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06モンスター集団暴走




 冒険者ギルドを飛び出して、杖に乗り、異常が起きている方角へ飛び立つ。

 場所がどこかを確認する必要がないほど、凄まじい騒がしさと大地を踏み鳴らす音、そして土埃が舞い上がっていた。


 ――モンスターの集団暴走。

 あらゆるモンスターが街のすぐ外にまで押し寄せてきている。

 山のように巨大な猪に、人間大のトカゲ――リザードマン。鶏と蛇が合体したようなバジリスク。牙の発達したサーベルタイガー。泡のように増えるスライム。


「これは、非常にまずい……!」


 この勢いでモンスターが街に突っ込めば、壊滅的な被害が起こるだろう。

 こうならないようにモンスターの定期的な殲滅が必要なのに。もしかしてそれがされていなかったのだろうか。


(マナが弱いから、スタンピートが起こる頻度も少なかったとか? ならこの有様も理解できる、けど)


 そして果敢にもそれを押しとどめようと戦っている兵士たちの姿が見えた。

 だがこのモンスターの数に対してのこの人数では、死にに行くようなものだ。


天雨(マナレイン)


 瞬き一つの間に空が雲に覆われ、マナの混じった雨が降り始める。それらはモンスターたちを濡らしていく。


 ――一瞬で決める。そう決めて、エリザは魔術を編む。

 モンスターの身体を構成するエレメンタルだけを狙って。


「――天雷(サンダーボルト)!」


 水は雷の伝達効率を高め、威力を倍増させる。

 モンスターが群れていたことも好材料だった。一網打尽。雷魔術により、モンスターの身体を構築するエレメンタルが破壊されて霧散し、大気のマナに還元される。


 後に残るのはモンスターの足跡だけで、それも雨に打たれて消えていく。

 エリザは雨の降りしきる中、空中から地上を見つめる。モンスターの生き残りはいないか、怪我人はいないか。

 モンスターとの接敵前だったようなので、怪我人はいなさそうだった。


 ほっと息をついたのも束の間――


「魔女だ……!」


 空にいるエリザに向けて、恐怖と怒りの混ざった叫びが発せられる。


(また、魔女)


 エリザは空から地上を見つめる。


 言葉はともかく、そこに込められた感情がエリザに危機感を募らせた。

 それは理解できないものを拒否する感情。恐れの感情。――恐怖。それは歯止めの利かない暴力に繋がる。


「あいつがモンスターを呼び寄せたんじゃないのか」

「そうだ、そうに違いない」


 恐怖は伝染する。恐慌状態の前では当事者の言葉など何の役にも立たないだろう。


(このままだとまずいかも)


 モンスターの集団暴走なら魔術で止められる。

 だが人間がエリザを敵とみなして攻撃してくれば、エリザには止められない。人間に対する攻撃魔術は厳禁とされていて、もしそれが行われれば心臓に刻まれた誓約魔術がエリザの心臓を突き刺す。


 そして一度魔術師が一般人に攻撃魔術を使ったことが広まれば、魔術師全員が恐怖の対象として認識されるだろう。


(逃げないと――)


