【実話】Fランなろう作家のカレーちゃんが自費出版したKindle電子書籍が健全作品なのにアダルトコンテンツ扱いになってしまったので四苦八苦する話
※作中の人物カレーちゃんに関する他の主だった話は以下になります。(電子書籍でも販売中)
獣耳吸血鬼少女の売れないなろう作家が自作品を電子書籍にするようです
https://ncode.syosetu.com/n0688gn/
「な、なんでじゃ!? なんで儂の小説がエロ小説に分類されとるのじゃ~!?」
ノートパソコンを前にしたカレーちゃんの嘆きがアパートの部屋に響いた。
カレーちゃんは明治生まれの小説家にして吸血鬼の少女である。文豪とは関係がないが、現代日本にて小説家になろうに投稿していた。
一度だけ投稿小説が出版社の目について書籍化されたものの売れずに打ち切りを食らった、よく居るFランクのなろう作家だった。
今はしょぼい年金を切り崩しながら、生活保護ギリギリの売上を誇るオリジナル同人小説を書いて安いアパートで生活をしている。
そんな彼女がその日、頭を抱えて叫んだのであった。
「どうしましたの? カレーちゃん。エロとか聞こえたけれどひょっとしてエロい配信を撮ってくれる気になりましたの!?」
部屋にある内扉を開けて、大家でありカレーちゃんの友人でもあるドリル子さんが声を掛けてきた。
だいたいツナギを着ている銀髪ドリルヘアーの大家であり、あまり儲からないアパート経営の合間に土方や動画配信、ドリル開発などで金を稼いでる女性である。
カレーちゃんとは年が離れているが共に通ったFラン大学で同期生だったことから親しい関係である。
「撮らんわ! そんなことより儂の小説じゃ!」
「カレーちゃんの……最近、電子書籍で出している小説ですわよね」
ドリル子も一応はカレーちゃんの執筆活動をときに手伝うため、彼女の小説は把握している。そもそもアパート代を回収するための貴重な稼ぎなのだ。協力ぐらいするのである。
カレーちゃんは一度、なろう作家の夢である書籍化をしたものの大して売れずにフェードアウト。その後、どうにか小説へのやる気を取り戻してからは、電子書籍で同人小説を作っていた。
一作目に出した『ゾンビランド・曽我兄弟』が中ヒットして味をしめたカレーちゃんは更に数作、なろうで掲載していたものを転載というか手抜きというか、そんな感じで出版。売れてはいないが、固定ファンからの支援的な購入でどうにか生きていた。
「えーと、確か『RE:異世界から帰ったら江戸なのである』(1~3巻発売中・各定価500円)だったかしら?」
「そうなのじゃ。『RE:異世界から帰ったら江戸なのである』(1~3巻発売中・各定価500円)の、最新刊である3巻で大問題が起きたのじゃ!」
カレーちゃんが以前に東京へと行った際に、全国チェーン店で有名な飲食店『スケヤ』にて偶然にそこの名誉会長である少女と出会い、彼女から依頼を受けてスケヤ由来の江戸時代を舞台にした物語を書くことになって執筆した半企業案件の同人小説であった。
詳しくは『RE:異世界から帰ったら江戸なのである』(1巻・定価500円)にその話が外伝として収録されている。
それはさておき、
「儂がせっかく出したRE江戸の3巻が、Amazonに成人向けコンテンツ扱いされてしまったのじゃ!」
「本当ですの?」
ドリル子がカレーちゃんの持つノートパソコンを覗き込むとAmazonの販売ページが開かれていた。
そこには件の3巻の表紙、タイトル、あらすじなどが表示されているのだが……タイトルの末尾に〈アダルト〉と書かれていたのである。
「これは……成人向けですわね」
「だからなんでじゃ!?」
なにかの間違いを振り払うように一旦ページを消して、再びリンクを開く。そうすると『この商品は18歳未満は購入できません』と確認ページが間に挟まれた。
間違いなく18禁扱いである。再び表示された商品ページにも間違いでなかったとばかりに〈アダルト〉の文字がある。
ドリル子が頷いて告げた。
「カレーちゃんがえっちな小説を書くから……」
「書いとらんわ!」
「前にカレーちゃんが裏垢で書いてたえっち小説読みましたけれど性癖エグいですもの。18禁にもなりますわよ」
「だから書いとらん──っていうか裏垢を見るでない!」
