表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大きな家

作者: リグニン

コンコン。


ノックの音が聞こえたので返事をして玄関へ向かった。それから扉を開けるがそこには誰もいない。何かの悪戯なんだろうか。そう思って扉を閉めようとするとまた声がした。


「おーい、こっちだよこっち」


視界の下方からグイッと何かが出て来た。長髪の女性の上半身に魚の下半身。どうやら人魚らしい。僕は彼女の手を取ると家の中まで案内した。


「ふぃーっ、もう干からびるかと思ったよぉ~」


「何も遠路はるばる我が家に来なくても…」


「いーの!それよりほらアレ、用意してるんでしょ?」


「ええ、まあ。ありますけども」


アレとは水槽の事だ。来るとの連絡があったので急いで用意した。人魚は目を光らせると大きく跳躍して水槽の中に入った。ざぶーんと水しぶきを立てる。これ、掃除するの僕なんだよね…。


人魚は水槽の中で寛いでいる。僕は魚を用意すると中に入れた。


「うーん…鮮度が及第点かなー」


「お気に召していただけた様で何よりです」


そんなやり取りをした後に僕は水を飲むと書斎へ向かおうとする。人魚は水槽の中から僕を目で追うと中からトントンとノックした。何か用事でもあるんだろうか。近くに寄ると彼女は顔だけ出した。


「何かご用ですか?」


「えーだって暇じゃん。何か話そうよー」


「僭越ながら仕事がありまして」


「客人をもてなすのは仕事のうちじゃないのー?」


そう言われればそうなのかもしれない。とはいえ客人を楽しませるような催し事もなければ話術もない。無難な会話をしようにもあまり適当な事を言って怒らせたりでもしてはいけないし、困った。


あれこれと考えているとやがてまたドアがノックされた。今度は誰だろう。人魚も興味津々に玄関の方を眺めている。客人が話し相手になってくれるならこちらも仕事に専念できるかもしれない。


扉を開けると全身甲冑の3人がいた。左から草の騎士、姫騎士、鉄の騎士だ。


「やあ大家さん。少しの間、家に置いてもらいたいのだが」


姫騎士が礼儀正しく言う。


「ええ、結構ですよ」


後ろの2人もペコリと頭を下げた。家の中に入れると部屋に案内した。そのまま書斎へ向かおうとしたが人魚がバンバンと水槽を叩いてこちら戻る様に言う。しぶしぶと水槽前に戻った。


「談話ならあのお三方とお願いしますよ」


「えー見るからに堅物そうじゃん。多分合わないよー」


彼女は人魚としての決まり事が嫌になって我が家に来ている。確かに規則を重んじる彼らとは馬が合わないかもしれない。しかし僕にも仕事があるので何とか人魚の話相手を願えないか騎士達の元へ向かった。


彼らの部屋の前でノックしようとした所を姫騎士が出て来た。どうやら彼女も僕に用事があるらしい。一体何だろう。


「すまない、そろそろ定刻になりそうなのでお祈りがしたいのだがこの部屋で行うにあたってそちらの宗教上の問題とかないか?」


「ええ、ありませんよ」


姫騎士は頭を下げるとさっそくとお祈りに向かった。彼らの祈りの時間は長いので頼み事はできそうにない。仕方がないので僕は人魚とのおしゃべりに向かった。


玄関に向かっているとドタバタと争う音がする。何やら水が撥ねる様な音まで。これは只事じゃない、そう思って駆け足で向かうと水槽から出た人魚とエルフが争っていた。一体どんな経緯で争っているんだろう。


僕は仲裁に入った。


「落ち着いてください、一体どうしたんですか?」


「この半魚人がいきなり襲い掛かって来たんだ!放せ、生臭くなる!」


「誰が半魚人だ!私は人魚だよ!大家さん、大家さんヤバいよこいつ!家の中に勝手に侵入して辺りを物色してたんだよ!」


頭痛がした。おそらく言ってる事は人魚の方が正しい。既にエルフは何回か同じ事をやっていて僕からも何度も注意している。しかしエルフが相手だとあまり下手な事を言えないし、責任を問うのも難しい。


