13・女王来訪
中庭でウィリアム様と話した翌日。
「ソフィリア、今いい?」
執務室でいつものように作業していると、ウィリアム様のほうから声をかけてくれた。
こんなこと、私が彼の執務補佐官になって初めてだ。
「はい。ウィリアム様、どうかされましたか」
私は席を立ち上がり、ウィリアム様の方へ向かった。
「この仕事についてだけど――」
どうやら仕事のことで話があったらしい。
私がウィリアム様の話を聞いていると、エリオットの声が後ろから割り込んできた。
「お二人とも、少し仲良くなられました?」
「なっ!?」
咄嗟に振り返れば、後ろの席で作業をしていたエリオットが、にやにやと笑いながら嬉しそうにこちらを見ていた。
「そんなことは……!」
――ある、かもしれないけど……!
昨日の一件で、少しだけウィリアム様と打ち解けたような気がしなくもない。
目標の話し相手に近づけたと思うと嬉しいけれど、素直に認めるのはなんだか照れくさい心地がした。
「だって今までソフィリア様、殿下のこと名前で呼んでなかったじゃないですか」
「それはそうだけど……!」
慌てる私とは対照的に、ウィリアム様は至極落ち着いた様子で顎に手を当てて考え込んでいた。
そして、
「……そうかもしれない」
と一言つぶやく。
「殿下!?」
この王太子殿下、無表情が多いから気づかなかったけど、ただ素直な人だ!
しれっと恥ずかしげもなくウィリアム様に認められると、慌てている私の方がおかしいのかという気分になってくる。
するとその時執務室の扉が開いて、新たな声が割り込んできた。
「邪魔するぞ」
「陛下!?」
気高い女性の声がして扉の方を見遣れば、数人の従者を引き連れた女王陛下がそこにいた。
――今日はなんなの!?
気恥ずかしくなったり驚いたりと、なんだかさっきから感情が忙しい。
ウィリアム様の執務室へ突然やってきた陛下はつかつかと室内へ入ってくると、何故かエリオットの方へ向かっていった。
顔を近づけて、こそこそと内緒話をするようになにやら話している。
「どうだ? 二人の関係は進展しておるか?」
「うーん……。ソフィリア様が殿下のことを名前で呼ぶようにはなったんですけど、殿下が思った以上に鈍いですからねぇ」
――?
一体何を話し込んでいるのだろうか。
声がくぐもっていて二人の会話が上手く聞き取れない。
私とウィリアム様は、思わず顔を見合せてしまった。
どうやらウィリアム様も、何故あの二人がひそひそ話しているのか分からないらしい。
「どうかしたのか」
「いいや、何にも?」
「何も無いですよ!」
怪訝な表情をしたウィリアム様が尋ねると、陛下とエリオットはすぐに距離をとってすましたように笑った。
――なにか企んでいるの?
何か隠されているようで気持ちが悪いが、エリオットはともかく陛下を相手に私が追求することも出来ない。
「陛下、どうしてこちらに?」
代わりに別のことを尋ねると、陛下は私の方を見ていつもの通り自信の溢れる笑みで微笑んだ。
「ああ、ソフィリアが上手くやっておるか心配でな」
「陛下……!」
まさか一部下である私のことを気にかけていてくださるなんて思わなかった。
憧れの人である女王陛下に心配してもらっていたなんて、嬉しすぎて感動してしまう。
――正直、誤魔化されたような気がしなくもないけど……!
何か隠されている気がするのに、陛下のカリスマ的微笑みを見るとどうでも良くなってしまう。
陛下は「それと」と言って、ウィリアム様の方へ視線を移した。
「ウィリアムに頼みたい仕事が出来た」
「なに」
「明後日、フェルゼン領へわらわの代理で視察に赴いて欲しい。本来はわらわが行く予定だったのだが、急遽用事が出来てしまってな。行けなくなってしまったのだ」
フェルゼン領……。その地名に私は聞き覚えがあった。
確か、王都から少し北に位置する領地のはずだ。昔、父に連れられて行ったことがあった。
「供として、ソフィリアとエリオットの2人を必ず同伴させよ。わかったな、ウィリアム。必ずだぞ?」
――なんでそこまで念押しするの?
執務補佐官として、上司の視察に同行するのはよくある仕事だ。実際、女王陛下の視察に私が同行したこともある。
しかし、陛下の言葉からやたら圧を感じて、逆に違和感を感じてしまう。
ウィリアム様も釈然としない様子で、腕を組んで考えていた。
だが、逆らう理由もないと踏んだのか、やがて静かに頷いた。
「……わかったよ」
こうして陛下の命によって、明後日三人でフェルゼン領へ向かうことが決まったのだった。
のだが……。
「エリオット、上手い具合に二人を進展させるように。任せたぞ」
「了解です!」
陛下はエリオットにまたぼそぼそと話している。
対してエリオットは陛下にピシッと敬礼を向けていた。
一方私とウィリアム様は、一体何をしているのかと不審な瞳で二人を見つめていた。