プロローグ
暗闇の中にか細い少女の声が響く。
「寒いね、ユウト」
少女の声は古いアナログ無線のようにこもって響いた。
「うん。寒い」
少年の声が答える。
「もっとくっつく?」
「動くとお尻が痛いや。カイロ、ミムラが使っていいよ」
しばしの沈黙。微かな風の音。
「ねぇ、ここってさー」
またしばしの沈黙。小さく乱れる呼吸音。
「北海藩だと思うな。だって見たじゃん、雪ウサギ」
控えめなため息のあと、優しさのこもった静かな声が続く。
「ミチローはシロクマ見たってさ。ハナは豹を見たって」
沈黙。暗闇の中で少女が体を動かす気配があった。暗闇の中に、小さな細長い明かり窓が見えた。目を凝らすと少し波打った、剥き出しのスチール製の壁、丸い壁に囲まれていることが分かる。狭い。どうやら二人はドラム缶の中にいるようだった。
「じゃあ動物園ーだっけ?ほら、授業で見せてもらったでしょ?旭山動物園だっけ?あそこじゃない?」
また沈黙。少年が無言で少女の腕のあたりを叩く気配。少女はそれ以上何も言わず、黙って細長い明かり窓から覗く外の景色に見入った。音もなくただ白いばかりの、時折雪がぱらつき、凍った空気中の水分がキラキラ光っているだけの景色に。
「僕たちも飼われてるのかな。動物みたいに」
少女が身を硬くする。
「ユウト、最近ちょっと意地悪だよ」
少年がクスリと笑う。
「ごめん」
少年はゴソゴソとポケットを探ると手のひらぐらいの大きさの使い捨てカイロを取り出す。シャカシャカと振って自分の腹と少女の背の間に挟む。二人は身体をピタリと寄せ合って暖を取る。白い世界の中で、何かが跳ねて白い雪が舞った。少女はもう何も言わなかった。
静かに舞い落ちる粉雪。キラキラ光るダイヤモンドダスト。ドラム缶に満ちる二人の呼吸音。そこはとても寒い国。日本のどこかにある寒い国。