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「普通」の金の卵を産むガチョウ

※このお話は中村颯希先生の「シャバの普通は難しい」の二次創作です。2025年、3月25日、コミカライズ10巻発売の前祝いで書きました。時事系列は、『シャバの「友情」はもどかしい』の少し後、ハイデマリーの妊娠を知らされるすこし前くらいです。(原作の3巻と4巻の幕間)




「エルマ、普通の仕事ぶりというものをイメージできるように、今日の給仕は私がメインで行うから貴方は見学していて頂戴」

「ありがとうございます、イレーネ」

「来賓の方に失礼が無いよう、私が対応できない場合に何か要求されたなら応じてあげたらいいけど、あくまで最低限にしてね。虹が出るような紅茶を入れるのも、昇天するようなスイーツを作るのも、どちら様ってなるデトックスマッサージも、植物を急成長させるのも今回は自重して。」

「承知しました」


「愚王め、好き勝手いいおってからに……」


 コヴィーはぼそりとつぶやいた。

 大陸一の覇権を握るルーデン王国、彼は今、その王城の美しい中庭に設置されたテーブルで貴賓として王宮付きの美しい侍女に接待を受けている。

 大陸の男なら一度は夢見るようなシチュエーションだが、彼の口元はへの字に曲がっていた。


 現状が、久しぶりに登城して領地の運営状況について国王であるフェリクスに報告した際「なんか君って真面目すぎて面白みがないんだよね、そうだ、帰る前に中庭でお茶でもしていきなよ。王宮付き侍女に接待させるからさ、気分転換になって何か楽しいことを思いつくかもよ」なんて言われて出来上がったものだからだ。


 真面目で大きな失点がない一方、頭が固く前例踏襲ばかりで目立った功績を上げられず燻っている男。

 人格面もいまひとつで、不測の事態やストレス下では部下に攻撃的になる悪癖もあり評判も今ひとつ。

 総評、治世者としては中の下くらいのコヴィー・フォン・スティーブン子爵。それが彼だ。


 畜産業が盛んな領地を父親から引き継いだものの、以後、画期的な革新がなく徐々に先細りしていることに内心感じていた焦りに、フェリクスの言葉が重なった結果、彼は今とても不機嫌だった。


 中庭には美しい花が咲き誇っているが、無粋なコヴィーの心を動かすほどではない。それでつい美しい侍女への態度も悪くなる。


「なにか本でもないかね、本が読みたい、難しいのでも簡単なのでもいいから」

「本、ですか。ええと手元には……」


 景観を楽しむべき野外の茶会で準備しておくものではないので、手元にはなくて当然だ。むしろ彼女のこれまでの給仕ぶりはとても質の高いもので、この要求だって心底本が読みたいわけではなく、ただ意地の悪い憂さ晴らしのようなものなのだとコヴィーも内心分かってはいた。

 しかし美しい侍女――確かイレーネと名乗っていたか――が眉を下げて申し訳なさそうにするのを見て、後ろ暗い、嗜虐的な楽しみを彼は覚えてしまう。 

 

 それで、つい後方に控える眼鏡をかけたさえない侍女にも、まあ無理だろうと思いつつ意地の悪いことを言ってしまった。


「なんだ、ないのか。そこの君、すぐに読みたいんだがなんとかしてくれんかね」

「いたしましょう。こちら、難しいものでしたら『フィネガンズ・ウェイク』、簡単なものでしたら『金の卵を産むニワトリ』などの用意がございます。」

「用意してたのか!?」

「はい、こういうこともあろうかと僭越ながら人からおすすめされたことのある書籍、かつ個人的に思い入れもあるものを鞄に複数携帯しておりました」


 準備の良さに驚くコヴィーの眼には、美人でも不美人でもない、平凡な少女が映り込んでいた。

 肌は滑らかだが、赤みに乏しく、どちらかといえばくすんで見える。

 目は眼鏡の存在に引っ張られて、何色なのかすら判別がつきづらく、薄めの唇は血の気がなくやや陰気である。

 衣服とて、清潔感はあるものの、サイズが合わないのかどこか野暮ったく、全体に冴えない印象が強い。そんな少女だ。


「一旦陳列しますので、お好きな物をお選び下さい」


 どうやら本は、彼女が携帯している鞄から取り出したらしい。それから、どこにそんな収納スペースがあったのかというくらい大量に取り出された書籍が、凄まじい勢いで陳列されていく。


