05冒険者志望の魔術師です
広がる森の上を通過し、広い平野へ。草原と森がぽつぽつと存在し、一本の街道が伸びている。街道の先には大きめの街があり、エリザは街の近くの森に降り立った。
ここはもう隣国のホワイト王国。ブラック皇国内では魔術師が空を飛んでいるのは珍しい景色ではないが、ここではまだ目立たないほうがいいだろう。
エリザは歩いて名前も知らない街に入る。門番は二人いたが止められることはなかった。
そして、街の中に入って驚く。エリザの知るブラック皇国の街とはまったく違うことに。
街としては大きく、人も多いが、活気がない。
街の象徴らしい塔の大時計も止まっている。広場の噴水も動いていない。
(マナに全然元気がない……そういう土地柄なのかな)
国境を越えたくらいからその感覚はあったが、街中にまでくるとその差は歴然だ。
大気中のマナが弱い。マナというエネルギーがなければエレメンタルの活動も弱まる。エレメンタルは万物を構成する要素だ。人間も例外ではない。
街の活気のなさはマナに弱いゆえだろうか。
(穢れの地……)
これだけマナが弱ければ、魔術を使っても思ったような効果は出ないだろうし、魔導具も本来の性能を発揮しないだろう。
宮廷魔術師たちの間で「穢れの地」と呼ばれていた理由を、エリザは肌で感じ取った。
なぜこんなにマナが弱いのだろう。隣のブラック皇国はマナが溢れているのに。
隣の国のこととはいえ、情勢はほとんど耳には入ってこない。
(でも魔術は使えてワイバーンも追い払えたし、モンスター退治くらいならできるはず)
まずは冒険者ギルドで簡単な依頼をこなしながら、この国のことを知っていこう。前向きに考えながらエリザは冒険者ギルドを探す。
冒険者ギルドのエンブレムを探しながら歩く。きょろきょろと慣れない様子で歩く姿はよそ者丸出しなのか、周囲の人々の視線が痛い。忌避するものを見るような目だ。
(こ、これくらいでくじけちゃダメ……)
耐えながら歩いていると、剣と炎のエンブレムが見つかってほっとする。冒険者ギルドの世界共通エンブレムだ。ただしそのエンブレムが掲げられた建物は、まるでひっそりと眠っているようだった。活気がない。まったくない。
冒険者ギルドというものは冒険者がたくさん出入りしているはずなのに。
本当にここであっているのか。安堵が不安に変わるが、エリザは冒険者ギルドの木製の扉に手をかけた。鍵はかかっていなかった。
エリザにはもう、進むという選択肢しかない。勇気を奮い立たせて扉を開けた。
「お邪魔しまーす……」
控えめに言いながら、ゆっくりと冒険者ギルドの中に入る。
昼間だというのに、中はどんよりと薄暗い。そして冒険者の気配がなく、寂れていた。
中にいるのはカウンターの奥で新聞を読んでいる白髪の老人だけだ。
壁にかかっている魔導時計は壊れているのか動いていない。
「こんにちは」
エリザの挨拶に気づかなかったのだろうか。老人は顔を上げずにずっと新聞を読んでいる。
「はじめまして。あの、お仕事を探しているんですが」
カウンターに近づいていくと、老人は煩わしそうに顔を上げてエリザを一瞥した。
「ふん……奇妙な格好をしおって」
「き、奇妙……」
エリザは自分の服装を見る。宮廷魔術師の服装によく似た黒と赤を基調にしたマントとワンピース、そして杖だ。もう宮廷魔術師ではなくなったが、ずっとその色合いの服を着ていたため外出着を選ぶ際も同じような雰囲気になってしまった。
魔術師ではよくある服装だと思うのだが、このホワイト王国では魔術師が少ないため変に目立つのかもしれない。
通りすがりの人々の視線の意味がわかった気がした。
「冒険者希望か? ふん……何ができるんだ?」
「簡単なモンスター退治と、簡単な魔導具の修理なら」
「くくく」
「え、えへへ?」
喉の奥で笑う老人に、つられて笑い返す。首を傾げながら。
「家出少女が無理するでない」
「いえちゃんと独立してますし」