とりあえず人魚にはお礼を言って僅かに金品を持たせた。人魚はきょとんとした顔をしていたが大人しく水槽の中に入ってくれた。


「何かご用ですか、エルフさん」


「うん、相変わらずみすぼらしい大家の家を見て不審な輩がいないかこの吾輩が直々に調べておったのだ。人間と友好関係を築くのであればこうした気遣いも必要であるからなぁ。して、そこの半魚人を見つけた訳よ」


「彼女は僕の客人です。ご心配は無用です」


「しかしまぁこのカビ臭さ、内装はもっと何とかならんのか。人間は実にセンスがない。どれ、ここは1つ指導してやろうか」


「お心遣い痛み入りますが遠慮させていただきます。お帰りはあちらです、お気をつけて」


エルフは腰に手を当てて機嫌の悪さを全身で表現するとズンっと僕の前まで歩み寄り、顔を上に向けて目だけ下を向いて見下して見せる。


「エルフがわざわざこんな辺鄙な所に来てやっているというのに、我々が快適に過ごせるように環境を整えようと思わんのか?全く、人間と言うのは大変向上心がなく自堕落だ。とは言え足が疲れたから1泊家を貸してくれ」


「ええ、構いませんよ。こんな所で良ければ」


そういってエルフを騎士達の泊まっている部屋の隣に連れて行った。ここに置いておけばまたエルフが何かをしでかしても騎士達が止めてくれるだろう。そろそろ仕事に専念したいがエルフでは人魚の話し相手にはなれそうにない。


仕事も溜まっているので早く何とかしたいが、客人に暇させるわけにはいかない。エルフについて話もしておかなければならない事もあるので玄関に戻って人魚と話をした。彼に関しては色々と事情がある。


「はー…、なるほどね。そゆ事。私ちょっとエルフのイメージ変わったカモ」


「まぁ一言にエルフと言っても多種多様ですから、皆彼みたいな人じゃありませんよ」





やっと話疲れた人魚がひと眠りすると言い出したので僕は書斎に戻って作業の続きを再開した。30分ぐらいは仕事に集中できたが、やがて玄関の向こう側が騒がしくなって来た。位置から察するに騎士達とエルフだろうか。もしも争いになったら大変だ。僕は止めに向かった。鉄の騎士は既に剣の柄に手をかけている。やはり止めに言って正解だった。


「あー良かった大家さん、せっかく寝てる所を騒がれて困ってたんだ」


騒動を止めようと思ったのか、人魚が出て来て彼らの所にいた。こちらを見つけ次第ぴょんこぴょんこと飛び跳ねて喜んだ。まずは状況を把握しないと…。エルフに話しかけると話がこじれそうなのでまずは騎士達から話しかけた。


「何があったんです?」


「この無礼者が我々の崇める神様を侮辱したのだ」


姫騎士が声に怒りを滲ませる。ああ…宗教か…。特に信仰心の強い彼らだ。人魚の様に金品でこの場を収める事はできないだろう。何とか話を付けないと。本来なら騎士達の方から宥めたい所だがこれ以上エルフに挑発されると流血沙汰になりかねない。


やむを得ずまずはエルフの方から説得を始めた。


「おー言っておくが吾輩は説得には応じんぞ。石でできたフィギュアに話しかける特殊性癖を笑っただけじゃないか」


言葉では強がっているが声が少し震えている。戦闘に長けたエルフでも得物がないのではしっかり装備を固めた相手じゃ怖いのも無理はない。しかしこんな時に挑発しなくてもいいだろうに。


「エルフさん、ここでは誰がどんな神様を信仰しようが自由です。しかしそれは他者の権利を侵害しない範囲である事が前提です。紛争を起こすのであれば出て行ってもらいます」


「実に人間らしいな。千年もの間、我々エルフを迫害して来ただけはある。我々が貴様らを赦し譲歩してやってる恩を忘れるとは。紛争を起こしてるのは貴様らの方だ、他宗教の存在こそ我々への侮辱なのだからな」