 いつのまにかキラキラ光るデコレーションを施された陳列棚まで出現していた。。本の魅力を最大限に引き出すレイアウトに、さらっと差し込まれた手書きのPOPが心にくい。のみならず「ご自由にお取り下さい」と作品を模したお手製の栞まで用意されている。

 庭園の一画が、世界的人気作家の新刊発売時の書店特設コーナーの様になっていくのを見て、驚きの余りコヴィーは言葉を失った。


「えっ、なにこの神陳列ー!!書籍内容を模したグッズパロ!うちわ!栞!えっ、セットが光るーー!?」

「落ち着いて下さいイレーネ。こちら、良文堂書店松戸店さまをオマージュさせて頂いた陳列スタイル『世界のほうき星ユニット ~コンサート動員数300万人突破、そしてその先へ~』となっております。」


 驚きつつも素晴らしい陳列により各書籍へ興味を惹かれたコヴィー。試しに難解と紹介された本をめくってみると『川走、イブとアダム礼盃亭を過ぎ、く寝る岸辺から輪ん曲する湾へ』とか書かれていた、理解できそうになかったのでそっと棚に戻した。

 あと、王道のバトル小説や有名な恋愛小説に混ざり、『薔薇の剣士~獣の歌が聴こえる~』と書かれた紫色の背表紙が異彩を放つ薄い本もあったが、こちらはなぜか知らない方が良さそうな気がしたのでそっと目を逸らした。





「あら」

 その時、一冊の本がイレーネの目にとまった

 本のタイトルは『金の卵を産むニワトリ』


「へえ、こういう普通の絵本も読んでいたのね」

「はい、【貪欲】のお兄様達には普通の絵本をよく読んでもらっていました。そう普通の、ふふ」

「いえ待って……タイトルが同じだけで全然違う話かもしれない。エルマ、この本について説明してくれる?」


 イレーネの「普通」というワードに反応して少々上機嫌になるエルマ。ただ、今までの数々の前例からコヴィーを驚かせること内容ではないかとイレーネは疑いのまなざしを向ける。眼鏡に隠れてわかりにくいが、心外だという表情でエルマはあらすじを語る。


「簡単なあらすじとして、男が飼っていたニワトリが一日一個、金の卵を産むようになります。しかしもっと金の卵が欲しくなった男は鉈でニワトリの腹を開き、結果ニワトリは死去。金の卵は手に入らなくなったという話です。」

「……まあ、普通だな」

「普通ですね」


 金の卵を産むニワトリの話はルーデン王国の治世者の間で有名な寓話で、貴族である2人も幼いころに履修済みだった。


 何かあるのかと身構えたのに拍子抜けだといった風のコヴィーに、意外そうな表情をするイレーネ。有名な絵本の内容を聞いて回答が普通だっただけなのだが、今での経験がイレーネの感覚を麻痺させていた。一方、連続で「普通」というワードを2人から引き出せて――何せ普段、どういうわけかなかなか普通扱いされないのだ――上機嫌になったエルマは話を続ける。


「そしてその教訓は、開腹術を行う時は清潔な環境でメスを使用し、麻酔、輸血、止血を丁寧に行なうこと。また術後はドレーンや投与する抗生物質の管理を適切に行う必要があるということです。」

「いや、まてまて!」

「そんな教訓ではない気がするわ……」


 突っ込むコヴィーに、こめかみを押さえるイレーネ。一方でエルマは「では、先に超音波診断や断層画像撮影検査しておくべきということですか?【貪欲】のお兄様は、そこは施行済という前提で読んでいいよと言っていたのですが……」なんて言っている。


 知らない単語が頻発する。不測の状況下では攻撃的になる悪癖のあるコヴィーは、エルマに突っかかった。


「君は勘違いをしていないかね、その話の教訓は「欲をかくと不幸になる」だと思うぞ。私が事業に取り組むときも参考になる教訓だ。欲張って勇み足することなかれとな。恵まれた現状に感謝して分相応に暮らすことが大切だとは思わんかね」


