じられないものを見るような心地で再度ウィリアム様の方を見ると、ウィリアム様はやはり先程と同じように舞台の方を向いている。
だが、前を向いたまま、小声でぽつりと呟きをこぼした。
「なんとなく、君に触れたかった。ダメだっただろうか」
「……っ!」
まさかウィリアム様からそんなことを言われるとは思っていなかった。
躊躇いがちなウィリアム様の問いかけに、私はすぐに言葉を返せない。ぱくぱくと意味もなく口を開いて、言葉を探してしまう。
「……いいえ、そのままでも大丈夫です」
どうにかそれだけを返したものの、もうオペラの内容なんて私の頭に入ってきそうになかった。
――ここが、薄暗くてよかった。
頬が、触れた手が熱くてたまらない。
きっと、私は真っ赤になってしまっている。
私はただ、逃げ出したいのにもう少しこのままでいてほしいという、相反する想いを抱えて舞台の上を眺めていた。