じりじりと少しずつ後ろに下がりながら言うエルフ。この家には弓矢が置いてある。いざという時は走ってそれを取りに行くつもりなんだろう。ここへ何度も侵入して物の配置を知っている彼なら造作もない事だ。


エルフが半歩下がれば騎士達は半歩迫って距離を空けない様にしている。困った、説得して剣を収めさせようとしているのに話せば話すほど緊張感が高まっている。人魚がその場で飛び跳ね、ビタンビタンとヒレを床に叩きつけ怒りを露わにする。


「私は今から寝るんだよ!争いなら外でやってくれ!ここからじゃ騒音があの水槽に響くんだよぉー!」


「しばし時間をいただきたい。無礼者を斬るのにそう時間はかからん」


「そうだぞ半魚人、お前は自分の肉でも食ってろ」


「ムッカー!あたしブチギレちゃったもんね!」


人魚はどこからともなく弓と矢の入った矢筒を取り出した。するとどういう訳かエルフの方に投げた。エルフは驚いて受け取った。


「これでフェア!騎士達も遠慮なく斬り伏せられるでしょ。ほら、エルフ!そのご自慢の腕でその甲冑を貫いてみればいいじゃないのさ!」


「人魚さん、何してくれてるんですか!争いを止めようとしている所を!」


人魚はニヤニヤしている。もう完全に野次馬だ。エルフは汗を垂らしながら弓を握っている。今となっては姫騎士まで柄に手をかけているのにエルフは得物を取った今でも構えようともしない。


エルフはこちらにチラチラと視線を送って何か言おうとしている。この状況は良く分からないがとにかくエルフに戦意がないと受け取った。しかし彼に謝罪させるのは無理だ。じゃあどうすればこの場が収まるのか…。


ふと時計に目が行った。そうだ、これなら…。


「そうだ、そろそろお昼ですよ。腕によりをかけて料理を振る舞わせていただきますが、剣を交えるのはそれからでも良いのでは?」


両者の間に妙な空気が流れる。しばらくはお互いににらみ合ったまま何も発言しないでいたが、やがて鉄の騎士が兜を取った。


「そうだな。朝から何も食べてないのでとてもお腹が空いた。戦いは昼食の後にしよう」


草の騎士も同じように柄に置いていた手を放す。


「うむ。急がずとも戦いはいつでもできる。姫、まずはお食事にいたしましょう」


姫騎士も構えを解いた。


「それまでその命は預けたぞ」


そう言って彼らは部屋に向かって歩き出した。


「気高いエルフは背中を撃たない。仕方ないから許してやろう」


エルフはホッとした表情で肩に入った力を抜いた。それから弓矢を人魚に返した。人魚は受け取ると首を傾げた。


「あんたどうやって午後から決闘すんの」


「我々エルフにとって決闘とは誇り高きもの、下賤な輩とするものではない。尤も人魚にはプランクトンと殴り合いをする文化でもあるのかもしれないが」


人魚は目にも止まらぬほど素早く自然な動作で弓を構えるとエルフの頭の真横に矢を撃ち込んだ。飛び上がったエルフは急いで自室に籠った。人魚はその様子を見てケタケタと笑っていた。しかし急にハッと何かに気付いた様な表情になって慌てる。


「大家さん、ひょっとして今の紛争のうちに入る?」


そう言えばさっき紛争を起こしたらここから出て行ってもらうと僕は言った。それを気にしたんだろう。僕は床に突き刺さった矢を抜き取ると矢じりを確認するフリをする。


「うむ、お見事です人魚さん。家に入り込んだ蝿を射抜いてくれるとは。助かります」


「大家さぁん♡」


そうして人魚は水槽に戻って昼寝を再開し、僕は水浸しになっている廊下を掃除してから厨房に向かった。





昼ご飯を振る舞うと皆満足してくれた。エルフが「不景気な顔を眺めながら食べる趣味はない」と言うので彼だけ部屋に料理を届け、人魚の元にはまた別の魚を届け、後の皆にはエルフは体調を崩したのでここへは来ないと伝えた。


