第1話 最悪の人生と、その終焉
私は、諦めていた。
幼い頃から、ずっと孤独だった。
成長するに従い、人から大切にされることを諦め、平等に扱われることを諦め、人に好かれることを諦め、幸せになることを諦め、そして……。
────人生を、諦めた。
……涙が溢れて、止まらない。
もっと何とか、ならなかったのかな────?
そう、思わないでもない。
でも……。
どうしようもない……。
どうにも、出来なかった。
────結局は、それが結論だ。
……私は死んだ。
そして──女神に出会った。
転生の女神──彼女は私の死んだ父親のことを知っていた。
私を見るなり、父を思い出したようで『面白い男だった』と言って、楽し気に笑い出した。
「……はあ、そうですか」
私は女神の美しさに圧倒されながら、事態を把握できずに唖然としている。
女神さまは笑い終えると、私のことも気に入ったといい『次の人生では、あなたを神にします』と言い出した。
……??
どうやら、美しき女神さまは、冗談がお好きなようだ。
私に神様など、務まるはずがない。でもまあ──
「それは、ありがとうございます」
私は形式的にお礼を述べた。
例え冗句でも、相手の好意を無碍にしてはいけない。
「私は本気ですよ?」
えっ!
心を読まれてしまった。
女神さまが、笑いを堪えながら私を見ている。
「苦労するとは思いますが、頑張ってください」
苦労するのはちょっと……、私は普通の人生を歩めればそれで……。
キャンセルしたかったが、もう遅い。
私の意識が、徐々に薄れていく──
薄れゆく意識の中で、走馬灯のように過去が浮かび上がってきた。
私は母親と二人で、ボロボロの安アパートで暮らしていた。
父親は私が物心つく前に、珍しい事故で死んだらしい。
だから私は、父親を見たことがない。
場末のバーで働いている母親は、育児放棄気味だった。
ほとんど家に居ることは無い。
一応、食費は置いてくれていたので、それで何かを買って食べることは出来た。
だが時々、置き忘れていることがあり、そんな時は空腹を我慢して過ごした。
学校には行きたくなかったが、給食を食べる為だけに通っていた。
母親は、私の事が嫌いだったと思う。
自分によく似た不細工な私の顔を、とても嫌っていた。
そう────
私はとても、不細工だった。
通っていた学校のクラスで、常に一番のブスだった。
周りの人間は皆、私のことを見下していた。
あいつらは、私の事を馬鹿にしながら────
自分よりも『下の』、劣った存在がいることに安心していたのだ。
小学校の時のあだ名は、『ゲロ子』だった。
────クラスの男子が、勝手に付けた名前だ。
私にそのあだ名をつけた男子は、お調子者で、教室でよく騒いでいた。
騒いでいたそいつが、机に座っていた私にぶつかってきた事があった。
そいつは『きったね~! ゲロ子に触っちまった』とか言って、大騒ぎした。
私は居た堪れない気持ちで、俯いているしかなかった。
高校生の時のあだ名は、『ブス子』だった。
────クラスで二番目にブスだった女が、私に付けた名前だ。
私にそのあだ名をつけた女は、どうやら家族から『溺愛』されて育ったらしい。
親兄弟から世界一可愛いと言われて、育ったようだ。
本人もその気で、自分が可愛いと信じ込んでいた。
だが高校にもなると、自分の認識と周囲の認識の差に気付きだす。
……だからだろう。
その鬱憤を晴らす様に──
奴は私の事を、執拗に苛めるようになった。
自分では手を下さずに、自分の手下たちを使って私を苛めさせていた。
あいつは大人しい奴や何かしら劣った奴を自分の手下にしていて、私に嫌がらせをして遊んでいた。
私はやり返さなかった。
下手にやり返せば、自分の方が悪者にされると分かっていたからだ。
教師は当てにならない。
私の為に、親身になってくれるような大人はいない。
そんな奇特な存在は、いないのだ。
そう思って、毎日嫌がらせを我慢していた。
そして、病気になる。
朝目覚めて起きようとしても、上手く立てなかった。
高熱で身体に力が入らない────
風邪だった。
風邪と言っても、症状はピンキリだ。
苛められてストレスが溜まった私は、免疫力が低下していたのだろう。
中々、熱が下がらない。
学校に行けなくなった。
風邪を引いてから、二週間が経過した。
意識は朦朧としている。
何とか起き上がり、水を飲んだり、薬を服用したりした。
だが、一向に熱は下がらない。
食事もほとんど取っていない。
このままでは、死ぬだろう。
私の部屋の外で、物音がしている。
仕事に出かける前の様だ。
身支度をしている。
…………。
……。
ふすまを開ければ、母親がいる。
『助けて』と声を上げれば、流石に助けてくれるだろう、きっと。
でも、声は出なかった。
……もう、いい。
そう思った。
死んで、そして────
女神に出会った。
転生の女神。
女神は直視できないほどの、光り輝く美貌を振りまいている。
美しすぎて、人がはっきりと認識することの出来ない存在だった。
何故だか知らないけれど、私はその女神様に出会い──
只々、感謝していた。
……。
…………。
きっと、平等になったからだと思う。
圧倒的な美貌を持つ女神様の前では、人間の微かな美醜など無いに等しい。
この神様を前にすれば、どんな美人も私と大差ない……。
────神の前では、人は平等なのだ。
女神様は、私に平等をもたらしてくれた。
────だから、心から感謝した。
女神様は私のことを、異世界に転生させると言った。
そして嘘か本当か、神様にするとも……。
転生が始まる。
私の意識が、薄れていく────
薄れゆく意識の中で私は、最後に、あいつの事を思い出していた。
私の人生は、苛められて、蔑まれるのが常だった。
だが、例外はある。
それは中学生の時──
子供が一番多感になる時期にもかかわらず、中学の時だけは、イジメに遭うことは無かった。
陰で悪く言われたり、心の中で馬鹿にされてはいただろうが、少なくとも、表立って苛められる事は無かった。
三年間、一緒のクラスだったリーダー格の『あの男』が、そういうことが嫌いだったからだ。
だから、だろう────
私は迂闊にも……。
そいつに、恋心を抱いてしまった。
絶対に報われることなどないと、解っているのに……。
私はその『みっともない』恋心を、押し殺して無かったことにしようとした。
今にして思えば、私はプライドが高かったのだと思う。
────そんな私の生き辛い人生も、ようやく終わった。
私は死んだ。
そして、次の人生が始まる。
走馬灯も終わり、意識が消えていく……。
視界が白くぼやけ、心地良い眠気に抗えなくなる。
次こそは、まともな人生を歩めますように……、せめて普通に恋ができるくらいには……。
そんな願いを込めながら、ゆっくりと────
私は眠りについた。