10・殿下は有能
部屋に散らばった手紙を、エリオットと二人でどうにかかき集めた後。
私は向かい合わせに座るエリオットから、王太子の執務補佐官としての仕事を教えてもらっていた。
「……で、俺が女王陛下から殿下に振り分けられた仕事とか、殿下宛の手紙とかをまとめて持ってくるので、俺らで確認して仕分けます」
エリオットは言いながら、先ほど集めたばかりの手紙の山から一枚選ぶ。さらりと内容に目を通すと、それを持ったまま立ち上がる。つかつかと殿下のいる執務机の前まで行くと、私の方をちらりと見ながら殿下に手紙を差し出した。
「で、仕分けたものを殿下に渡します」
私に仕事を教えるためとはいえ、侍従の不敬な態度に殿下は若干呆れているのか、はたまたもはや諦めているのか。
殿下はため息をつきながらも、エリオットが差し出した手紙を受け取る。中身を確認すると羽ペンを手に取って、別の紙に何やら書き始めてしまった。
しばらくさらさらとペンを走らせていたが、それはすぐに終わったようだ。殿下は、手紙と先ほど書いていた紙をエリオットの方へ突き出す。
「そうしたら、仕事の早い殿下が確認して、パパッと片付けて返してくれるので、俺たちはチェックをしたり必要があれば陛下に戻したりの事後処理をして終わりです」
殿下から二枚の紙を受け取ったエリオットは、もう一度私の方を見て、にこりと屈託のない笑顔を見せた。
「俺は仕事にかかりそうな時間と期日を把握してリストを作成。で、優先順位の通りに殿下へ仕事を渡しているだけです」
エリオットは「ね、簡単でしょ?」と明るくいう。
――いやいや、それ多分簡単なことじゃないでしょ。
エリオットはまるで誰でも出来ることのように言ってくれるが、違うと思う。
――私も、エリオットぐらいに仕事をこなせるようになったら、多少は殿下に信用してもらえるかしら。
調子に乗ったらなにかしでかすかもしれないという若干の不安があるものの、それでもエリオットは有能なのだろう。
とりあえず、当面は引き続きエリオットに仕事を教わりながら、王太子殿下の執務補佐官として使える人間になることを目標にしよう。
私は決意を固めるように手のひらを強く握りしめた。
◇◇◇◇◇◇
「あれ……?」
しばらくエリオットと共に書類を分ける作業をしていたのだが、ふと顔を上げた私は首を捻った。
奥の執務机に、さっきまでいたはずの殿下の姿がない。
執務室内を軽く見回しても、いるのは私とエリオットだけで殿下は見当たらなかった。
「殿下はどこに……?」
「ああ、今日の仕事が終わったみたいなんで、さっき部屋を出ていきましたよ」
――いつの間に!?
同じように手を止めたエリオットにそう言われて、私は驚きで目を見開いてしまう。
殿下はいつの間に部屋を出ていったのだろう。まったく気づかなかった。
「殿下って……本当に仕事が早いのね」
殿下の仕事が早いことは、女王陛下からもエリオットからも聞いていた。
だが、私が想像していたものよりもかなり早い。
まだ半日しか経っていないというのにもう今日の分を終えたというのか。
「殿下は俺と違って有能ですから。急ぎのものどころかかなり先の仕事も把握して、先回りで準備までしてますからね。もはや超人ですよ」
エリオットはまるで主を自慢するようにからからと笑いながら言った。嬉しそうに目を細めて語る。きっと彼は、有能な王太子殿下に仕えていることが自分の誇りなのだろう。直感的にそう感じた。
――そういえば、昨日も仕事が終わったら殿下はさっさと部屋を出て行っていたわ。
私はエリオットの話を聞きながら、昨日のことを思い返していた。
昨日も、殿下は仕事が終わったと思ったらさっさと執務室を出ていった。それっきり執務室に戻ることもなく。
「エリオットはついて行かなくてもいいの?」
エリオットは侍従のはずだ。殿下に付き従わなくても良いのだろうか。
不思議に思った私が聞くと、エリオットは軽く頷いた。
「ああ、大丈夫ですよ。行き先は分かってますし、城内のはずですから危険もありません」
――殿下はどこに行ったんだろう?
興味はあるものの、作業に戻ってしまったエリオットにそれ以上聞くことも出来ず。
私は疑問に一旦蓋をして、作業の続きをすることにした。