騎士達は体調不良の相手とは戦えないと言ってくれたので、午後からの決闘は延期になりそうだ。後はエルフがこれ以上問題を起こさないといいのだが…。


彼女らは食事をしながら旅の事や城での暮らしなど様々な事を教えてくれた。ここには様々な種族が家を訪ねて来るが、やはり同じ人間の話題もたまには聞きたくなる。同胞は今頃どうしているだろうか…。


草の騎士と姫騎士は部屋に戻った後も鉄の騎士と話をしていた。


「長く生きていると人間関係も変わるものだな。信用してた友人が敵国のスパイだったり。時に疑心暗鬼になったり、友達同士だった奴がいつの間にか恋仲になってたり。そんな中でも君はいつも変わりなく私達を迎え入れてくれる」


「いつも愛顧いただきありがとうございます。良くも悪くも個性豊かなお客様ばかりお見えになられるものですから…。こちらとしても騎士様達がいらっしゃるだけで心強い」


訪ねる客の中にはエルフどころじゃない魔物だっている。僕は戦えない。騎士達がいるのは大変ありがたい事だ。


「困った時は助けになる。さっきはその…揉めて悪かった」


「信仰する神様を侮辱されては怒りを禁じえないのも仕方ありません。それに僕が昼食の話をした時に気持ちを汲んで戦いを止める様に働きかけてくれたのは鉄の騎士さんです。助かりました」


鉄の騎士は少し照れ臭そうにした。彼は木の実でできたジュースを飲むと改まった態度でこちらを向いた。


「話は変わるのだが…その…、大家さんには想い人とか、恋人とかおられるだろうか?」


「いえ、いませんよ。何分恋愛とは縁の遠い所にいまして」


どういう訳か鉄の騎士は少し嬉しそうに微笑んだ。


「そ、そうか。ならぼ、その…」


何を話そうとしているのか分からないがいつも堂々とした振る舞いをしている鉄の騎士は中々言葉が出て来ずに何かを言おうとしては言い直したりしている。珍しく何が言いたいのか分からず話を聞いていた。


その途中でドアベルが鳴った。鉄の騎士は「やはりなんでもない」と顔を赤くしたまま俯くので、ひとまずお客人を迎えに向かった。


玄関のドアを開けるとその先には大変露出度の高い服を着た女性がいた。角、羽、尻尾、赤い肌。サキュバスだ。一端外の周りをキョロキョロと眺めてから一息つくと改めてこちらに話しかけて来る。


「ハロー大家さん、しばらくの間ここに置いて欲しいんだけど」


「ええ、構いませんよ」


部屋まで案内している途中、サキュバスは特に意味もなく腕に抱き着いて来た。周りに誤解を与えるからと何回も言っているのだが聞いてくれそうにないので部屋までだからと諦めている。


部屋に向かう途中で鉄の騎士と会った。


「なんと破廉恥な!ええいサキュバス、大家さんから離れんか!」


「えーいいじゃん。別に誰のモノでもないんでしょ?」


「良くない!そうやって密着して精気を奪ってるんだろう!」


「まあね」


「然らば決闘だ!表に出ろ!」


「この家で争いは禁止だって言われてるでしょ?追い出されたくないから嫌―」


鉄の騎士は「ぐぬぬぬ」と言いながら身体を震わせている。サキュバスはハッとした表情をすると手を叩いて僕から離れた。


「ごめんごめん、そういう事ね。鉄の騎士ちゃんったら可愛いんだー」


「は?」


ポカンとする鉄の騎士を横に1人納得した様子のサキュバスは珍しく僕から離れたまま家の中を歩く。良く分からないが争いは避けられたらしい。僕は彼女を部屋まで案内した。そう言う事がどういう事なのか尋ねたが教えてくれなかった。


客人も多くなってきたのでデスクワークは一旦置いて室内の清掃を始めた。こんなに来訪者が来ると事前に分かっていたならもっとちゃんと掃除をしていたと言うのに。そう言っても皆の都合もあるので仕方がないのだが。