「逆に書いてる性癖が幅広すぎてどれが本命なのかわからないってキモい状態でしたわ」
「だー! やかましいわ!」
リアル友人にこっそり書いていたエロ小説を読まれるという羞恥にカレーちゃんは手を振り回して涙目で怒鳴った。
彼女は吸血鬼なので少々性癖が曲がっているのだ。ともあれ、彼女は主張する。
「それより、今回出した小説にエロい部分はなかったのじゃ!」
「本当にですの?」
「……おっぱい揉まれるシーンとぱふぱふするシーンと男女で温泉入るシーンと男女が全裸でキスするシーンぐらいはあるが……」
「心当たりがあるんじゃありませんこと」
「い、いや! これぐらいは少年漫画で出てくる程度のお色気シーンじゃろ!?」
カレーちゃんは大声で否定した。エロシーンのつもりで書いたわけではなく、サービスシーンの範疇だろうと思ったのである。
実際、性行為などは一切行われていない。
「ラノベというか小説だと多少のエロい描写はアリアリなのじゃからコレぐらいでアウトになるはずないのじゃ!」
「まあ……確かに中高生の頃、教科書に一部分だけ載っていた小説を図書室で借りて読んだら割りと濡れ場があったりしましたわね」
文豪の古典的名作は当然ながら、海外のサスペンス小説やSF小説でも当然のように濡れ場は挟まれる。別段読んでいてえっちと思うわけでは無いがそこはかとなくノイズに感じたのをドリル子は覚えていた。
「流行りのなろう系小説でも普通にえっちしてる描写あって一般向けで売っておる!」
「ハーレムというか、モテ要素は殆ど入ってますものね」
「聖書でもロトの娘とかエロい話があるのじゃ! 父親とセックスセックスなのじゃ!」
「宗教に絡めるのは止めておきなさいな……」
プンスカと怒りながらカレーちゃんは言う。その一方で自分の小説は、多少のサービスシーンがあるものの性行為そのものはしていないのだ。
もっとエログロ入りまくりのラノベが一般向けで、自分の作品が成人向けとはどういう判断であろうか。そう思うのも不思議ではない。
「性的かどうかはともかく、カレーちゃんの小説ってあんまり子供向けってわけじゃありませんわよね」
「大人向けの高尚な感じがするかの?」
「いえ……ネタがオッサン臭いというか……さも『読者ご存知だろう』みたいな雰囲気で進みますけれど通じにくいと言いますか」
「なんでじゃ!? 子供でも楽しめるゆるふわファンタジー歴史コメディじゃぞ!」
「そもそも子供って歴史モノ読むのかしら」
「知らんが……なろう系でも歴史ものがそこそこ出とるじゃろ。『影武者徳川家康』とかちょっと前にジャンプでコミカライズ連載しとったし」
「『影武者徳川家康』(隆慶一郎著)はなろう系じゃありませんわよ!?」
「家康になろう系じゃないのか!?」
「だいたいジャンプに載ってたの三十年近く昔ですわ!」
カレーちゃんは見た目こそ少女であるが戸籍の上では150歳を超える人外お婆ちゃんなので1990年代ぐらいはつい最近に思えてしまうのだ。
不毛な言い争いをしてもカレーちゃんの作品がアダルトカテゴリに入れられてしまったのは変わらない。
「……それで、話を戻しますけれど。カレーちゃんの作品『RE:異世界から帰ったら江戸なのである』がアダルトカテゴリに入ったら、カレーちゃんのプライド以外なにか問題があるのかしら?」
「大有りじゃ!」
カレーちゃんはノートパソコンを操作し、AmazonのKindle本、ライトノベルのページを開いてから検索フォームに『RE:異世界から帰ったら江戸なのである』と入力した。
すると検索結果に、去年出版した1巻と2巻は出てくるのだが3巻は見当たらない。
「やっぱりじゃ……18禁指定されたことで、検索に出にくくなっておるのじゃ!」
「でも、出ることは出るのでしょう? 全体検索とかすれば」
「ピンポイントで探せばな。じゃが『よーし適当にラノベでも探すか』といった潜在的読者がラノベのページでポチポチと探しても、この新作は一切目に入らんということじゃ!」
「ライトノベルに分類されないことがそれほど重要ですの?」
ドリル子の疑問にカレーちゃんは重々しく頷いた。
「出版業界自体が斜陽な問題はひとまず置いておくがの。大分類として小説やらエッセイやら思想やらの、まあビジネス本とか雑誌とか以外を省いた『文芸文庫本』という分類があるとしよう」
