フェリシア
恋愛というものを、わたしは書物で知っていた。
パールル帝国は、先代の王クリアの時代に、読書を国民に普及させる政策に力を入れた。学ぶ意欲のある若者に教育の手段を与えるためだ。
全国各地に図書館が建立されて、パールル帝国の識字率は9割を超えて、今や大衆向けの娯楽小説まで書かれるようになった。
その中でも恋愛小説は年若い女性に大人気だった。王子様や貴族の青年とのロマンスは一大ジャンルだった。
そして、そんなロマンスという夢物語を、現実でも起こりそうだと思えるような、学園が今や存在する。
身分に関係なく実力で入学することも可能な、エーテル学園だ。幅広い層の能力ある有望な若者を教育するための機関だ。
「幻滅しました」
エーテル学園の図書室でわたしはうなだれていた。
権力者はイケメンじゃないと駄目なのにーー。
ごめんなさい。王子様に幻想を抱いておりました。
平民のわたしは、絶望して、学問に専念し、図書館の虫になることに決めました。
将来は国家図書館の司書になろう。ファンタジーの世界を摂取して生きるんだ。
わたしは、三つ編み丸眼鏡で文学少女然として、パールル学園を謳歌した。
小説だけがわたしに夢と希望を与えてくれる。現実は逃避して、勉強に必要な本と娯楽本を堪能する。学園は勉強する場です。恋愛する場所ではありません。
そう思いながら、日々、書籍の虫をやっていると、わたしは、一冊の本を本棚から引き出しました。
「ゲーム攻略本『エーテル学園――真珠の髪飾りの少女と世界樹の魔法』」
わたしは、その本を読んでいるうちに、この世界と、この本がリンクしていることに気づいた。この本、完全に、今のこの国の現状を説明していた。それに、わたしのことが書かれていた。本の虫で、本を読んでいる平民の才女として。何か聞けば、お助けキャラ的に、説明してくれる心優しい少女らしい。まぁ、勉強も聞かれたら答える程度の愛想はあるけど。
「この本だれが書いたんだろう。すごいなぁ。きっと高名な魔法使いが未来視をしたのかな。ゲームっていうのは、よく分からないけど」
わたしは、その本を図書館で借りようとして、図書館の貸し出し用のナンバーが書かれていない事に気づいた。図書委員のわたしは、たまにある貼り忘れだろうと思って、ナンバーを作成して、シール貼った。
「じっくり読まないと。こんな予言書、めったにないし」
わたしは、その本を持ち出して、女子寮でじっくりと夜が明けるまで読み続けた。
その後、無理矢理眠い中で学園には向かった。同級生から心配されたけど、授業中ぐっすり眠ることになりました。
「地球が地球が、大ピンチッ」
いえいえ、ここは地球じゃないけど。なんか攻略本に書いてあったから。
わたしは女子寮のベッドのうえに、女の子座りをしていました。
「この世界、滅亡しようとしていました」
虚空に呟く。この本、国家の禁書レベルの魔道書でした。すぐにでも、国家に献上した方がいい。
いろいろ、この本に書かれていることをそれとなく確かめていたら、見事にすべてがヒットしてしまいました。
ああ、なんですか。恋愛しないと、世界を滅びると。誰ですか、こんな二人の恋愛と世界の命運を関係させる質の悪いストーリーを考えたのは。
真珠の髪飾りの少女って、男爵令嬢のルビー・ファンクショニアのことだよね。パールル帝国で真珠は建国神話に関わるから、聖女と王妃しかつけてはいけない物だ。ルビーは、聖女として、攻略対象と恋愛したあとに、覚醒するらしい。まぁ、第二王子との恋愛で王妃にもなれるけど。
「まぁ、でも、恋の相手は、四人もいるし、ほおっておいても、上手いこと転んで、聖女になって、世界は滅亡から救われるんじゃない」
わたしは一人で口に出しながら、自分自身をなだめる。
そう、きっと、放任しておけば、男女なんて勝手にくっつく。小説だってそう言っている。
「いや、でも、いいアイデアかも。二人の恋愛と世界の滅亡。今までにない小説かな」
わたしの創作意欲は刺激されました。
いずれ、作家デビューしようと思っていました。サロンに参加するのは、学園に幻滅したわたしの最後の希望でした。魔法騎士の宰相ロランド伯爵とか、すごい美形だし。
わたしは、この物語形式にセカイ系と、とりあえずの名称をつけて、二人の恋愛が神話的な世界の滅亡と再生と関わるという感じで筆をとりました。
世界線が変わりましたわ。
わたし、なにをしてしまったんでしょうか。
未来の聖女は、わたしの第一のファンになって、図書館の虫が二人になりました。
わたしの小説が、彼女のハートを撃ち抜いてしまいました。
『最終魔法聖女』は、大ヒットしていました。予想外ですわ。ええ、予想外ですわ。
わたしは、ちょっと作家デビューして、サロンに自由に入れる知識人的なポジションを得たかっただけなのに。
みなさん、平民の本をそんなに読まないで。
二冊目は、平民の普通の生活を淡々と書いてあげます。一冊目よりも絶対売れないでしょ。
自然な生活の描写を、あるがまま丹念に描いてあげましょう。ロマンなんてないんです。幻滅こそが人生です。タイトルは『ベッド』ですね。
どうも、文壇の大御所です。
築けば、まだ20代で才媛のド注目株です。婚期、逃しました。
魔王どうしよう。聖女予定の子は、わたしの作風をマネながらオリジナリティをつけて、パールル文学の第二黄金期を作り始めてますし。なんですかね、
もうこうなってきたら、二人の恋愛は、わたしと未来の聖女でするのがいいのかな。
そう考えていると、わたしの創作意欲は火が噴きました。
「二人の恋模様とセカイ系を混ぜながら、うんうん、タイトルは『ハーモニクス』とかにしようかな。それとも――――」
禁書になりました。
おかしい。時代がわたしに追いついてないです。もういい。わたしは、少年同士の小説も書こう。バランスをとらないとね。
『エーテルに死す』でいいや。ああ、学園で少年同士の熱い友情を見ておいてよかった。
同じく、禁書になりました。さすがに、エーテル学園の名前そのままはやりすぎました。でも、わたしの文筆を否定するのが良くないよね。表現は自由じゃないと。
どうせ、この世界、魔王の復活で滅ぶし、やりたいことしないと損損。
幽閉されました。
ええ、発禁本を二冊書いたせいです。仕方ないです。わたしは、さきに行きます。
どうせ、魔王が――――。
ん、なんだって、聖女が覚醒?
聖女がわたし罪の恩赦を求めてるって。
ごめん、わたし、聖女と恋愛みたいな友情を形成してたみたい。
こうして、世界は魔王を倒して救われて、同性同士の恋愛を推進するようになりましたとさ。
どうやら、わたしは書物で、あたらしい恋愛の形を生み出してしまったようですね。
生存報告のように。久々の投稿。