家の暗がりで草の騎士と姫騎士が親しくしているのを見かけた。鉄の騎士が言っていた恋仲になった友達同士とは彼女らの事だろうか。僕は敢えて気付かないフリをしてさっさと他の部屋の掃除を行った。


玄関へと向かう階段を掃除していると玄関が水浸しになっているのが見えた。僕はため息をついた。人魚の要望で玄関に水槽を置いたが間違いだったかもしれない。新たな客人が来て足を滑らせては危険だと思い玄関の掃除を行った。すると水浸しにした犯人が帰って来る。


「大家さーん!」


両腕を器用に使ってこちらにやって来る人魚。


「探したよー。お昼寝が終ってからというもの全然構ってくれないんだもの」


言いたい事は山ほどあったが今は掃除をしなければならない事を冷静に伝えた。


「じゃあ私も掃除手伝うよ」


「お客様にお手伝いさせるなどとんでもない」


「良いって事よ」


そう言うと張り切って箒を手に取り掃除を始める。既に濡れた床を箒で掃こうにも埃やゴミは上手く取れず難儀していた。雑巾を使って拭く事を提案すると見事に汚れは取れるのだが、今度は床にぬめりが広がって行く。これはどうしたもんだろう…。悪意は全くないのでこの善意をどうしたものか内心で頭を抱えた。


やがてノックもなく急に扉が開いた。大きな体躯の客人、オークだ。毛深くぎろりとした眼で、大きな牙を生やしている。


「この辺にサキュバスさんが来なかったか?」


「ええ、先程お見えになられましたが」


「そうか。案内してくれ」


「先に話を通してきます。少々お待ちを」


そう言うがオークは構わずずかずかと入って来る。このまま僕について来る気なんだろう。困ったな、サキュバスが会いたくない相手だった場合がまずい。どうしたものかと考えているとオークは玄関ですってんころりんと転んでしまった。


更に非常にまずいのはオークが転んだ先に人魚がいた事だった。


「に、人魚さん!!!」


「あ、あたし終わったわ」


人魚がオークの下敷きになった。僕は慌ててオークを持ち上げようとするが人力でとても持ち上がる重さじゃない。やがてオークが起きると人魚が紙の様に薄っぺらになっていた。


「大家さん、ちょっと空気入れてくれる?」


「ちょっと理解が追いつかないです」


そう言うと人魚は笑ってぽぽぽぽんとポップコーンが焼ける様な音と共に元に戻った。


「おいオーク気を付けろ!不死じゃなきゃ死んでたぞ!」


人魚がキレながらオークをバシバシと叩く。オークは「すまん」と頭を掻きながら言った。人魚が不死だったので何とか事なきを得た。強引な態度を改めてくれたオークに待っている様に伝えるとサキュバスの所へ向かった。


部屋にはいない。どこに行ったのか…2階の廊下を探していると草の騎士と一緒にいるのを見かけた。


「2回目に備えて1度経験しておくと自信がつくよー。本当に愛してる人との本番でがっかりさせたら…嫌よねぇ~」


「し…しかしこういうのはその…」


「そんな事言ってぇ…。じゃあ、嫌なら抵抗してね。鎧を剥ぐから…1まーい…2まーい…」


「サキュバスさん、ちょっとお客人がお見えになられまして」


「今つまみ食いしてた所なのにぃーっ!」


それからサキュバスを訪ねて来た相手がオークだと答えるとその場で飛び上がって青ざめる。


「No…いないと言って」


「しかしもういると言ってしまって」


「WTF!?嫌だぁーっ!オークは嫌だぁーっ!!」


そう言いながらサキュバスは廊下を走り、窓を開けると飛んで行ってしまった。草の騎士は何事もなかった様に鎧を戻すと部屋に向かって帰って行った。さっきの話は他の騎士達には黙っておこう…。


