表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界恋愛+α

嘘つき彼女がドレスを脱いだら

「エッダ・スコルーテェ、僕はきみとの婚約を破棄する!」



 突然響いた声が、王太子シグルドから発せられたものであり、またその内容を咀嚼して、宴席の貴族たちは耳を疑った。


 今日は王子の十八回目の誕生日。

 その祝いの席において、彼はなんと宣言したか。


 積年の婚約者である公爵家のエッダ嬢と別れる。


 そう聞こえたが。


 驚く貴族たちが、名指しされたエッダとシグルド王子に目を向ける。


 ──何があったんだ?──


 固唾を飲んで、周囲は流れを見守った。

 エッダ自身もまた、事態に戸惑ったようだ。


「それは……いかなる理由で、でございましょう?」


 消え入りそうな声で、(うつむ)きがちにエッダが問い返す。


 公爵家の総領姫であるにも関わらず、エッダは常に控えめで、目立つことを嫌う令嬢だった。


 幼い頃の彼女を知る者は、首を傾げる。

 天真爛漫で物怖じしない女の子だったのに、いつからこんなに消極的になったのだ、と。

 そしてその様子を歯痒く思っていたのは、他ならぬ婚約者であったらしい。


「言いたいことがあるなら、もっとはっきり言ったらどうだ! ここまで声が届かぬぞ」


 王太子の苛立つ声に、ひゃっ、とエッダが身を(すく)めた。


 繊細に結い上げられた月色の髪が、彼女の身にそって小さく震えている。


 そんなエッダを「ふん」と見下ろし、シグルドが言葉を続けた。


「きみは随分と多くの隠し事をしているようだ。それにかなり夜遊びが好きらしい。きみにつけている者たちから報告を受けている。毎夜、きみは屋敷を抜け出すと。どこで何をしている? やましいことがないなら、ここで釈明してみせよ」


「なぜ、このような(おおやけ)の場で……」


「このような場でもないと、すぐに姿を(くら)ませるだろう。婚約者である僕との逢瀬もおざなりで、いつも"都合が悪い"とすっぽかす。病気で臥せっていると聞き案じたのに、その夜には遊びに出たと聞く。嘘だらけの女が、王太子妃の座に相応しいと思うか?」



 ざわ……。



 女性を晒し者にしていると、王太子に眉を(ひそ)めていた聴衆だったが、どうやら非はエッダの方にあるらしい。

 責めるような眼差しが、エッダを突き刺す。


「それは……、それについては申し訳なく、ですがあの……」


 か細いエッダの声が、言葉を探して途切れた時だった。



 ガシャーン!!



 いきなりの破壊音。何枚もの大窓が同時に割れ、乱れた足音とともに、広間に闖入者が雪崩(なだ)れ込む。


「な、なんだ?!」


 貴族たちの悲鳴の中、すぐに腰の剣を探ったシグルドの手が(くう)を切り、同時に顔をしかめた。

 生誕の祝宴中とて帯剣してなかったことを、思い出したらしい。


 壁脇に配置されていた衛兵より先に、賊のひとりがエッダを捕らえ、その細首に剣を押し当てた。


「動くな! 王太子の婚約者がどうなっても良いのか!!」


 恫喝の前に、兵の足が止まる。


 賊が纏う装束に、過激で知られる邪教のシンボルがあしらわれていた。脅しではなく、実行しかねない。



「あの……」


 泣きそうな響きで、緊迫の空間に割って入った声は、人質にされたばかりのエッダだった。


「私はいま婚約破棄されましたので……、殿下の婚約者ではなくなりました」


 ぐっ、とシグルドが顔を赤らめ、息を詰める。


「そんないい加減な嘘で、解放されると思ったか! 王太子が十年以上、公爵家のエッダ・スコルーテェ一筋(ひとすじ)だということは、国中の者が知っているぞ」


 ぐぐっ、と別の意味でさらにシグルドが赤く染まる。


(ちまた)で有名な"真実の愛"とやらの前に、愛しい王太子どのはその身を差し出してくれるかな? さあ、王太子よ! 婚約者の命が惜しくば、ゆっくりとこちらに歩いて来い。おかしな真似はするなよ」


