48 甘味研究会合宿4
田中先生がきっちりと口紅を引いた口元に笑みを浮かべる。
「その名も歪んだ欲望盗賊団。どう?面白いでしょ?」
鏑矢先生が「はあっ、今度は盗賊団なわけぇ?」とため息混じりに洩らす。
「まぁそう言わないで。バイト代は弾むし、私達も精一杯サポートするわ」
ミムラがくず餅をもぐもぐやりながら尋ねる。
「三人組だよね?強い?田中先生、三人の得意技とか知ってる?」
「ミムラ、口の中を空っぽにしてからお話しなさいって教えたはずよ?順番に話すから聞いてちょうだい」
「ーングッ、はーい」
始まりは三ヵ月前。小さな文房具店でのことよ。ある日店主さんが店を空けようとしたら、お店の前に奇妙な物を見つけたの。
消しゴムよ。店で売ってる消しゴムが10個程、ビニール袋に入れられて店の前に置かれてたの。ビニール袋にはメッセージカードが入ってた。白い便箋に新聞や雑誌の切り抜き文字を貼り付けたメッセージよ。
メッセージはこうよ。
「盗んだ品、お返しいたします。 歪んだ欲望盗賊団」
それから2週間後。今度はスーパーマーケット。朝出勤した店員さんが店の入口の前にドッキリ大魔王チョコだったかしら?あの中にキャラクターシールが入ってるやつ。あれが20個程入ったビニール袋が見つかった。
その時も同じメッセージが入ってた。ただしその時は歪むの字が見つからなかったのか「不」と「正」の字を立てに並べて貼ってた。そうよミムラ、歪むという漢字は立てに不正と書くの。ひとつ漢字を覚えたわね。
次も2週間後。今度は本屋さん。文庫本が5冊。返し方も同じ。この時は「賊」の字が見つからなかったんでしょうね。ひらがなになってたわ。
この歪んた欲望盗賊団はね、盗んだものを返す盗賊団なの。これまでは壊れたり腐るようなものは盗んで無い。ポケットに入るような小さなものだけ。結局は返してくるから盗まれた側の被害もない。そもそも消しゴムやお菓子、文庫本なんて大した金額じゃないしね。
愉快犯。あるいは盗む事自体が目的。盗んだものからして犯人はまだ若いと考えてるわ。
彼らは証拠や痕跡をほとんど残さない。目撃情報もない。防犯カメラの位置なんかも把握して犯行場所を選んでいるようね。
分かっているのは三人組らしいということと三人組の中に鬼人がいるらしいことだけ。三人のうち鬼人が一人なのか、二人なのか、三人ともなのかは分かってない。鬼風の香りもほとんど残していかないの。相当頭のいい連中のようだわ。
盗まれるのがお菓子や文房具ならともかく、実はこの一ヵ月、盗賊団の盗みの傾向が変わってきてるの。2週間前に白バイ、派出所前に停められていた白バイが盗まれたわ。50㏄のスクーターなのだけれど。翌日に隣町の歯医者さんの駐車スペースに停められてるのを発見された。歪んた欲望盗賊団のメッセージ付きでね。
そして今度は2日前に警察官の身分証が盗まれたのよ。えぇ、そうよ。まだ返されたわけじゃない。歪んだ欲望盗賊団の犯行と決まったわけじゃないんだけど。
実はひとつ有力な情報があるの。情報源は残念ながら教えられない。
ふふ、50〜70%の確率で歪んだ欲望盗賊団は盗んだ警察官の身分証を返しに来る。今晩から3日以内にね。返しに来る場所はこの姫路城よ。
言ったでしょう?情報源は秘密。言えないの。もちろん来ない可能性もある。他の場所に返すかもしれないし、今回は返さないかもしれない。あくまでも確率の話よ。
もぐもぐ口を動かしていたミムラがコクンと喉を鳴らす。
「田中先生、ひょっとしてその情報源って、ニューロ?」
「僕もそう思った」
とユウト。田中先生は微妙な笑みを隠そうとしない。
「ごめんなさい、二人とも。先生のお仕事は秘密を守ることがとっても大切なの」
ニューロ?誰だろう?話の流れからしてエデン関係者かな?
「ニューロ、元気かなぁ」
ミムラが懐かしそうに言う。田中先生は何も言わずくず餅を口に運ぶ。ミムラもユウトもそれ以上田中先生を深追いしなかった。
しばらくして田中先生がお店の人に全員分のお茶を頼んだ。
「観光客の中に捜査官を紛らせてる。鬼士警官をね。でも多分昼間は来ない。返しに来るとしたら夜。閉門の後だわ。静まり返った城内に鬼士警官は目立ちすぎる。用心深い賢い奴らよ。鬼士警官の鬼風を嗅ぎつけたらすぐに逃げちゃうわ。今回のアルバイトは夜間の城内警備よ」
僕は正直怖いなぁって思う。若くても年寄りでも、鬼人でも里人でも、消しゴムでも白バイでも窃盗団は窃盗団だ。反社会的な人達で、犯罪に手を染めることを躊躇わない。
ユウトとミムラは「危ないから嫌だ」とは決して言わない。当たり前のように田中先生の依頼に応えようとする。
僕は黙って三人がエデンで過ごした時に思いを馳せた。
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