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寒い国から来た鬼類  作者: 弐乃
第1章 鬼類、劣等感を知る
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38 エピローグ

 賢明さんが倒れてしばらくしてからパトカーがやってきた。しかも3台も。もちろん救急車付き。

 乗っていた警官の半分は鬼士警官で、警官らしからぬ長刀を腰や背に差したもの、とても警官が使うとは思えないような大型拳銃を両の腰に差したもの、使鬼(鬼虫に憑かれた犬などの動物)と思われるドーベルマンを連れた動物使いもいた。

 ミムラは大層喜んでドーベルマンに「お手」をさせたりしてはしゃいでいたが、僕もユウトも黙ってパトカーの後部座席にへたり込み、ミルク入りのコーヒー(残念ながら砂糖はなかった)をチビチビと飲んでいた。

 一応責任者である鏑矢先生が事の経緯を警官に説明した。時折「甘味研究会ぃ!?」とか、「ブルーベリータルトぉ!?」とか、警官が素っ頓狂な声を上げるのが聞こえた。

 賢明さんはやって来た救急車に乗せられて病院へ運ばれた。多分命は助かるんじゃないかと思う。そして移植した鬼虫も、元から体の中で飼っていた眠り虫も根こそぎ駆除され、おそらく燕臓も酵素を出せなくなってしまうだろう。賢明さんは本当にただの人間になってしまうんだ。

 パトカーに少し遅れて黒塗りの国産車がやって来た。中から出てきたのは田中先生。田中先生が身分証を見せると警官が小さくなって「ご苦労さまです」と敬礼した。

「ごめん。遅くなったわね。これでも一生懸命急いだのよ。ほら、お化粧だってする暇がなかったくらいよ」

 雨の深夜にもかかわらずサングラスを掛けたままの田中先生は雨粒の流れる自身の頬を指差して見せる。傘もささずにレインコートの襟を立てた姿はどこかノワール映画の女主人公を思わせる。

 遅くなったーというのは多分嘘だ。ちゃんと闘いに決着がついて警察がやって来るタイミングを測っていたのに違いない。根拠はないけど。

「鏑矢調査官、悪いのだけれどあなたとシュンカの身体を明日借してほしいの。一応状況を聴き取らないとね。安心して頂戴。聴取は私の部下が担当するから。優しくて気遣いのできる私の部下がね」

 当然のごとくその場を仕切る田中先生。周りの警官たちは田中先生を「管理官」と呼んでいた。

 少ししてミムラのための救急車が来た。ミムラは「もう関節も嵌ったし大丈夫」と言い張ったが、田中先生にたしなめられる。

「身体は大切にしなさいミムラ。治らない怪我だってあるのよ?さぁ、ミムラと調査官は救急車にどうぞ。ユウトとシュンカは私が病院まで送るわ。あなた達も念のために検査を受けて頂戴。調査官の車はレッカーを呼んだほうがいいわね。こちらで手配しておくわ。みんなのバイクもこちらで回収して院に届けるわ」

 病院の検査は簡単なものだった。僕とユウト、鏑矢先生は特に外傷も無く、鬼力障害もないのですぐに放免になった。ミムラも肩の脱臼以外は特にこれといった怪我はなかったが、念のために今晩は病院に泊まるらしい。しかし当のミムラが帰ると言って聞かないので田中先生が、