サキュバスはいなくなってしまったので、仕方なくオークの所まで戻ると玄関の掃除をしていた。人魚も一緒に掃除してはぬめりが広がり、そのぬめりをオークが掃除すると言う終わりそうにない作業を行っていた。


まずは掃除してもらった事についてお礼と謝罪をして、それからサキュバスが先ほど飛び去ってしまった事を伝えた。オークはしょんぼりとする。


「そうか…駄目か…」


「そう気を落とさないでください。また会えますよ」


オークは涙をこぼして泣いた。人魚がオークの隣にもたれかかるようにして立ち上がり、彼の背中をバシバシと叩く。


「そうだぞオーク。面白そうだから何があったか言ってみ?」


「人魚さん、落ち込んでる相手に深く詮索するもんじゃありませんよ」


「だって気になるでしょ」


まぁ…気にならないと言えばウソになる。オークはサキュバスとの出会いについて話した。最初の出会いは1週間ほど前になるらしい。村長にオークらしくないと言われ、落ち込んで集落の外で花を愛でている時に出会ったようだ。


サキュバスの話術はオークを魅了しすぐに恋に落ちてしまった。それから自分はオークなのにオークらしくない、いつまで経っても子供のままだと責められた過去について打ち明けた。そこでサキュバスの方からここで大人になってしまおうと言い寄ったので、オークは自分を大人にして欲しいと思いサキュバスに告白したのだそうだ。


告白を聞くとするとそれまでのムードはどこへやら、サキュバスは悲鳴を上げて逃げて行ったのだそうだ。


「で?で?なんて告白したんだ?」


人魚がオークの顔を覗き込む。オークは顔を赤くして俯いた。


「大人になるんだろぉー?言っちまえよぉー」


「…君とプラトニックな関係を築きたいって」


それを聞くと人魚は笑い転げ回る。オークはまた泣き出した。


「ぞんなに笑わなくっでもいいじゃないが!」


「素敵だと思いますよ。泣かないでください」


とりあえずなだめると泣き止むまでゆっくりできそうな部屋に案内してあげる事にした。部屋の途中でエルフが出て来た。彼は大変機嫌が悪そうな顔つきをしている。


「さっきから大声で泣いてたのはお前か!うるさいんだよ!鼓膜が破けるかと思ったわ!エルフの耳はなぁ、その辺の雑種よりもとてもいいんだぞ!」


「失礼しました。少々込み入った事情がありまして」


「大体オークを家内に入れるなよ。体臭は酷いし声はうるせえしそこらじゅうに毛が抜け落ちて不愉快だし。そいつは屋外の小屋にでも入れときゃいいんだよ」


そこまで言われるとオークもカチンと来た様で泣き止んでエルフを睨む。まずい、またエルフが争いを生もうとしている。見ると部屋に僕の弓矢が持ち込まれていた。とはいえこんな狭い所で争うのに適してるとは思えないが。


間に割って入って争いを止めようとしている僕をやんわりと押しのけてオークがエルフの前に行く。エルフは凄まれて少しだけ顔が引きつった。


「言うじゃないかエルフ。お前達だって近年までは家族でない者の家には上がらないってしきたりがあっただろう。お前は大家さんと婚姻関係にはない。出て行くのはお前の方だ」


「うっ……。オークの癖にエルフである吾輩に出て行けと言うのか?よおしいいだろうオーク、お前が迫害を受けた歴史が一体何年ほどあったか言ってみろ」


「俺達は殺し殺されてきた。一方的に迫害された歴史なんてのはないと思うが…世間一般的には150年だな」


「そうだ。たかが150年ぽっちだ。それに比べて我々はどのぐらいの間迫害を受けたと思う?千年だ!千年もの間、我々は他種族に迫害を受けたのだ!貴様等とは迫害されてきた歴史の重みが違う!もっと敬え!反省しろ!我々に心からの謝罪し頭を垂れるのだ」


「随分伸びたな。最初の主張では260年だったはずだが」


しばらくはそんな口喧嘩をしていたがやがてオークはため息をつくと踵を返して玄関の方へ向かった。エルフは猶の事吠えるがオークは相手にする様子がない。やがてエルフは勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「オークめ、でかいのは図体ばかりだな。吾輩に恐れをなして逃げて行ったぞ。なあ大家」


