28・オペラ鑑賞②
◇◇◇◇◇◇
「おまたせ」
「ウィリアム様……?」
しばらくエントランスホールで待っていた私の前に現れたウィリアム様は、正装用のタキシードに身を包んでいた。
黒のタキシードを着ているせいか、ウィリアム様の金の髪とセレストブルーの瞳がより際立っているように感じられる。
――か……かっこいい。
社交用に着飾ったウィリアム様の姿を初めて見たせいだろうか。
私はウィリアム様から目がそらせなくなってしまっていた。
――これは、確かに貴族たちが放っておかないわ。
この王子様が社交を苦手とすることに、私はある種納得してしまった。
社交用に着飾った今のウィリアム様が広間に現れたら、瞬時に取り囲まれる様が目に浮かぶ。
王太子であるということを抜きにしても、お近付きになりたい。それくらいの魅力が今のウィリアム様からは溢れていた。いつもの5割増の魅力だ。
「あまり行きたくは無いけど、行こうか。王立劇場へ」
「は、はい!」
ウィリアム様は、はぁとため息をつきながら言った。今回の視察はあまり乗り気ではなさそうに見受けられた。
外へと向かうウィリアム様のあとを追いながら、私はウィリアム様が劇場視察へ乗り気では無い理由に思い当たってしまった。
――もしかして……前回のフェルゼン領の視察とは違って、王立劇場には貴族たちがたくさん来るかもしれないから?
王立劇場は、最近完成したばかりの国営施設だ。今回鑑賞するオペラや演劇が主に公演される場所。そこを利用するのは、もっぱら裕福な市民や貴族たちだ。
貴族が苦手なウィリアム様にとって王立劇場へ向かうのは、憂鬱なことなのだろう。
――それでも、駄々を捏ねたり不満をこぼしたりするわけではないのよね、この王子様。
どうやらウィリアム様は、避けられる社交は極力避けるが、避けられないものは諦めて参加する、というスタンスらしい。
なんだか微笑ましくて、私はウィリアム様にバレないようにくすりと口元だけで笑った。
外に出ると、城の前庭には以前フェルゼン領へ向かった時にも乗った王家の馬車が用意されていた。
前回の視察の時にも着いてきてくれた城の護衛騎士たちが今回も着いてきてくれるようだ。馬車の周りに、数人の騎士たちが馬を連れて控えている。
私はウィリアム様と共に、王家の馬車に乗り込んだ。
馬車はほどなくして城門を抜け、夕暮れ時の城下町を進んでいく。
――そういえば、繁華街のエリアに来るのは久々ね。
基本的に私は屋敷と城の往復ばかりで、街に来ること自体が久しぶりだった。
窓から外を見れば、ガス灯の明かりに照らされた街を人々が楽しげに歩いている。
しばらく大通りを進んでいくとやがて大きな石造りの建物が見えてきて、私は思わず歓声を上げた。
「ウィリアム様! あれが王立劇場ですか?」
「ん? ああ、そうだよ」
遠目から見ても分かるほど、大きな建物だ。
白い石壁に、太い柱。丸みを帯びた緑の屋根の上には立派なユニコーンの彫像が飾られている。
話している間に馬車の速度が次第に落ちてきて、ゆっくりと王立劇場の鉄扉の前で止まった。
御者に扉を開けてもらって私たちが馬車から降りると、同時に鉄扉が開かれる。
中から関係者と思われるスーツ姿の男性が一人現れ、恭しい仕草でウィリアム様へと頭を下げた。
「エルエレリア王立劇場へようこそいらっしゃいました。ウィリアム殿下、それからソフィリア様に、騎士の皆々様。本日はご足労頂きありがとうございます」
「ああ」
「私は陛下よりこの劇場の支配人を任されております、マシューと申します。開場までまだお時間がありますし、ロイヤルボックス席へ向かいながら中をご案内致しましょう」
「よろしくお願いします」
どうやらこの男性が劇場の支配人らしい。
支配人の案内の元、私たちは王立劇場の中へ向かうことになった。