「いけません、殿下」

「殿下!」


 (にが)い顔のまま指示に従う王太子に、制止の声が降り注ぐ。


「シグルド様!?」


 賊の手の中で、エッダが焦るような声を上げた。


「さすが、ずいぶんと素直だな」


「こんなことをして、お前たちもただでは済まないぞ?」


「元より、無事に帰れるとは思ってねぇ。だがお前をしとめることが出来れば、この国の勢力が変わる。我らが神も、喜ばれる。ほら、もう少し、剣の間合いに入ってこい」


 賊が伸ばす剣の切っ先が、シグルドの頬に触れ、赤い筋を作った瞬間。


 怒気が、弾けた。




「あなた、今! シグルド様に何をしたの……っ」


 震える声は恐怖ではなく、怒りに満ちて揺れている。

 エッダの華奢な肩が、小刻みにわなないた。


「おや、どうかしたかな、お嬢さん」


 揶揄(からか)うような賊の余裕は、そこまでだった。


「エッダ、動くと危険──」


 シグルドの声に重なり、バキイッと大きな音が鳴り響いた。


「──だ! ……え……?」


 王太子と賊の目が、見開かれる。


「「え」」


 複数の声が、いま見た光景が信じられないとばかりに、漏れた。


「えええっ!!」


 唱和の前に、乾いた音とともに折れた剣先が、床に落ちる。

 エッダの素手が、(はがね)(くだ)いていた。


 それが自分の武器だと気づいた賊が慌てて剣を引くも、すぐに鋭い"爪"が男を追い、その場に血しぶきが舞った。


「エ、エッダ?」


 呼びかけたシグルドが見たのは、結っていた髪がほどけ落ちた頭部に、ピンと立つ獣耳。


 長く伸びた爪を濡らした、獣人姿の、エッダだった。




 建国神話にある。

 遠き昔、王族の祖となる太陽の子が地上に降りた時、天空の狼も神を追って共に来たと。


 太陽を追う狼、スコル。


 今なお、北の神話に残る名である。


 太陽の子も天狼も、永い時の間にその血を薄め、人間(ひと)として王国にあった。


 それぞれ王族と、それを支える公爵家として。


 家系では(まれ)に血が強まり、先祖返りで(いにしえ)の血が呼び覚まされる。


 エッダの家は、ここ数代、親族間での婚姻が重なった。


 結果として、エッダは年頃になると覚醒し、天狼の能力(チカラ)を開花させてしまった。



 シグルドは狼は平気だろうか?

 もしかしたら苦手かもしれない。


 事が発覚したら、恋しい相手と結ばれなくなるのでは。


 日々は人間そのものの姿でも、感情が(たか)ぶると"獣人化"してしまう。

 シグルドを意識するだけで心臓が跳ね、耳が飛び出してしまうのだ。到底会えやしない。

 

 ひたすら注目を避けて大人しく過ごしていたのは、切ない乙女心で。

 夜出かけていたのは、血から来る興奮を"狩り"で発散させるためだった。


 



「どうして何も話してくれなかったんだ」


 拗ねたように目を据えて、シグルドが問いただす。


「この国で先祖返りは歓迎されているだろう? 神代(かみよ)の力の復帰として。隠す必要なんてなかったのに」



 人質が自力で脱した後、衛兵は難なく賊を取り押さえた。


 狂信者の集団が、転移陣を使って王宮に侵入した事件は由々しく、手引きした者を見つけ出すため(せわ)しなくざわめく周囲をよそに、シグルドとエッダがふたりの空間を作っている。


 作っているが、見過ごされていた。

 王太子がある程度(なご)んでくれてないと、厳しい陣頭指揮で現場が泣きをみる。


 なにせこの国の王太子と公爵令嬢は、知られた両想いなのだ。

 "婚約破棄"宣言は、エッダの隠し事を聞き出すための大博打だったらしい。話を展開する前に、アクシデントが発生したが。


 さっさと破棄を撤回して、シグルドの詰問が続く。


「ずっと避けられて、傷ついてたんだぞ。僕のことが信用できなかったのか?」


「そんなことは──!! っ、いえ、そうですよね。ごめんなさい……。怖かったのです。私の真の姿を知ったシグルド様に拒絶されることが」


「真の姿……。そのケモミミのことなら、可愛い、と思う」


 首の後ろまで真っ赤になりながら、シグルドが言う。

 照り返されたようにエッダが茹で上がりつつも、「耳だけでは……ないのです」と呟いた。


「と、いうと?」


「その……。今はドレスで隠れていますが」


「他にも何かあるのか?」

 

 うっ、と俯き恥じらいながら、エッダがそっと耳打ちした。


「しっぽが、この下に」


「!!」


 シグルドの視線は、パニエで膨らむドレスの腰へと落とされた。


「それは、とても気になるな……。見てみたい」


「だ、だ、だ、駄目です!! 結婚するまでは!!」


「──残念だ。今すぐにでも襲って食べてしまいたいくらい、魅惑的なきみなのに」


 シグルドの口説きに冗談めいた気安さを見て取り、耳としっぽを受け入れてくれた安心から、エッダに笑顔が戻った。


「ふふ、シグルド様。肉食は私の分野ですよ」


 可憐な声が囁くと。


 かぷ。


 耳打ちの至近距離のまま、シグルドの耳朶(じだ)は恋人から甘噛(あまが)みされた。


 それは優しく、小さな牙の痛みはほどよい刺激で。


 天の狼の牙は、ついに太陽に届いたのだった。


 お読みいただき有難うございました!


 正式タイトル『嘘つき彼女がドレスを脱いだら、しっぽがありました。』


 1月末締切りのGC短い小説大賞に出すため、昨夜突然書き始め、最後の一文字が0:00。

 ちーん。間に合いませんでした。


 直してから投稿しようかと迷ったのですが、「好き放題に書いてくとこうなる」というのも面白いかなぁと思い、出しちゃいます♪

 王太子の活躍が削れてるので、見せ場なしなのですが(エッダが立ちまわってしまった)


 神話が好きなのです!!

 今回は北欧神話。太陽を追う狼(月を追う狼もいる)と天孫降臨を混ぜての展開でした。

 楽しんでいただけましたら、嬉しいです\(*´▽`*)/


(良かったよ、と思われましたら★★★★★を届けてやってください。狼娘が耳を出して、大喜びします!)

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

 急ぎの仮絵


 四月咲香月様からのエッダいただきました!

 挿絵(By みてみん)


 七海糸様からバナーいただきました!

 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
良かったらコチラもよろしくお願いします!


・▼・▼・▼・▼・▼・
【異世界恋愛シリーズ】
・▲・▲・▲・▲・
― 新着の感想 ―
[一言] うおおおおお( ノД`)シクシク… 自分の真の姿が相手に受け入れられるかどうかは不安になっちゃいますよね( ノД`)シクシク… 受け入れてもらえてよかったのです( ノД`)シクシク…
[良い点] エッダが必死に自分の秘密を隠していた様子が可愛かったです。 好きな人に秘密を知られたくないという思いが初々しくて可愛らしいです。
[良い点] エッ(ン)ダァアアアアアアアアアアアアアアア イヤァアアアアアアアアアアアアアアアア ウィルオオオオオルウェイズラアアブユウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアア (……感想、いや、なん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