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09身支度





 ――翌朝。

 エリザは部屋の騒がしさで目が覚めた。

 緊迫したような、そして重い空気が流れている。


「エリザ……君は私の見た都合のいい夢だったのか……?」


 絶望したかのようなレヴィンの声が静かに響く。

 なんだか随分と大事になっているようだ。

 エリザは急いでベッドの下から這い出して、顔を外に出した。


「あのぉ、おはようございます……」

「エリザ――?」

「聖女様ッ?」


 レヴィンとメイドのマリアンヌが驚愕しながらエリザを見る。


「……どうしてベッドの下で寝ているんだ」

「硬い床で寝るのに慣れているので」


 エリザがベッドの下から這い出すと、すぐにマリアンヌが駆け寄ってきてエリザの身体をブランケットで包む。

 そういえば寝間着姿のままだった。


「前の職場では基本帰れなかったので机の下で寝ていて、その習慣で――やわらかいベッドでは眠りにくくて、つい」

「……これからはベッドで寝ることに慣れてほしい」

「は、はい」


 きっと朝にエリザの様子を見に来たマリアンヌがエリザが部屋にいないと思って、レヴィンに報告したのだろう。そして騒ぎになってしまっていた。

 床の方がよく眠れるのだが、このような騒ぎを起こしてしまったからには、わがままも言っていられない。ふかふかのベッドで寝ることを習慣づける必要がある。


「ごめんなさい……」

「いや、怒っているわけじゃない。驚きはしたけれど。君が無事でいてくれて、本当に良かった」


 その声はやさしく、本当にエリザを心配してくれていたのだと伝わってくる。それがますます申し訳なかった。


「聖女様。聖女様にとってもっとも寝心地がいいベッドをご用意しますので、何なりとお申し付けください。硬いベッドの方がよろしければ、夜までに交換しておきます」

「いえ、慣れていないだけで寝心地が悪いわけではなく――このままで充分です。今日からちゃんとベッドで寝ますから」


 あんなによくしてくれているマリアンヌにまで迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思う。もう消えてなくなってしまいたい。


「それより、今日は何の仕事をすればいいですか?」

「聖女様、その前にお支度とお食事を」


 仕事に向かおうとしたエリザをマリアンヌが引き留める。

 レヴィンは困ったように笑っていた。


「準備が調ったら私の執務室に来てくれ。ゆっくりでいいから」


 言って、部屋を出ていく。


(やさしい……)


 レヴィンも、マリアンヌも、エリザを責めることはしない。こんな騒ぎを起こしたというのに。


(これは、現実……? わたしは夢を見ているんじゃ?)


 エリザが現実を疑っている間に、朝食が運ばれてくる。

 マリアンヌにマナーの指導を受けながら、ゆっくりと噛みしめながら食べる。

 今度はちゃんと味がした。これが現実だ、と教えるように。





 朝食を食べ終えた後、着替えをする前に仕立て屋がエリザの部屋にやってくる。女性の仕立て屋はてきぱきとエリザを採寸し、寸法を記録していく。その手際は鮮やかそのものだった。


「何かご希望はありますか」

「えっと、生地は丈夫なものを。動きやすさ重視でお願いします」

「承りました。お任せください」

「あとその――」


 ――できるだけ安い生地で。と言いかけて言葉を飲み込む。


「いかがなさいましたか」

「いえ、何でもありません。あとはお任せします」


(これってわたしが払うのよね。王城出入りの仕立て屋さんのつくる服って、いったいいくらぐらいになるんだろう)


 レヴィンからもらった準備金で足りるだろうか。

 不安になっていると、マリアンヌがそっとエリザに耳打ちする。


「王室の予算から出ますのでご心配なく」


 マリアンヌは心を読む魔術が使えるのだろうか。

 エリザはマリアンヌの顔を見て、小声で聞いた。


「もしかして、部屋代も、食費もですか……?」

「もちろんです。すべて聖女様に必要なものですので」


 マリアンヌは優雅に微笑む。


(聖女様って……すごい。これは、これは――ものすごく働かないと!)



◆ ◆ ◆



 食事に身支度、そして杖。

 すべての準備が終わり、エリザはマリアンヌに案内されてレヴィンの執務室に向かう。

 待たされることなく中に案内されると、執務室の中にはレヴィンのほかに強面の護衛騎士と、柔らかな物腰の文官がいた。二人ともレヴィンと同じ年頃だ。歳の近い従者だろうか。


「おはようございます」


 緊張しつつ挨拶をする。


「おはよう。うん、その格好もよく似合ってる」

「あ、ありがとうございます。今朝はお騒がせしてすみませんでした……」


 騒ぎを思い出して恥じ入る。

 だがいまからは仕事モードだ。気持ちを切り替え、気を引き締める。


「まずは王都の重要施設の魔導具の修理を頼みたい。優先順位はこちらから指定するが、君のペースで進めてくれて構わない」

「はい、わかりました」


 魔導具の修理と調整は慣れた仕事だ。エリザは自信満々で請け負った。


「ところで修理はひとつずつの方がいいですか? それとも全部一気に直してもいいですか?」

「……それは、どう違うんだ」

「前の職場では魔導具の管理者の立会いのもとで、修理をして確認サインをもらわないといけなかったので、ひとつずつだったんですが」


 一か所ずつ移動し、管理者に調整後の状態を見てもらい、サインをもらう必要があった。そして一連の調整内容を報告書にして提出する必要があった。


「わたしとしては一気にやる方が楽なんです。でもそうですね。最初なので一か所ずつの方がいいでしょうか」

「君のしたい方法で構わない。責任は私が取る」


 力強く言われて、エリザは安心した。王太子殿下はずいぶん話をわかってくれる人のようだ。


「ありがとうございます。がんばります」

「ああ、期待している。でも無理はしないでくれ。それから、今回は私も同行させてもらう」

「え?」

「君の仕事を近くで見たいんだ。あと、この二人も同行させてもらいたい。私の護衛のアレックスと、補佐をしてくれているステファンだ」


 横に並ぶ二人を見る。

 アレックスは無表情まま、ステファンは柔和な表情でエリザと目を合わせる。


「我が国の魔道具をよろしくお願いします、聖女様」


 ステファンにそう言われ、エリザはすぐにピンときた。

 彼は、魔導具愛の深いタイプだと。


「はい! もちろん大切に扱わせていただきます。よろしくお願いします!」


 魔導具を愛し、魔導具を大切にしている人に認めてもらえるような調整をしなくては。

 俄然気合いが入った。




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