「ふん……以前は何やってたんだ」
「ブラック皇国で、宮廷魔術師を」
「経歴詐称は感心せんな。格好まで真似おって」
「してません……」
老人は眼鏡の奥で鋭く目を光らせる。
「魔術師がこの国にくるわけがない。わしも見たのは二人くらいじゃ。ましてや魔術師が冒険者? 冗談としてもおもしろくはない。夢見る少女は卒業しておけ」
「――嘘は言いません。冗談でもありません。わたしは魔術師です! ……無資格ですけど」
「それじゃ、そこの時計を修理できるか」
「はい。終わりました」
「は……?」
老人は壁にかかっている先ほどまで壊れて止まっていた魔導時計を見上げる。
その針は動き、再び時を刻み始めていた。
「お前さん――何を……」
「だから直しました」
「……まさか……だとしても、こんな一瞬で」
「魔導回路の不具合だけでしたので。部品が壊れていると少し厄介なのですが、これは物がいいみたいですね。流れを整えてあげるだけで動いてくれました」
「…………」
「これで、信じてもらえたでしょうか。冒険者として登録させてもらえますか?」
その時、ギルド入口の扉が慌ただしく開き、怪我人を背負った赤髪の男性が飛び込んできた。
「トムじいさん!」
「どうした」
「バジリスクにやられた……」
赤髪の冒険者は疲労と焦りが浮かんだ顔で、背負っていた黒髪の男性を床に寝かせる。
その右半身は黒い石に変わり始めていた。
バジリスクは人を石化させる呪いを使うモンスターだ。
石化の呪いを受けてしまうと、肉体が石のように固く、そして脆くなる。衝撃を受ければ崩れ落ちる。部分的な崩壊なら高度な治癒魔術で治療が可能だが、全身バラバラになってしまえば死に至る。
石化から回復するためには解呪の魔術か薬が必要で、自然回復はしない。非常に厄介な呪いだ。
「トムじいさん頼む! 薬を買う金貸してくれ! 早く治療しないと、こいつ――」
「解呪」
エリザは進行中の石化の呪いを解除する。
黒い石と化していた右半身の呪いは解除され、生身の肉体に戻る。そこはバジリスクに蹴られたか噛みつかれたのか、ひどい傷を負っていた。
「治癒」
傷を治療する。元気な方の冒険者も身体に傷を負っていたのでまとめて治す。
「う、うそだろ……治った?」
「え……? なんでだ……石化も、俺の傷も、治ってる……?」
石になりかけていた黒髪の冒険者が、驚きの声を上げながら自分の右手を見つめる。
赤毛の冒険者も呆然としながら自分と相方を交互に見ている。何が起こっているのか理解できていない様子で。
「……もしやこれも、お前さんがやったのか?」
老人がエリザを見る。エリザは普通に頷いた。
「はい。石化は体力をかなり消耗しているはずなので、しばらくは安静にしてください」
冒険者たちの視線がエリザに集まる。
その視線には恐怖の色がにじんでいた。
「魔術を使うなんて、もしかして……魔女か……?」
赤毛の冒険者がひきつった声で言う。
「魔女? いえ魔術師です。それよりも、バジリスクはその場で倒しましたか?」
「……へ?」
「バジリスクは普段は臆病で警戒心が強いモンスターです。ですがそこまでの怪我を負うほど向かってきたとなると、狂暴化している可能性が高いです」
エリザは自分の杖を見る。
マナの残量は充分だ。
「狂暴化は他のモンスターにも影響を及ぼします。集団狂暴化による暴走――スタンピートが起こる前に、早めに処理しないと――」
エリザはこれからの予定を考える。
まずはこの冒険者からバジリスクと遭遇した場所を聞き出し、殲滅する。
バジリスクの身体の一部を持ちかえれば、冒険者として認めてもらえるかもしれない。
もし認めてもらえなくても、バジリスクを――そしてスタンピートを見過ごすわけにはいかない。
その時、外から鐘の音が激しく鳴り響く。
「モンスター襲来を告げる警鐘だ――」
老人の声を聞いた瞬間、エリザは外に走り出していた。