「中々大きな市場そうですわね」
「まあ、これだけ合わせても漫画市場以下なのじゃが。ともかく、その文芸文庫本市場の中に含まれるライトノベル・なろう系などのWEB発小説関係の冊数、売上の割合はなんと全体の4割から5割を占めるのじゃ!」
「そ、そんなに売れてますのっていうか、ライトノベル以外が売れていませんの?」
「まあのう。儂が出版社から出して打ち切り食らった小説も、確か7000部ぐらい刷ったようじゃが一般小説だとそこそこ売れてる数に入るらしいぞ。ラノベだと1万部以下は打ち切りじゃが」
そこまでオタク趣味もない(ドリル趣味はある)一般的な社会人であるドリル子からすれば、一般小説はナントカ賞だとか、ドラマ原作だとか、芸能人だかお笑い芸人だか激白しただとかそういう話題は時々テレビで聞くし大ヒット何十万部突破ヒット!というのも耳にするため、そんなに売れていないという印象がなかった。
だが実際のところはそこそこ中堅どころのラノベ作家でも十冊ほど出していれば累計数万部ぐらい売っているものだし、一般小説の新作に比べてライトノベルは十倍近い数が出ては消えていく。重度のラノベオタクでも全て追うことなど難しいだろう。乙女系ノベルなども含めれば全然知らない作品が大半になる。
「一方で官能小説界隈は全体の1割以下……5%あるかどうか……つまり儂の小説がアダルトコーナーに並べられていたとして、興味を持ってくれたり読んでくれたりする読者数が十倍以上も違うことになってしまうのじゃ!」
「そ、それは痛いですわね……」
「しかも内容はアダルトじゃないからのう! 『おっエロラノベかな?』と思って手に取ってくれた読者がエロくない内容にキレて低評価入れてくる危険性もある!」
「深刻ですわ!」
カレーちゃんは現在のところ、『お昼ごはん食べるついでにお手伝いする』程度のアルバイトを近所の町中華料理屋でやっている程度で、どうにか小説の売上で酒代や生活費を稼いでいた。
最初からエロ業界で上位にのし上がる準備をして出したエロ本ならまだしも、なにかの間違いでエロ扱いされた本では売上が露骨に下がってしまう。
「こ、このままでは炊きたてのご飯にSBカレー粉を振りかけて食べていた貧しい時代に舞い戻ってしまうのじゃ……」
「水着でカレー作る配信でもして稼いだらどうかしら?」
「動画撮るのは怖いから嫌なのじゃ! また自宅に殺人鬼が来るかもしれん!」
以前に動画を配信していたら実況中継でドリル子さんが殴られカレーちゃんが刺されるシーンまで撮れてしまったので警戒していた。
Fランなろう作家とはいえ見た目はヴァーチャルに居そうな美少女であるためかなりの再生数・スパチャなどは期待できるのだが。
「一刻も早く、成人カテゴリから一般カテゴリに移動せねばならぬのじゃ!」
「どうやりますの?」
「ググる!」
「得意ですわよね……ググるの」
カレーちゃんは世間を知らぬ。パソコンの詳しい操作も法律もAmazonのCEOの名前すら知らない。なので困ったときはとりあえずすぐググるのだ。
「えーと『KDP アダルト カテゴリ』とかでググって……うわ。なんか『勝手にアダルトに分類されてめっちゃ困る』みたいなブログが複数引っかかったのじゃ」
「結構あることなんですわね。アダルトにされるのって」
「参考までに読んでみるかの。なになに……表紙とタイトルで自動的に分類されて引っかかることがある……Amazonに問い合わせても審査基準などは公表しないので『カテゴリを再検討いたします』とだけ返信が来て数週間待たされることもある……すぐに変更するには一旦出版停止にして、成人向けと思われる箇所を削って再出版が早い……とあるのう」
「とりあえず問い合わせしますの?」
「うーむ……」
カレーちゃんは難しげな顔で唸った。
「こういう新発売の小説はスタートダッシュが大事なのじゃ!」
「そうですの?」
「うむ。まず見知らぬ新作ラノベなんぞ手に取ってくれる人は希少なのじゃが、最初の三日ぐらいに限っては作者を追う固定読者が買ってくれるのじゃ!」
「カレーちゃんの小説、妙に強火のファンが居ますものね……」