 コヴィーは、半ば無意識に自領の治世スタイルを正当化する意味も含めて自説を披露したが、エルマは怪訝な顔をする。


「どうした、なにか腑に落ちない点でもあるのか?」

「はい、なにせニワトリが卵を産める期間は6―7年、よく産卵するピークは2年程度。事業主なら、そんな数年で衰退する産業にしがみついて先細りするよりも、金の卵で資金に余裕があるうちにそのニワトリが金の卵を産む仕組みを解明して大量生産するベンチャーへ投資する方がリスクとリターンのバランスはよほど良いと考えるのが『普通』ですよね」

「んな!?」

「まさか、シャバの方というのは、そのくらいの判断もできないのですか? 治世者でも?」


 暴言のようだが、エルマに悪意はない。監獄で教えられてきた内容をそのまま伝えただけである。


 なおエルマの言い分は概ね正しい。コヴィーは見落としていたが「金の卵を産むニワトリ」の寓意を治世者向けに深掘りすると「短期的な目標達成よりも、長期的な視点での目標達成能力の向上が大切」という教訓になり、ルーカスなんかは当然それを知っている。

 ――もっとも、その具体例は「ニワトリが健康に沢山卵を産めるように大切に育てる」などであり、断じて「永続的に大量の金の卵を手に入れるベンチャーへの事業展開」ではないのだが。


「ふ、ふん!そんなのは、所詮は机上の空論にすぎんよ。というか、君は失礼ではないかね、先ほど事業主の考え方と言っていたが、そんな話をするなら、普通、相手が納得するように何かしらの成功例を示してから言うものだぞ」

「普通は成功例を示してから」

「そうだ!実際にうまくいった例を示すのが普通だ」

「あ、あのコヴィー様、どうかその辺で…」


 普通を連呼するコヴィー、人はそれをフラグという。

 あ、まずいこれはいつものパターンだと思ったイレーネがとめるが、時すでに遅かった。


「では、成功例をお見せしましょう。カモン、バードン」

「あるのか成功例!? 」

「というかその鳥はどこから飛んできたの!?


 大型犬ほどの大きさを持ち、風を切る速度で飛んできてエルマの突き出した前腕にとまったそれは、七色に輝く鷲のような羽とクジャクのような尾をもつ神々しい鳥であった。


「こちら、かの童話が好きだった私に実物をプレゼントしようと【暴食】のお父様が捕獲してきた鳳凰をベースに【貪欲】のお兄様がアシボビュックなどと交配、品種改良をして生まれたニワトリになります」

「それは本当にニワトリなのか!?」


 

 というか、鳳凰を捕獲ってなんだ。伝説の聖獣なんだが。 

 ちなみに交配したというアシボビュックは宝石を産むと言われている伝説の魔獣だ。


 にわかには信じられない話だが、しかし確かに神々しい鳥は伝承されている姿とよく似ていた。

 そして鳳凰の伝承通り、その頭部には申し訳程度にチョコンと赤い鶏冠と肉髯がついていた。そのパーツだけは、まごうことなきニワトリだった。

 

 

 

「バードン、こちらのお客様に金の卵を1つ」

「金の卵!?」

「産めるの!?」


 結論だけ言おうーー産んだ






 金特有の重さをもつその卵が「ゴトン」という重量感のある音と共に産み落とされた瞬間のことを、後にコヴィーは「天が動いていたと思っていたが実は地面が動いていたと気づいたような衝撃を受けた経験だった」と語っている。

 その後も終始エルマ圧倒されて茫然自失となりふらふらと帰路についた彼の中ではしかし、「畜産業には無限の可能性がある」という認識に至るパラダイムシフトも起こっていたのだった。


 その後コヴィー子爵の領地では新規事業に積極的な投資がされるようになる。

 とくに畜産業の品種改良や技術革新によって彼の領地は大いに栄えることになり、後世に名領主と伝えられることになるのだが――それはまた別の話である。

お話はビジネス書「7つの習慣」リスペクトで書きました

人格者の中村先生に相応しい、民度の高いファンになれるように頑張るぞい


3/25追記

漫画版も最高ですね!10巻読んだら堪らなくて、そのまま続きを読み里帰り編のエピローグまで読了しました。美麗な文章に加えて伏線回収エグいですね、本当に人間業か!?(褒め言葉)


中村先生って実はバルッツアー監獄の住人とかだったりします……?(錯乱)

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