02・ダブル婚約破棄②
「僕たちはまだ出会ったばかりだけど……。僕はもう君しか考えられないよ」
「まあ……。わたくし、こんなに熱烈に愛を囁かれたのなんて初めてだわ……」
シュミット様の声に引き続いて、うっとりとした女性の声が聞こえてくる。
なんだか非常に嫌な予感がする。
いわゆる女の勘、と言うやつだ。
私は咄嗟に、近くにあった柱の影に身を隠した。
ちらりと半分ほど柱から顔を出して、声の出所を探ってみる。声は中庭の方から聞こえてくるようだった。
きょろりと視線を巡らせる。さすがは王城の中庭というべきだろうか。美しく形を整えられた低木が周囲を囲い、青空の下、色とりどりの花が瑞々しく咲き誇っている。
私の探し人は、そんな美しい中庭の一角、秋バラが咲いているエリアにいた。
ひとまとめにした長い焦げ茶の髪と、金の装飾品をこれでもかと身に纏った青年。
間違いない。
ナルシストで自信家で傲慢。あれこそが私が探していた婚約者、シュミット・エディン。エディン侯爵家の次男坊だ。
しかし――。
――ごめん、一体今どういう状況?
シュミット様の胸にもたれかかるようにして寄り添う、艶やかな銀髪のご令嬢が一人。
後ろ姿からでは誰かわからないが、品のよいドレスを身に纏っていることからして、今日の茶会の参加者には間違いないだろう。
あの男は、一応私の婚約者のはずだ。
婚約が結ばれて数年。決して仲が良かったとは言えないし、婚約破棄してほしいと願ってはいたが……。
これは、まさか、浮気……?
「わたくしも、わたくしにひとかけらの興味も示さない婚約者なんて、もうどうでもいいですわ!」
――え、この人も婚約者いるの⁉︎ まさかのダブル浮気⁉︎
ご令嬢の口から飛び出したとんでもない発言に、ギョッとしてしまう。
どうやらご令嬢の方にも婚約者がいるらしい。
――なんだか……腹が立ってきた。
中庭の片隅で、シュミット様とご令嬢はうっとりと見つめあっている。
沸々と湧いてくる怒りを堪えるようにぎゅっと拳を握りしめて、私は二人の前に進み出た。
「シュミット様……。これは一体どういうことですか」
私の静かな問いかけに、二人がはっとした様子でこちらをみる。
決して私はシュミット様のことが好きだったわけではない。いつも口論になる面倒くさい婚約者。
だが、口論になって私を放置していなくなった挙句、白昼堂々浮気するとは、一体どう言う了見なのだろう。
「……ソフィ! こ、これは!」
ソフィ、というのは私の愛称だ。
シュミット様は私を見て一瞬気まずそうに視線を泳がせる。だが、すぐに強くこちらを見返してきた。
「浮気ですか」
私も負けじと見返して、淡々と尋ねる。
「き、君が悪いんだろう⁉︎ 僕が何度言っても仕事を辞めないから!」
どうやら開き直ると決めたらしい。シュミット様は鼻息荒くまくし立てると、ご令嬢の肩を抱き寄せた。
「彼女は、君と違っておしとやかなんだ! 僕を支えてくれると言ってくれた! 君との婚約なんて破棄することに決めたよ!」
ご令嬢は薄桃色に頬を染めて、嬉しそうにシュミット様を見上げている。
改めて真正面からご令嬢の姿を見て、私はあれ? と首を捻った。
このご令嬢、見覚えがある。
――この人……シュヴァイン公爵家のブランカ様?