一方その頃殿下は②(sideウィリアム)
夜になり、ウィリアムは自室のソファに腰掛けて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
窓の外には深い紺色の夜空が広がり、星が瞬いている。
星空を見つめながらも、ウィリアムが考えていたのは別の事だった。
今日の夕方、鍛錬場で再会した妖精のような令嬢のことだ。
(せめて、彼女の名前を聞いておけばよかったな)
別れてからもずっと、ウィリアムの頭の中にはピンクブロンドの小柄な令嬢が思い浮かんでいた。
ここにはいないのに、どうしても彼女のことを考えてしまう。
それと同時に、何故かソフィリアのことも。
ここ最近、ふとした時にソフィリアのことも思い出してしまうのだ。
その日ソフィリアとした会話であったり、彼女の表情であったり。
ソフィリアのことを思い浮かべると、何故かウィリアムの心が温かくなる。
「殿下、それでは本日はこれで失礼いたします。ゆっくりお休みになってくださいね」
「ああ……」
もうそんな時間かと思いながらも、ウィリアムは 窓の外から視線を外して振り返った。
エリオットは扉の前でウィリアムへと一礼をして、くるりと踵を返す。
いつもなら、そのまま部屋を去っていくエリオットを見送る。
「なぁ、エリオット」
だが、今日のウィリアムは違った。踵を返そうとしているエリオットを呼び止める。
何となく、誰かに話したい気分だった。
「はい? どうかしましたか?」
エリオットは珍しく主に呼び止められて、不思議そうな様子で振り返る。
「この間話した妖精のような令嬢に、今日会った」
「それは良かったですね!」
ウィリアムの言葉を聞いて、業務終了直前に呼び止められたというのに、エリオットは嬉しそうだった。
「良かった? どうしてだ?」
「だって殿下、ずっと彼女のことを気にされていたじゃないですか」
エリオットの返答に、ウィリアムは納得した。
最初に話した時以来エリオットへあの令嬢の話をした覚えは無いが、この侍従は人の心の機微に聡い。
ウィリアムの乳兄弟でもあるエリオットは、付き合いも長いのだ。悟られていても不思議はないと思った。
「それで、殿下はどう思われたんですか?」
エリオットに尋ねられて、ウィリアムは少しだけ考える。
答えはやはり、夕方令嬢に伝えたものと同じだった。
「……また、彼女に会いたいと思った。別れてからも、ずっとその事を考えている」
エリオットは黙ってウィリアムの話を聞いていた。
いつもは騒がしいのに、こういう時はきちんと空気を読める侍従だ。
「だが、良く考えれば、俺は彼女の名前もどこの家の生まれなのかも知らない。それに、彼女のことを考えると、ソフィリアのことも頭に浮かぶ。何故だろうか」
「――ぶは……ッ!!」
途中まで大人しくウィリアムの話を聞いていたエリオットは、耐えかねたとでも言うように突然吹き出した。
口元を必死に押さえてはいるが、笑いをこらえているのかぷるぷると震えている。
(エリオットはどうして笑っているんだ? 何か面白いことでもあったんだろうか)
「? どうした」
エリオットの行動の意味が理解できないウィリアムは首を捻ってしまう。
「い、いいえ、なんでも……!」
エリオットは誤魔化すように手を顔の前で振っているが、顔がまだにやけているようだった。
ウィリアムがじっと見据えると、エリオットはゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「殿下、それは恋ってやつですね」
どうにか気を取り直したらしいエリオットは、えへんと胸を逸らして得意げに言う。
そういうエリオットも、生まれた時からウィリアムに付き従ってばかりでたいした女性遍歴もないはずだとウィリアムは知っていた。
しかし、今まで人に興味を持ってこなかった自分よりは、コミュニケーション能力の高いエリオットの方がマシだろう。
エリオットに自分の感情を「恋」だと断言されて、なんだかしっくりくるような心地がした。
だが、問題が一つ。
「二人の女性に恋をするのは変じゃないのか」
頭から相手のことが離れず、また会いたいと願うことが恋ならば、ウィリアムは二人の女性に恋をしているということになる。
ウィリアムが問うと、エリオットは「世間ではままあることらしいですよ?」としれっとした様子で言った。
「……とは言っても、あなたの場合は例外です」
「?」
(何が例外なんだ?)
「早く、気づけるといいですね。殿下」
眉を寄せて首を傾げるウィリアムを、エリオットは微笑ましそうな様子でみつめていた。