 杖の先を更に西へと向けようとした刹那。


「待ってくれ!」


 必死に懇願するような声に、思わず顔を向ける。

 そこにいたのは、ワイバーンに襲われていた時に出会った金髪の騎士だった。


「彼女は魔女ではない。この国を救うために神が使わされた聖女だ!」


 金髪の騎士はよく通る声で、エリザにではなく周囲に――そして怯える街人に向けて言う。


「……はい?」


 ――魔女? 聖女? いったい何の話が展開されているのだろう。エリザはただの魔術師だというのに。

 金髪の騎士は上空にいるエリザを見上げた。


「あなたに礼がしたい。どうか、降りてきてくれないか」

「…………」


 ここは逃げるべきだ。だがここで逃げれば彼の立場がなくなるのではないだろうか。

 だがエリザは――求められたら断れない。


 魔術による雨が降りやまない中、エリザは高度を下げて金髪の騎士の前に降り立った。

 やや距離を取ったまま。


「私はレヴィン・アルノルト・ホワイト。この国の王太子だ」

「……エリザ・ルーウェスです。そうですか、王太子さんなんですかぁ……王太子?!」


 エリザがレヴィンと目が合うと、レヴィンは嬉しそうに笑った。

 王太子――つまりは次期国王。

 何故そのような高貴な人間が、エリザの前にいるのか。微笑んでいるのか。

 エリザは卒倒しかけたが、何とか踏みとどまった。



◆ ◆ ◆



 雨はまだまだ止まず、雨をしのげる場所――何故か冒険者ギルドの応接室で、エリザは王太子であるレヴィンと向かい合って座る。


 部屋の中には他に、若い、強面の護衛騎士がレヴィンの後ろに立っている。

 そしてもちろん扉の外や建物の外には多くの兵士が詰めている。


「あの、わたし、何か失礼をしましたでしょうか」


 声と身体を震わせながら、エリザは聞く。判決を待つ罪人の気分で。


「縛り首でしょうか。火あぶりでしょうか。あの、できたら毒杯でお願いしたいのですが」

「どうして処刑方法の話に?!」


 レヴィンは心底驚いたように声を上げた。


「違うんですか?」

「全然違う。まずは、君に礼を言いたいんだ。ワイバーンから我々を救ってもらった礼。そしてこの街をモンスターの群れから救ってくれた礼を」

「たいしたことはしていません。当然のことをしたまでです」


 人助けは当然のこと。

 モンスターを倒すのも魔術師として当然のこと。

 そのために魔術師の力はある。


「あの、お話がそれだけならもう出て行ってもいいでしょうか」


 エリザは席を立ちかけたが、レヴィンの後ろにいる護衛騎士に睨まれて座り直した。


「……アレックス」


 レヴィンがたしなめるように名前を呼ぶと、強面の護衛騎士は目を閉じる。


「ところで君は、ブラック皇国の魔術師なのかい?」

「あ、はい。以前はそうでした」

「何か理由があって辞めたいのか?」

「それはその、一身上の都合により……」

「いまは何を?」

「冒険者として働こうかと……」

「それなら良かった」


 何が良かったのだろうと思いながらも、王太子に直接聞くような勇気はない。


「――この国では100年前から魔術師が生まれていない」


 なぜか国内事情の話が始まる。


「かろうじて昔の魔導具が動くだけで、その魔導具も多くが壊れてきた。定期的に外から魔術師を呼んで直してもらっていて、今回も魔術師の助力を請おうとブラック皇国に赴くところだった。その途中、ワイバーンに襲われて絶体絶命だったところを君に助けられたんだ」


 エリザを見る顔は、真剣そのものだった。


(王太子様が自分で交渉に出かけるなんて、すごいなぁ……)


 エリザはブラック皇国の宮廷魔術師という職業に就いていたが、皇族の姿は遠目でしか見たことがない。皇族は基本的にずっと王宮にいるものだ。下々のものが会える相手ではない。

 だから目の前に王太子がいるということが、正直なところピンと来ていなかった。おとぎ話を聞いているような気分だ。


「君とちゃんと話がしたくて、こうやって追いかけてきたんだ」

「それは……申し訳ありません。旅のお邪魔をしてしまいましたね」


 ちゃんと礼ぐらい受け取っておけばよかった。そうすれば彼らにこんな遠回りをさせずに済んだのに。

 それにしても律儀なものだと思う。一介の魔術師に礼をするために、行程を変更するなんて。


「いや、それはいいんだ。ところで、気分が悪いとか体調が悪いとかはないかい」

「そんなことは全然ありません」


 元気そのものだ。

 体調も魔術の調子もいつもどおり。むしろよく休めているため調子がいいくらいだ。

 レヴィンは安心したように緊張を緩ませた。


「そうか……実はいままで外から招いた魔術師は、気分が悪いと言って早々に帰ってしまっていたんだ」

「そうなんですね。たぶんその方たちはすごい方たちだったんですよ。才能のある優秀な魔術師はマナに敏感だそうですから、マナの違いで体調を崩していたのかもしれません。わたしはどうも鈍感なようなので大丈夫です」


 魔術師としての才能がないからだろう。そのことがこの地では逆に利点として働いているようだ。


「そうか……詳しい理屈はわからないが、私にとってはこれ以上ない救いだ」


 まっすぐに顔を見つめられる。


「エリザ。私は君を聖女として雇いたい」





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