11・似たもの同士①
私が殿下の執務補佐官となって、しばらくの時間が経った。
仕事にもだいぶ慣れてきたのだけれど、気になることが一つ。
それは、王太子殿下のことだ。
彼はいつも自分の仕事をあっという間に終わらせて、颯爽と部屋を出て行く。
その後はもう、執務室へは帰ってこない。
――本当に、どこに行っているんだろう?
殿下は基本的に口数が少ないし、自分のことを語ろうとしない。
しばらく同じ空間で仕事をしてきたが、殿下と打ち解けた気も信頼を得た手応えもない私は、すっかり焦っていた。
そんな私の様子になにかを察したのか、エリオットが仕事の手を止めてこちらを見た。
「……ソフィリア様、お願いしたいことがあるんですけどいいですか?」
「え、うん」
一体どうしたというのだろう。いつもにこにこと笑っているエリオットが、珍しく真面目な顔をしている。
「俺の代わりに殿下を探してきてくれません?」
「え」
タイムリーすぎるエリオットのお願いに、私は驚いてしまう。
殿下が仕事の後にどこに行っているのかが分かるかもしれない――?
「そこまで急ぎではないんですけど、今日中に殿下に頼みたい仕事ができまして。夕方までに連れ戻して頂きたいです」
「ま、任せて! 行ってくるわ!」
私が食い気味に返事をして立ち上がると、エリオットは真面目な顔を崩してにんまりと笑った。
まるで、イタズラが上手くいった子どものよう。
――ん?
エリオットの様子に違和感を感じたものの、問い返すことは出来なかった。
なぜなら、私がなにか言葉を発するよりも早くエリオットが私の背後に周り、ぐいぐいと背中をおしてきたからである。
「あ、ちょ……エリオット! そんな押さなくてもいくから……!」
「多分あの人中庭にいますから。じゃあほら! いってらっしゃーい」
エリオットは私の言葉を聞いているのかいないのか。恐らく、聞こえているが聞こえないふりをしているのだろう。
あれよあれよという間に、私はエリオットによって執務室を追い出された。
「……はぁ」
――仕方ない。探しに行くか……。
執務室の外に出ると、廊下の窓からは昼下がりの心地の良い日差しが差し込んできていた。
絨毯のしかれた城の廊下を、とりあえず中庭へ向かって歩きながら私は考える。
――大体エリオットは、殿下がどこにいるか知っているんでしょう?
だったらエリオットが探しに行った方が早いのではないだろうか。
部屋を追い出される前のエリオットの態度から考えて、なんだか彼の手のひらの上で踊らされているような気がしなくもない。
――でも、エリオットはもしかして、私にきっかけをくれようとしたのかしら。
私が殿下のことを気にかけていることを、きっとエリオットは気づいているのだろう。そんな気がする。
――それにしても、中庭、か……。
歩きながら、私は苦々しい気持ちになるのを感じていた。
中庭と聞くと、どうしても思い出してしまう。
あの場所は、シュミット様との一件があった場所だ。
そういえば、あれからシュミット様はどうなったのだろう。
エディン侯爵様が我が家へ謝罪をするためにいらっしゃった時、シュミット様は音信不通で所在不明だと仰っていたが……。
――ああもう! シュミット様のことなんてもうどうでもいいわ!
あんな男のことなんか考えるのはやめだ!
私は頭を強く振って、シュミット様の幻影を脳内から追い出した。
――たしか、この廊下の奥が中庭よね。
この間は、客としてきていたから大広間側から中庭へ向かった。
今日は逆方向から中庭へ向かっている。
――この間とは違う人を探しているのに、同じ場所に向かっているなんて……。
なんだか妙な縁を感じて、私は苦笑をうかべた。
階段を下り長い廊下を抜けると、やがて中庭のあるエリアが見えてくる。
ここは王城関係者が使用する部屋と大広間との間にあり、催しごとがある時以外は人通りが少ない。
今も、私しか中庭の前には居ないようだった。
廊下の壁を抜いたように広がる中庭から、穏やかな秋の風が吹き込んでくる。
ぱっと見る限り殿下の姿は見当たらないが、本当にここに殿下が居るのだろうか。
「殿下ー?」
私は呼びかけながら中庭へと足を踏み入れた。
中庭には丁寧に刈られた芝が広がり、咲き誇る花たちのかぐわしい香りが漂っている。
「……あ」
奥の方まで進んでいって、私はようやく足を止めた。
風に揺れる金の髪、鼻筋の通った美しい顔立ちに、高そうな金糸を織り込んだ上着を身につけた青年。
私の今日の探し人は、中庭の奥にどんと根を張る大木の木陰で眠っていた。