「うみゅ……ありがたくも若干怖いところあるのじゃが。とにかく! その固定読者の方々が購入・評価を入れてくれることで一時的に売れ筋ランキングや検索上位に出てくる! そうすると、今まで手に取る選択肢にも入らなかった新規読者や、積極的に続刊を追っているわけではない読者が購入してくれるという流れになるのじゃ」
「なるほど……それでアダルトカテゴリだとどうなりますの?」
「一般の売れ筋ランキングには入らんし、ラノベユーザーのオススメにも入ってこぬのじゃ。発売されたことが気づかれぬ状態じゃな」
「それは……売れなさそうですわね」
いくらTwitterで即座に購入報告をしてくれるやたらありがたい固定読者が数百人居たとしても、もっと幅広い人に見てもらわねば売上は伸びない。数百人。よく考えたら同人小説にしてはめっちゃ多いな。
「でもほら、売れないと打ち切られる出版社じゃないのですからそんなに気張らなくてもよろしいのではなくて? 生活費もバイトと年金でギリギリいけますわ」
「ダメなのじゃ! このRE江戸シリーズはイラストレーターさんに報酬を払って表紙・挿絵を描いてもらっておるからのう。その代金分回収しないと赤字じゃ!」
以前は表紙とキャラ絵のみを頼んでいたのだが心機一転、RE江戸シリーズでは二十点以上にもなる豪華挿絵も注文しているため相応に制作費がかかっている。
それでいて文量・挿絵数が薄めのラノベ2冊分ほどの大ボリュームであり、単価は500円というお得価格。
結構な量が売れなくては収支が合わないだろう。
「ついでに売上で払う皮算用をしてAmazonプライムデーで買い物しまくったのじゃ……普段高くて買えない無印良品のレトルトカレー大量に買ったのじゃ……」
「それは自業自得ですわ」
「若干薄味だと言われる無印良品の『辛くないグリーンカレー』じゃがその分ポテンシャルがあってのう。醤油とかオイスターソースとか豆板醤とか、色々混ぜることで新たな味わいが……と、とりあえずはTwitterで告知しておくのじゃ……『なんかの間違いでアダルトコンテンツに入ってますが健全です』、と」
そう書かなくては宣伝を見て買ってくれるいつもの読者たちも引いてしまうかもしれない。
なにせ商品ページを見るだけで18歳以上かの確認もさせられるのだ。抵抗感もあるだろうし、他人にもオススメし辛い。
カレーちゃんが自分のTwitterアカウントにその旨を書き込むと、
『そんなこと言っちゃってぇ……実はあるんでしょ? エロシーン』
『いっそエロ展開に差し替えるチャンス』
『カレーちゃんのエロ自撮りが!?』
『エロイノキボンヌ エロイノキボンヌ』
『今どきキボンヌって……』
『悪魔くんは令和最新コンテンツだし……』
『新作の悪魔くんなんかエロいキャラデザだよな……』
『正直あっちのほうが18禁だよ』
などと書き込まれた。
「こやつら悪魔くんで盛り上がっておる!」
「まあ……気にしないならいいんじゃありませんこと?」
「ええい、いつもの読者への連絡はこれでいいとして、アダルトコンテンツから脱却するのじゃー!」
*******
「まずなにが原因でアダルト入りしたかが問題じゃな。儂が思うに審査はいちいち人間が確認しとらん」
「そうなんですの?」
「出版社の小説大賞じゃないのじゃからな。毎日何作も個人出版が出るじゃろうし、AIかなにかでパッと判別しておるじゃろ。ブログ見た情報によると……
・タイトルで判別
・表紙で判別
・挿絵で判別
ぐらいじゃろうな。本文からエロかどうかを判断するのは読まんとわからんじゃろうし。無作為に本文中からエロワードを検索して引っかかったら判定するかもしれんが……」
「つまり絵を見て、肌色面積が多いというか、パッと見た感じ裸やえっちだったらアウトになる感じですの?」
「わからんが、そうかもしれん」
なにせどこがアウトという具体的な基準、指標などを公表していないのだ。制作者側が推測するしかない。
推察した内容を変更することでアダルトではなく健全カテゴリに入れ直させなければいけないのだ。
「タイトルでアウトになるにしては『RE:異世界から帰ったら江戸なのである─女天狗昔物語─』には別に卑猥な部分は含まれておらんじゃろ」
カレーちゃんの断定的な態度にドリル子が思いつく疑問を指摘した。
「『RE』がレイプの略だと思われたとか」
「レイプはrapeじゃ! というかこれで引っかかるとREゼロも引っかかるわ!」
