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07働き口が決まりました?





「聖女……?」


 聞きなれない言葉だ。エリザは意味をよく理解できずに、レヴィンの言った言葉を繰り返す。


 ――聖女。

 エリザの知る限り、その定義はない。民を救う力を持つ女性への敬称ぐらいの認識しかない。聖女として雇うとはどういうことだろうか。そんな職業をエリザは知らない。だが一国の王太子が考えることなのだから、深い意味があるはずだ。


「もちろん実際には魔術師として働いてもらうことになる」


 その言葉を聞いて、少し安心する。


「だが、恥ずかしながら、この国では魔術への偏見がある……」


 レヴィンは申し訳なさそうに言う。魔術師がほとんどいない国なのだから、国民の大多数は魔術を見たこともないだろう。魔術師の格好をしているエリザがじろじろと見られたのも、魔女と呼ばれたのも、そのせいだろう。


 琥珀色の瞳がエリザを見つめた。


「だから、私が迎えた聖女として振舞ってもらいたいんだ」


 レヴィンの声も表情も、誠実で真摯なものだ。エリザの協力を心の底から求めている。

 だがエリザは聖女として働いたことなんてない。

 ――聖女らしい振る舞いなんてわからない。


 エリザはぼんやりと考える。イメージでは美しくて清らかで、誰にでも分け隔てなく優しくて、人との交流が得意で、カリスマがあって誰からも愛されて――

 ぞっと背筋が冷たくなる。


「ごめんなさい。無理です。わたしが聖女だなんておこがましすぎます……」

「いやそんなことは――それにあくまで聖女は肩書きで、実際の仕事としては魔導具の調整を依頼したいんだ」

「つまり、魔導具を調整するだけのお仕事ですか?」


 レヴィンは頷く。

 大仰な肩書きがついてしまいそうだが、仕事内容だけならいままでと変わらない。


「なら、あの……労働条件を確認させてください!」

「ああ、君の要望にはすべて応えよう」


 エリザの胸の底から喜びが湧いてくる。

 なんて心が広いのだろう。


「では、できたら住み込みで! 家賃を節約したいので。でもできるなら、睡眠時間は一日四時間は確保したいです。あ、でも、徹夜は三日までなら大丈夫です。それから月に一度はお休みをいただけたら……お給料は最低限でいいので」


 エリザは怒涛の勢いで希望を次々と口にする。

 そして、レヴィンと護衛騎士の視線に気づいて息を飲む。


 ――調子に乗りすぎた?


「ごめんなさいごめんなさい。贅沢言ってごめんなさいッ! お休みが欲しいなんて言いません! 睡眠時間は三時間で構いません!」

「いや……君はいままでどんな境遇で……いや」


 レヴィンから憐れみの目で見られる。


「働く時間も、休む時間も、眠る時間も、君の自由だ」

「え……そ――そんなことで社会が成り立つんですか?」


 好きなように働いて、好きなように休んで、好きなように眠っていたら、仕事場は回らないし社会は成立しないようにエリザには思える。


「これは君にしかできない仕事だ。無理をして体や心を壊さないようにしてほしい」


 エリザは衝撃を受けた。

 雇い主になる相手から身体を労わられたのは初めてだ。思わず泣きそうになる。


「住む場所はこちらで用意する。給料についてはまたあとで。これは少ないが準備金だ」


 革袋が護衛騎士経由で渡される。ずしりと重みのあるそれの中には、眩い金貨が詰まっていた。


「え? こんなに……? 何かの間違いでは?」

「いや、間違っていない」

「……王太子殿下は神様ですか?」

「違う」


 あっさり否定される。


「君の力にはこの金貨以上の価値がある」


 ――そんな風に言ってくれる人はいままでいなかった。


 エリザが聞いてきたのは、「無能な人間に価値はない」「いいから働け」「実力を示せ」「結果だけがすべてだ」――そんな叱咤激励ばかりだ。そしてそれらの言葉は間違っていないと思っていたし、いまでもそう思う。


 レヴィンがここまでエリザを評価してくれているのは、エリザの魔術による結果を見ているからだ。

 ワイバーンを倒し、集団暴走に陥ったモンスターの群れを倒したからだ。

 それらを見たうえで、エリザを評価してくれている。


 だからエリザは見せないといけない。自分に何ができるのか。どんな風に役に立つのか。ごく一般的な魔術師なら誰にでもできる仕事がエリザにもできることを、見せなければ。


「とりあえず、この街の魔導具を一気に直してしまってもいいですか?」

「一気に? この街の魔導具すべてを?」

「はい!」





 外に出ると、雨の勢いはかなり弱くなっていた。

 小雨の中、エリザは冒険者ギルドの前に立つ。周囲をずらりと兵士に守られながら。


 雨はすっかり街に浸透している。エリザのマナを含む雨が。

 エリザは杖の先でトンと地面をつく。水たまりが小さく跳ねる。


 目を閉じる。

 視覚からの情報がなくなっても、エリザにはこの街の姿が見える。

 雨を降らせたからだ。エリザのマナが浸透した場所すべてに、エリザの意識が入り込む。


 この街の魔導具の魔導回路――マナの流れに集中し、不具合を直していく。

 魔導具の中で眠っているエレメンタルに、マナが流れ込むように路を整え、目覚めさせる。


 街の中央の大時計が時を刻み始める。

 噴水が大きく水を噴き上げる。

 明かりを灯すことを忘れていた街灯が光を灯し。

 どこかにある蓄音機から止まっていた音楽が流れ始める。


 エリザは目を開ける。

 雨はいつの間にか止み、雲が晴れて、あたたかい日差しが差し込んでくる。


 エリザに見えたのはかつての活気を取り戻し始めた街の姿。そして驚きと喜びに湧く人々の姿だった。


「一度にこれだけの魔導具を……エリザ、君は本当に素晴らしい聖女だ」

「これくらい軽いものですよ! たぶん誰にでもできます」


 レヴィンは少し困ったように笑っていた。


「そうかもしれないが、私はそうは思えない。君の力は私にとっては奇跡だ」

「あ、ありがとうございます。レヴィン様……」


 気恥ずかしくなって顔を伏せる。そのとき、視界の片隅にギルドにいた老人と二人の冒険者の姿が見えた。

 思わず駆け寄る。


「もう大丈夫なんですか?」


 石化しかけていた黒髪の冒険者に声をかけると、彼は驚いたような顔をしてエリザの顔を見た。


「ああ、もう大丈夫だ……助けてくれてありがとう」

「よかった。しばらくは無理はしないでくださいね。かなり消耗しているはずなので」


 隣にいた赤髪の冒険者が、ばつが悪そうに頭をかく。


「その、魔女だなんて言って悪かったよ……」

「いえ、気にしていませんよ。おふたりとも無事でよかったです」


 冒険者ギルドにいた老人は大きくため息をつく。


「やれやれ……魔術師として働いてもらおうかと思っておったのに……まあ仕事がなくなったら来るといい。冒険者の仕事をたんと回してやる」

「ありがとうございます。そのときはよろしくお願いします」


 雇われ聖女をクビになっても再就職先はありそうだ。

 エリザは安心して、新しい職場に向かうことを心に決めた。

 雨上がりの空には美しい虹がかかっていた。




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