「そうですね」


僕はオークの後を追った。


「大家さん、やっぱりサキュバスさんの後を追おうと思います。こんな所で泣いてたって彼女の心を射止める事はできませんから」


「え、ええ。応援してますよ」


玄関の前まで来るとペコリと一礼して家を去って行った。





午後3時ごろになるとカマイタチが手紙を持ってやって来た。人魚宛てらしい。僕はその手紙を人魚に渡した。水槽の中の彼女はそれを見るとみるみると元気をなくしていく。


「ヴぇー…聞いてよ大家さん、ママが明日には家に帰れって」


「人魚さんを心配しての事でしょうね」


「やーだー!家に帰りたくない!もっと青春をエンジョイするんだ!てな訳でー、大家さん結婚しよー」


「僕を家出のために利用しないでください」


「そうだ、それは駄目だ半魚人。大家は吾輩と結婚するのだからな」


どこからともなくエルフがやって来た。どうやらさっきのオークから言われたあのしきたりを守っていない件について気にしていたらしいい。人魚と言いエルフといい、僕に結婚を迫る理由が不純過ぎる。


僕は2人からの求婚を丁重にお断りした。やがてサキュバスが帰って来た。


「はぁー…はぁー。あのオーク、バイタリティお化けかよ…。大家さん、さっきの部屋まだ空いてる?」


「ええ、まあ」


「じゃあ、借りるね…」


肩で息をしながら部屋に向かっていった。扉を閉めようとするとまた何かが家の前に飛んできた。非常に大きな図体で、ズシンと建物を揺らした。縦長い顔、鈍く光る表皮、鋭く尖った爪に船の帆の様な翼。ドラゴンだ。


ドラゴンは体の向きを変えると首を曲げてこちらに顔を向けた。


「ふぅー。ここまで飛ぶのも一苦労だ。大家、今日はお前に用があって来たぞ」


「はい、何用でございますか?」


「お前と結婚したい」


またか…。


実は以前もドラゴンに求婚された事がある。ドラゴンは呼び出されるたびに魔王城に向かうのだが、とても距離が遠いためここで休憩したりする。ただ飽くまでここは僕の土地なのでドラゴンのためだけにあれこれと用意したりできず彼らにとっては不便な事も多いのだ。


そのため、彼らは僕と結婚する事で他の客人を排除して自分達に都合のいい物を工面させようとしている。そういう訳でずっと機嫌を損ねない様にお断りして来たわけだが…これで7度目だ。


「以前にも申し上げた通り…」


「いいや今回こそは聞き入れてもらう。でなければ力に物を言わせてこの家を支配するまで」


困った。もう人間や魔物が派手にドンパチする時代ではなくなったがドラゴンはこの限りではない。血の気がお多く怒ると手が付けられない。事を穏便に済ませるには本当に結婚するしかないんだろうか…。


エルフが玄関に向かう。


「あのー、大変申し訳ないんですがその…大家さんは私めと結婚する事になってまして…」


いつの間に?