「江戸にはエロという部位が含まれますわ」
「AIガバガバすぎるじゃろ! 江戸系全部18禁行きになる!」
「女天狗でググるとえっちな女キャラばっかり出ますわ」
「一応全年齢向けじゃ! その女天狗さんも!」
そう反論して問題がないことをアピールした。
「だいたい、タイトルでアダルト入りなら前の1~2巻(各定価500円)も成人コンテンツに入るはずじゃ。なのに3巻だけじゃからのう」
「となると次は表紙ですの?」
「ふーむ。これじゃが……」
表紙の画像ファイルを開いて詳しく眺めてみた。もちろん、発売前には何度もチェックしているしラフ絵状態から確認していた絵である。
「イラストレーターのユウナラさんに毎回頼んでおってのう。いつもいい感じの表紙をくれるのじゃ(感謝の気持ち)」
「女の子が2人……おんぶしているだけですわよね」
「うみゅ」
「実はこの2人がドギツいエロ調教してるとかそういう裏設定は? 服の下に縄を縛ってるとか」
「ないわ!」
「でも見た感じ、ちょっとお乳がこぼれそうな感じで太ももが出てるってだけで普通に健全ですわよね」
「そうじゃのう。なんなら2巻のほうが谷間アップで不健全感があるのじゃが、この程度の露出なんてラノベの表紙では珍しくない」
ポチポチとライトノベルの販売ページを開く。全体的な傾向としては、ドレスのような姿や学校の制服めいた女キャラが表紙を飾ることが多いが、太ももぐらいなら出ているのもちらほら見かける。
確かにこの主人公の九子は青白い衣の下はふんどし一枚という薄着ではあるのだが、別段エロ格好とも言えない。タイツが肌にぴっちりと張り付いたりハイレグレオタードだったりするエロ戦闘服みたいな女キャラが表紙のライトノベルだってあるのだ。
「難解ですわね……あ! ひょっとしてこの後ろに背負われてる子の膝!」
「膝がどうしたのじゃ?」
「AIがこの膝を前の子のオッパイだと誤認したんじゃないかしら!」
「ガバすぎるじゃろ! 長乳じゃし!」
だが機械的に判別しているのならば、肌色の位置だけでそう思われるのかもしれない。
もちろん、胸がまろび出すぎ、太もも太すぎなど複合的な問題も絡んでいる可能性はあり、これだ!と言い切れないものがあった。
「表紙は置いといて……次は挿絵ですわね。こっちも問題がないとしたら不具合で報告しないと」
「……」
「問題がなければ……」
「……」
「カレーちゃん?」
「こう……胸を張って『挿絵も超健全です』と言い難い感じが……」
「エロですの!?」
「そ、そんなにエロくはない! 局部は出ておらんし! ほれ!」
カレーちゃんが挿絵の中で、エロに該当するかどうか怪しいものを見せた。
3巻は温泉をメインに書かれた物語なため、作中のキャラクターがちょくちょく温泉に入るシーンが挟まれるため当然ながらサービスシーン的な挿絵もあるのだ。
「とはいえ、これぐらいは少年漫画でも出るレベルのお色気で、アダルトコンテンツではなかろう! 『影武者徳川家康』のコミカライズでもコレぐらいのお色気シーンはあった! お梶の方とか!」
「なんで比較するのが影武者徳川家康ですの!?」
「なろう漫画じゃし……」
「家康になろう漫画のことはどうでもいいですわ! まあ……タイトルと表紙よりは後ろめたいラインですわよね。ちなみにどういうキャラか教えてくださる?」
カレーちゃんが書いているこのRE江戸シリーズはドリルが登場しないこともあってドリル子はあまり読み込んでいないため、彼女にそう訊いた。
「1枚目は主人公の九子じゃ。身長143cm」
「小学生並のロリですわよそれ! デレステだと的場梨沙、BLEACHだと朽木ルキアぐらいですわ!」
「2枚目は玉菊太夫。乳首が出とるが男だから安心して欲しい。15歳ぐらいかのう」
「児童ポルノに該当しかねませんわ!」
「3枚目はイタリア王女フレデリカ。確か今17歳じゃったかのう?」
「未成年な上に実在の人物ですわ!?」
※この世界には実在する。
「なんか設定を聞くとよりヤバい気がしてきましたわ……」
「で、でもほら。女は乳首も出とらんし」
「うっすら1枚目は乳首影が浮き上がってますわ……」
「じろじろ見るでない! そもそも、儂が『ここらへんのシーンの挿絵お願いします』と絵師さんに頼んだところじゃからな……」
