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寒い国から来た鬼類  作者: 弐乃
第10章 鬼類、ダンスを踊る
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エピソード龍美・13

 鬼道場に通い始めて一年が経った。

「剣の邪魔をするなよ」

 あたしと向かい合っている湯窓目師匠がアドバイスをくれる。

「剣を力で振り回す必要はない」

 師匠の構える竹刀が誘うようにゆっくりと上下にゆれながら、鎌首をもたげた蛇のようにあたしの隙を窺っている。

「足で踏み込む。足で逃げる。足の運びで相手を追うんだ」

 師匠の足は道場の床に触れていないのではないかと思うくらい滑らかに動く。あたしはその動きに遅れないよう足を動かす。

「いいぞ。先を読むんだ。次の動き、次の位置。先読みして追い詰めるんだ」

 師匠とあたしは今、追いかけっこをしている。追っては逃げ、逃げては追う。肝は足運び。剣にストレスを与えず、邪魔をしない。そうすれば剣は素早く走ってくれる。

 師匠の剣先が蛇の舌のように鋭く伸びる。あたしは剣先で上手くそれをいなす。いなしながら足を動かす。剣の攻撃圏内から逃れ、自分の有利な位置を取るために動く。

「リズムを意識しろ。リズミカルに、でも単調になったらやられるぞ。リズム、リズム。リズムとスピードだ」

 先日、師匠から勧められて名画座でかかっていたマフムード・アリというヘビー級ボクサーの伝記映画を観に行った。

 師匠が言うに、アリはボクシングの革命児で、力任せに相手をぶっ倒すボクシングが主流であった重量級に、フットワークとスピードという概念を持ち込んだのだそうだ。

 ダンスを踊るようにフットワークを使い、パワーではなくスピード重視のパンチで相手を倒す。

「剣も同じさ。スピードとリズム。足捌きと剣捌き。力に頼る必要はないんだ」

 あたしも最近何となく分かってきた。剣のスピードは足のスピード。足の運びと腕の動きがうまく連動しないと剣は走らない。

 師匠の剣が生き物のようにこちらに飛び込んでくる。でもこれはあたしも察知済み。一瞬早く動いて危険地域から逃れ、どうにか自分の剣で師匠の剣を弾くことに成功する。

「気を抜くな!二の太刀が来るぞ!」

 そう。師匠は大人だから抜け目ない。一撃目をかわされる前提で二撃目を準備している。

「ーっとお!」

 師匠の鋭い攻撃を何とか凌いで思わず声が出る。

「今のはいいぞ龍美!肩の力が抜けるともっといい」

 額の生え際から汗が流れてきて目に入りそうになるのを、小さく頭を振って汗の軌道を変える。脇にも汗を感じる。あたしの道着の脇には汗染みが浮いているだろうか。

「集中だ集中!命より大事なものは無いぞ!」

 その通りだ。練習も真剣勝負のつもりで臨まないと上達しない。でもこういう時だからこそ周りがよく見える。自分の体の隅々まで神経が行き届き、汗の玉一つ、服の皺一つまでがはっきりと感じられる。

「そうそう、意識を開け。意識を開くとすべて見えるんだ。自分の剣も相手の剣も全部だ」

 師匠は凄い。あたしの相手をしながら、こうやってアドバイスまでくれる。それでいて呼吸を乱さない。鬼力は常に安定し、師匠の周りには力強い鬼力の層ができている。この鬼力のバリアを掻い潜って師匠に一撃を入れるのは至難の業だ。

「さぁ龍美、守ってばかりじゃ勝てないぞ?」

 師匠に心を読まれている。戦いのなかで余裕が無くなり、心を覆い隠すことができなくなっている。そうなるとますますあたしが不利になる。

「さぁ、来い!」

 師匠があたしを励ます。あたしは足運びを変えて少し大回りして時間を作る。そのほんの半秒ほどの時間を使って気息を整え、お腹の下に練気を溜める。新鮮な練気にあたしの疲れた鬼虫が元気を振り絞る。

「たぁっ!」

 渾身の一撃を放つ。でも師匠は弟子を甘やかさない。あたしの一撃はかわされ、あたしは荒い息をつきながら、道場の床に膝をついていた。

「参りました」

 あたしは降参のひと言を告げ、立ち上がって礼を交わす。「もう一本」という元気は残っていない。

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