「そうだ、エルフの里。あそこの方が魔王城に近いかもしれん」


ドラゴンがとぼけたような声色で言う。


「何でもありません、失礼しました」


エルフはそう言って下がって行った。後ろにいる人魚が水槽から出て来て拳を構える。


「やいやい!黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!大家さんはあたしの嫁だぞ!」


人魚が拳をぶんぶんと振ってドラゴンの前に立ちふさがった。ドラゴンが鼻息を吹かすと後ろに飛んで行った。


「その話、待ったぁぁぁ!」


ドスドスと音を立ててやって来たのは草の騎士だった。その手には両手剣が握られていたが、何故か兜から下は普段着だった。サキュバスが後ろから慌ててやって来る。


「草の騎士ちゃん、待ってって!その恰好でドラゴンはヤバいって!」


「やあやあドラゴン!我こそは草の騎士!誉れを求めて三千里、ドラゴンによる襲撃とあってはいても立ってもおれぬ!いざ!尋常に勝負!」


そう叫んでドラゴンに果敢に挑むが、一撃も入れる事もできずにドラゴンの足に踏み潰されてしまった。


「ああ…草の騎士ちゃん…」


やがて遅れて姫騎士と鉄の騎士がやって来た。これだけ騒がしければ来るのも無理はないが。姫騎士はドラゴンの足からややはみ出ている草の騎士を見て叫んだ。


「草の騎士―っ!おのれドラゴン!」


姫騎士は怒り心頭で向かおうとする。鉄の騎士がそれを制止した。


「お待ちください、何か変です。草の騎士、よく見ると兜以外は鎧を身に着けてません」


「おのれドラゴン、草の騎士をたぶらかしたな!」


「お待ちください姫、姫ッ!」


あの鎧姿からは想像できないほど高く飛び上がるとドラゴンの鼻先を両手剣で殴る姫騎士。ドラゴンは僅かに怯む。鉄の騎士も走って応戦する。戦ってる間に草の騎士が匍匐前進で出て来た。生きてるとは…。


「草の騎士の仇!草の騎士の仇―っ!」


姫騎士がドラゴンの爪や牙の攻撃を捌いては反撃している。鉄の騎士は草の騎士がいなくなった事に気付いて困惑している。草の騎士はサキュバスに鎧を着せてもらっている。何だこの状況。


「じゃあ草の騎士ちゃん、頑張ってね」


「おうとも、俺は生きて帰る。おのれドラゴン、俺の仇ィーっ!」


勇敢な三騎士は生きてる草の騎士の仇討ちのために戦った。鉄の騎士は草の騎士が生きてるのを見て更に困惑しているようだが、草の騎士とコンビネーションを決めて戦っている姫騎士は気付かない様子だった。


しばらくすると新たな客人がやって来た。大きな髭を蓄えた高齢者だった。


「おお、大家さん。こんにちは。すみません、うちのドラゴンがご迷惑をおかけしているようで」


「いえいえ、こちらこそいつもお世話になってます」


その高齢者が手を叩くとドラゴンは動きを止めた。騎士達も動きを止める。そう、この方こそ魔王なのだ。ドラゴンはまるで小動物の様に縮み上がった。それから上目遣いで申し訳なさそうに小声で魔王に声をかける。


「あの…これは違うんです」


「あまり大家さんを虐めちゃ駄目だよ。魔王城まで遠いし休憩所の環境で不便してるのは知ってるけどね。半年後には改善する話も大体まとまるから」


「も、もちろんです。じゃあ、私はこれで失礼します。魔王城でまたお会いしましょう」


そう言ってドラゴンはまだ疲れているだろうにそそくさと飛んで行った。騎士達は戦う相手もいなくなり、草の騎士の怪我の具合も見なければならないので家の中に入って行った。サキュバスがニヤニヤしながら彼らの後を追った。修羅場の予感だ。


エルフはそーっと顔を出して魔王の姿を確認するとすぐに姿を隠した。人魚は水槽の中に戻る。


「それにしても魔王様がこんな所に何用で?」


「んー、実はちょっと行き場を無くした子たちがいてね。おいでー」


魔王がそう言うとぞろぞろとやって来た。妖精に、リザードマンに、死霊術師に、ゾンビ。


「勘弁してください…我が家ももう手いっぱい何です」


「お願い!数年でいいから!」


お断りしたい気持ちはやまやまだが、魔王の頼みとあっては断るのも難しい。この家は魔王の気持ち一つでどうにでもなってしまうのだから。


僕は仕方なく彼らを受け入れる事にした。


「本当にこれ以上は無理ですからね。そこは釘を刺しておきますよ」


「本当!?やったー!さすが大家さん!」


魔王が嬉しそうに僕にハグをしてきた。やれやれ…。


魔王は忙しいので金を僕に握らせるとすぐに帰って行った。僕は新たな家族を引き連れて家の中に戻って行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