「カレーちゃんがエロい場面を指示したのが悪いんじゃなくて?」
「そこをギリギリのラインで出してくれるのがありがたいから、この挿絵が悪いとは思いたくないのう。だいたい、何度も言うようじゃがこの程度はジャンプ漫画のお色気シーン程度じゃろ」
一般ラノベでも水浴びだの風呂だとといったサービスシーンは昔からあるものだ。露骨に性交渉している挿絵ならまだしも、ちょっとヌードで大事なところは隠れている程度で問題になるだろうか。
「と、ともかく……どれがどれだけ悪いのかさっぱりわからん現状じゃが……とりあえず絵師さんに連絡取ってみるかのう」
「健全な絵を貰うんですの?」
「うぐうう、そんなリテイクやりたくないのう……気持ち湯気と謎の光多め差分を頼むかのう……」
イラストのリテイクはとても神経を使う頼み事なのだ。
まかり間違っても頼む方は「凄くいいんですけどもう1パターンぐらい見てみたいです!」とか「来週まででOKです!」などと口にしてはいけない。平身低頭の姿勢で頼み込もう。
「絵師さんにもチャットで報告して……お、レスポンス来た。向こうも残念がっていて、ちょいと変更したのを送ってくれるようじゃ」
「話が早いですわね」
「逆に気を使わせたみたいで申し訳ないのう……」
「それでカレーちゃん、今売っている本の挿絵を差し替えるんですの?」
ドリル子がそう訊くとカレーちゃんは難しげに腕を組んで唸った。
「じゃがのーう……すぐに出版停止がオススメ! などとブログには書いておるのじゃが既に売り出してしもうた」
「ですわよね」
「アダルトだろうと関係ないって読者が数百人ぐらい購入したのを出版停止、ないし差し替えするのは気が引けるのう……」
なにせ修正版の挿絵が出来たとして、エロさを控えめにしたものなのだ。
電子書籍の自動更新をオフにしていれば別だがいつの間にか挿絵が入れ替わっていた読者の悲しみは深いことになり、低評価を入れるに違いない。
だいたい、既に購入済みの書籍を出版停止にした際にどうなるかなどカレーちゃんは知らないのだ。予定外の迷惑が掛かる可能性もあった。
それに既にアダルト版はつよつよ読者のおかげでアダルト小説ランキング一位に一時的に入ってしまっているのだ。
「よし! では『RE:異世界から帰ったら江戸なのである【全年齢版】』というタイトルにして別バージョンを出版しよう!」
「そんなことができますの?」
「うむ。本によっては分冊バージョンだの、出版社を通したのがあるが作者が直接出した廉価バージョンだのといったものを出しているのは珍しくないのじゃ。電子書籍じゃからのう」
そこで、タイトルにも健全さを増し(全年齢版と表記すれば馬鹿なAIは騙されると信じたのだ)表紙や挿絵も健全にしたものならば一般カテゴリに入るはずだとカレーちゃんは画策した。
ブログにも「運営に要請を出しても通るか不確かだし時間も掛かるので再出版が早い」と書かれていたのだ。
アダルトカテゴリに3巻は残ってしまうが、それはそれでミステリアスな誘惑に駆られて買う者も出てくるのではないだろうか。
「よーし、では全年齢版の出版じゃ~!」
「それよりカレーちゃん、誤字脱字の報告が山程来ていますわよ」
「……」
「あんなに何度も見直していたのにね」
「ううう、誤字脱字しない小説家は存在しないのじゃあ~」
悲しみながら全年齢版を作りつつ、読者に指摘された誤字脱字の修正作業も行った。
なにせアダルト版と全年齢版で二つ原稿ファイルを作るため修正する手間も二倍だ! 非常に面倒であった。
*******
絵師さんから修正のイラストも送られてきた。
「表紙は露出抑えめ、挿絵は湯気と謎の光多めって感じですわね」
「うみゅ。これで問題はなかろう」
「でも膝が長乳に見える問題は解決していませんわ」
「見えんて! AIもさすがにそんな『がばいばあちゃん』ぐらいガバじゃないじゃろ!」
「がばいばあちゃんは別にガバではありませんわ!」
ともあれ挿絵を差し替えた【全年齢版】をひとまず作ったカレーちゃんは出版の準備をした。
作品タイトルだけ少々変えて、あらすじ等はそのままにしつつ『成人向けとは挿絵が違うだけです』と注意書きを入れておいた。
そして値段設定。