「一番いい病室を押さえてもらったのよ。今晩はあたしも付き合うわ。ユウト一緒にどう?」

 と、エデン組でのお泊りを提案する。ミムラは大喜び。ユウトも顔を綻ばせている。

「あなた達二人にはタクシーを呼ぶわ。タクシーチケット渡すから。ミムラとユウトは明日の朝に私が院まで送るわ」

 ミムラが「えー、明日学校行かなきゃタメ?」と膨れっ面になる。

「ダメよ。館の授業はサボっちゃダメ。でもがんばって休まず通えたら夏休みにみんなでキャンプに行きましょう」

 ミムラが「本当!?」と目を輝かせる。田中先生はエデンでは二人にとって母親代わりのような存在だったのだろう。

「じゃ、また明日ね」

「うん、明日ね」

「ゆっくり休んで」

 田中先生がポンポンと頭を優しく叩いてくれる。

「いい働きだったわよ、シュンカ。バイト代ははずむから。調査官もお疲れ様。次もよろしくね」

「じゃあ失礼します」

 僕達が病院を出るとエントランスでもうタクシーが待っていた。車の外で運転手が待っていた。

「甘味研究会様ですか?」

「はい」

 鏑矢先生も僕も思わず笑顔になって応える。品の良い運転手がドアを開けてくれる。僕たちが乗り込むとタクシーは滑らかに走り出した。

「鬼士院まででよろしかったですか」

「えぇ。お願いします」

 車窓の景色を見ているとホッとして、体の芯から疲れが滲んでくる気がする。タクシーの時計を見ると夜中の一時過ぎだ。

「凄い夜だったなぁ」

 ため息交じりに呟く。

「まぁ、あたしらにはちょっとありえない体験よね。にしてもあの二人、凄いわね。いったいどんな訓練をー まっ、そういう話は明日にしよっか。とにかくお疲れ。部長の大役を果たしてくれたわね」

 タクシーの中で話すのは止めようということらしい。

「僕の人生で一番ドキドキした夜でしたよ」

「ふぅん。怖くなかったの?てっきりもう甘味研究会なんて辞めるって言い出すかと思ってたわ」

 そう言われれば。ユウトから賢明さんの誘いに乗るふりをして、僕とユウトが入れ替わる作戦を聞いてから、自分の役割をこなすのに必死だった。

「不思議と怖くなかったんです。ワクワクとドキドキのドライブ感がすごくて。僕あんまりこういう経験無かったんで」

「そりゃ誰だってないわよ。あたしだって初めてよ、こんなの」

「あぁ、そうじゃなくて。自分も当事者の一人っていうか、僕自身も登場人物の一人なんだなって。傍観者じゃなしに、僕にもちゃんと役割があるっていうか。みんなで目標を目指して頑張って、その中でちゃんと僕の役割が用意されてて、それを一生懸命にやることが凄く楽しくて嬉しくて。全然怖くなかったです、全然。凄く楽しかった」

 鏑矢先生がクスリと笑う。

「なんか分かるな、シュンカの言いたいこと。良かったじゃない。楽しくて夢中になれるバイトが見つかって」

「はい」

 鏑矢先生は運転手さんに「Gナイトライブをかけてくれない?」と頼む。運転手さんは街中を出るまでは入りが悪いかもと断ってラジオの選局ボタンを押す。馴染みのDJの陽気な声が流れてくる。運転者さんが「雨の日のほうが入りやすいんですよ」と教えてくれる。

 僕はDJのおしゃべりを聞き流しながら一人考える。今日は本当に楽しかった。仲間がいて、共に目指す目的があって、頼り頼られる関係が築ければ人生はこんなに楽しいのか。知らなかった。

 これからもこんな日が続けばいいと思う。でも。多分この喜びは一瞬。あっと言う間に過ぎ去ってしまうに違いない。

 なぜって?それは彼らが鬼類だから。彼らが鬼族だから。彼らは人間の何倍も長い青春時代を過ごし、200歳近くまで生きる。

 今はたまたま僕と彼らの人生が交差しただけのこと。ちょっぴりの鬼力しか持たない僕はあっという間に年を取っていく。遠い将来、また彼等と会うことがあっても、若々しい青年の姿をした彼らが見るのは、年老いてくたびれた中年の僕の姿なんだ。

 今一瞬、ほんの一時、彼等と僕の人生が交わったに過ぎない。その道はすぐに別れ遠ざかっていく。

 車窓に流れるネオンの明かりがまばらになっていく。鬼士院に着くにはまだ30分はかかるだろう。

 僕は鏑矢先生に聞こえないように小さくため息をつき、楽しかった今日の日を忘れないでおこうと心に誓った。

 お読みいただきありがとうございます。とりあえず一区切りつくまで書き続けることができました。

 引き続き頑張りますので読んでいただけると嬉しいです。


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