「ううーむ……正直なところ、成人向けが完全版とするとこっちは若干不完全なところがあるからのう。同じ値段というのも気が引ける」
「そうですわね」
「あと少し安くしたら成人向けを買ってくれた読者がお布施でこっちも買ってくれるかもしれん……」
「浅ましいですわ」
「というわけで値段を100円引きにして販売じゃ!」
カレーちゃんがぽちりと販売開始ボタンを押すと、しばらくAmazon側による審査レビューが行われた後に出版されることになる。
「……微妙に3巻の審査がいつもより長い気がするのじゃ。2巻とか1巻とか数時間で発売開始されたのに半日以上待たされるのじゃ」
「まあ……アダルトに分類されるような作品だから念入りに検査しているのかもしれませんわね」
「よーし、では待つ間にカレーを作るのじゃ! 今回のカレーは半額シールが貼られていたから買ったものの結構エグい味噌の風味が強くてそのまま飲みたくないな~って思ったレトルトスープ、ポッカの『白みそクリームポタージュ』をベースにした味噌カレーなのじゃー!」
「企業案件ですわね!」
キャッキャと言い合いながら粉スープを材料にカレーを作り始めるカレーちゃんであった。
暫くが経過して。
「──おっ! 販売開始になったようじゃ!」
「やりましたわね!」
「よーしTwitterで宣伝じゃ。『健全版のRE江戸3巻がやっと発売されました』、と」
そうするとフォロワーから『おめでとうございます』だの『じゃあ成人版をもっとエロくしてください!』だの励ましの書き込みが行われた。
カレーちゃんが満足しつつ、販売された『全年齢版』の商品ページを開く。
「うーむ、さすがにまだ評価はついておらぬようじゃが……」
「……ん? カレーちゃん。ちょっとよく見せてくださる?」
「なんじゃ?」
ドリル子が商品ページを詳しく眺めて、告げた。
「……この『RE:異世界から帰ったら江戸なのである3巻【全年齢版】』……これもアダルトコンテンツに入ってますわよ」
「なんじゃと!?」
慌ててカレーちゃんが確認すると左上に小さく『アダルト』とジャンル分類されていたし、シリーズまとめ買いの一覧では『警告アダルト商品』と記されて表紙が表示されていなかった。
せっかく全年齢版を別に出版したというのに。表紙も挿絵も変えたというのに。それでもカレーちゃんの作品はアダルトコンテンツに入れられてしまったのじゃ。
「──出版停止ー!」
即座にKDPの作者ページから出版を差し止める。被害は抑えられたであろうか。差し止めまでに数冊程度は売れたかもしれない。確認するのが怖かったので確認しないことにした。
「はあ……はあ……! なにが悪かったのじゃ!? タイトルも見るからに健全、画像も差し替えたじゃろ!」
「さあ……長乳かしら」
「長乳にこだわりすぎじゃろ!」
おおよそ、表紙にも問題ないように思える。となると挿絵だろうか。多少、湯気や謎の光で隠しても裸は裸! えっちっちー!の小学生マインドをAmazonは持っているのだろうか。
どうしよう。カレーちゃんは悩んだ。全年齢版とアダルト版で平行して販売する計画が台無しだ。
「こ、こうなったら……若干申し訳ないが、該当しそうなエロ挿絵を削除して全年齢版を販売するのじゃ! それしか方法はない!」
「えええ……挿絵削除なんて勿体ない……」
「アダルト版では全部残して売る! あくまで全年齢版の処置じゃ! 値段も下げておるしのう……致し方なし!」
カレーちゃんはWordファイルを編集してエロに該当しそうな挿絵を削除し、再び出版を試みた。
──だが。
「これでもアダルトコンテンツ扱い!? どうなっとるんじゃワレ!」
「カレーちゃんが怒りのあまり仙人弁からガラの悪い感じになってきましたわ……!」
タイトル・表紙に問題はなく挿絵も健全なのしか残していない。
だというのにアダルトカテゴリに入れられてしまったのだ。
もはやなにが悪いのかさっぱりわからない。
「まさか本当に儂の本文が悪いと判断されたとか……まさかのう」
「心当たりとかありませんの?」
「うーん……遊郭とか遊女とか助平とかの単語を拾ったとか? 悪役が麻薬をキメまくるシーンが反社会的だとか?」
「わかりませんわねえ。それぐらいなら一般小説でも普通にありますわ。もっとこう特殊な性的描写……竜と牛車がギュッギュッってえっちする場面とかありませんでしたかしら」
「ないわ! ……いやそんな発言をしたキャラは前に出したが、描写はしとらんわ!」
もはやこうなってくると魔女狩りのように何もかもが疑わしくなってきてしまう。
どうあっても全年齢版は売りたいのだが、本文に問題がありそれがどこの箇所かわからないとなるともはや修正のしようがない。
「も、もはや最終手段じゃ!」
「どうするんですの?」
「どこが悪さをしておるのか徹底的に調査をする。具体的には、
・表紙黒塗りで挿絵全部そのままで出版する→アダルトカテゴリから外された場合は表紙が原因。
・表紙そのまま、挿絵全部抜きで出版する→アダルトカテゴリから外された場合は挿絵が原因。
・表紙黒塗り、挿絵全部抜きで出版する→アダルトカテゴリから外された場合は両方が原因。外されなかった場合は本文が原因。
こうして試すのじゃ!」
「た、大変ですわね……それで本文が原因だったらどうしますの?」
「もう諦めて3巻はアダルトで売るしかあるまい……腹立たしいが! いっそ絵師さんに湯気と光全部抜きのエロ解禁イラストを発注してやろうかのう! 追加でエロ短編も書いて載せてしまうか!」
「やけですわね……」
カレーちゃんがガリガリと獣耳の付け根あたりを掻きむしりながら叫んだ。
一つ試しに出版して審査を待つだけで1日ぐらい掛かるのだから、全部試しても数日は掛かってしまう。やたらと厄介な話であった。
こうしてカレーちゃんの長い戦いが開幕しようとしていたのである!
「……ところでカレーちゃん」
「なんじゃ?」
「Amazonのカスタマーサポートに問い合わせてみたらどうかしら。自分の出した小説がカテゴリ違いになってるんだけど、みたいな感じで」
「えー……それやっても『審査基準は公表できません。再検討させて頂きます』で終わるって聞いたのじゃ」
「ダメで元々。連絡するのはタダですわ」
「そうじゃのう。あらゆる手を打っておくかのう。無駄な気がするが……」
カレーちゃんは不承不承といった様子でサポートにメールを送り、調査用の原稿ファイルを加工するのであった。
********
翌日。メールが届いた。
『Amazonをご利用いただきありがとうございます
下記の本についてお問い合わせをいただきまして、ありがとうございます。
『RE:異世界から帰ったら江戸なのである─女天狗昔物語─3巻』
確認の結果、この本からアダルトカテゴリーを削除いたしました。
このたびは、ご意見をいただきありがとうございました。ご不便をおかけしましたことをお詫び申し上げます』
「嘘じゃろ……一発で直ったのじゃ……」
カレーちゃんの本は一切の修正を必要とすることなく、こうして一般カテゴリへと戻ることができたのである。
「よかったですわね?」
「のじゃあああああ!!」
「突然発狂してどうしましたの!?」
「ここ数日、あれを調整これを削除したり原稿いじったり絵師さんにお願いして絵を出して貰った苦労はなんじゃったのじゃ!? リテイク紛いのことまでしたのじゃぞ!」
※本当にすいませんでした。
「最初からカスタマーに連絡して待っていればよかったのですわ」
「ぎゅいいいいい!!」
カレーちゃんの推測通り(か、どうかは不明であるものの)アダルトカテゴリーへの分類分けは機械によって行われているので、ミスも起こる。
その際に連絡して人間の手で確認して貰えれば、当初の予想通りに一般向けだと判断されて手動で再分類してくれる。
ただそれだけの話であった。
「それでは今回の教訓ですわね。
・KDPで本を自費出版した際にAmazon側のミスでアダルトカテゴリに入れられることがある。
・成人向けコンテンツが含まれていないと自信のあるときは、素直にカスタマーサポートへ連絡をして対応を待とう。
……凄く普通ですわね」
「とほほー! もうアダルトカテゴリは懲り懲りなんじゃよー!」
余談だがこの後も数回、更新した拍子に再度アダルトカテゴリ入り→アダルトカテゴリ解除などの混乱が起きた。
なんとも大変な思いをした出版であったという。
「おのれー! せめて期間限定、過去作品を半額にして少しでも知名度を上げて売れ行きをよくするのじゃー!」
「凄く説明的なセリフですわね……」
「まだ警告されてますわ!」
「ぬー!」
どっとはらい。