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15冒険者との再会





 ホワイト王国の西方の空を飛んでいる途中で、エリザはあることに気づいた。


「このあたり……随分乾いてるなぁ」


 空気が、風が、やけに乾燥している。地面も。随分長い間雨が降っていないのかもしれない。畑で育っている途中の植物たちも、元気がなさそうに見えた。


「植生を見る限り、元から乾燥した土地じゃなさそう……たまたま水不足なのかな」


 エリザは魔術で雨を降らせようとして、ふと考えなおした。


(雨を降らせれば一時的には解決するけれど、定期的に降らせにくるわけにもいかないし)


 きょろきょろとあたりを見渡すと、付近の山のふもとに池があることに気づく。


(……ちょっと遠いけど、水路を引けば安定した水の供給ができるんじゃ?)


 穴を掘って川をつくってもいいし、水道管を通してもいい。高低差を利用すれば、魔導具を設置しなくてもここまで水を引いてこられるだろう。


(でも、農業用の水って色々と難しいらしいからなぁ。ジェイド様にも土地の改造は勝手にするなと言われていたし……やっぱりここはレヴィン様に相談……)


 ふと不安になる。


(相談……していいのかしら。王太子殿下にわたしごときが……ううん、だいじょうぶ、だいじょうぶ……レヴィン様はできた方だもの。言ったことをひっくり返したりはしないはず)


 エリザの提案を出過ぎた真似だと思われることはないはず。

 だが、この世に絶対というものはない。


 レヴィンのことは信頼しているが、状況というのはころころと変わる。エリザはずっとブラック皇国で宮廷魔術師を続けているものだと思っていた。その前は田舎で一生を終えると思っていた。だがいまはホワイト王国で聖女として働いている。人生何が起こるかわからない。


 黙っているという選択肢もある。

 だがエリザはこの状況を知った。改善策を思いついた。人々の暮らしが楽になる方法を。


(うん、相談するだけしてみよう)


 ダメで元々。

 エリザの改善案が受け入れられなくても、提案することで王太子であるレヴィンが少しでも気に留めてくれたら、状況がよい方向へ変わるかもしれない。前向きに考えて、王城に戻ったら相談することに決める。


天雨(マナレイン)


 雨雲を発生させて雨を降らせて、エリザは次の街に向かった。

 その途中で、空に見慣れた影が一つあることに気づく。鳥のようで鳥ではない、翼竜――ワイバーンだ。


(ワイバーン? 何かを狙ってる?)


 ワイバーンは森の上を旋回しながら地上の一点を狙っている。よほど夢中なのかエリザには気づいていない。

 エリザが地上を見てみると、小型モンスターと戦っている二人の冒険者の姿が見えた。

 ワイバーンの狙いはこちらだ。


天雷(サンダーボルト)!」


 雷魔術でワイバーンのエレメンタルを破壊する。ワイバーンは霧が晴れるように消滅し、マナとなった。

 上空での異変に気づいたのか、冒険者たちが空を見上げている。


「あっ――あんたは天恵の聖女様!」


 聞き覚えのある声に、見覚えのある姿。バジリスクの呪いで石化しかけていた冒険者たちだ。エリザはすぐに地上に降りた。


「えっと、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 二人の姿を近くで見る。元気そうだった。後遺症は残ってなさそうだ。本当に良かったと思う。

 赤髪の冒険者が人懐っこそうな笑みを浮かべる。


「天恵の聖女様が魔導具を直してくれたから、みんな喜んでるぜ。いまもあちこちの魔導具を直してくれてるんだろ?」

「はい、その途中です。ところで天恵の聖女ってなんですか?」

「もちろん聖女様のことだ。聖女様が現れる前や後に雨が降って虹が出るから、みんなそう呼んでいる」


 黒髪の冒険者も無言で頷く。


 確かにエリザはよく雨を降らせる。

 雷の魔術を使うと雨雲が発生しやすくなるし、自分のマナを浸透させるために雨を降らせることもある。

 そして晴れた日に雨を降らせれば、虹が出る確率も高いだろう。それがそんな二つ名になっているなんて思ってもいなかった。


「わたしの名前はエリザです。よかったらそう呼んでください。わたしたち、同業者になっていたかもしれないんですから」

「ははっ、なんか変な感じだな。俺はウィル、こいつはグレイ、よろしくな」


 赤髪の冒険者がウィルと名乗り、隣の黒髪の冒険者をグレイと紹介する。


「ウィルさんに、グレイさん。よろしくお願いしますね。おふたりはモンスター狩りをしていたんですか?」

「ああ……力不足で低級モンスターしか狩れないけどな」


 グレイが元気なさそうに言う。


「低級モンスターの討伐も大事なことですよ。低級モンスターが増えると、それをエサにしている中型モンスターが増えて、更にそれをエサにしている大型モンスターが増えてしまいます。つまり低級モンスターを狩ることは、大型モンスターの被害を未然に防ぐことになるんです!」

「さすが聖女様。そういやトムじいさんもそんなこと言ってたな」


 ウィルが感心したように言う。


「そうだ。わたしも殲滅に加わりましょうか?」

「エリザの手にかかったら、この辺のモンスターいなくなっちまうよ。メシの食い上げだ」

「なるほど……確かにそれはダメですね」


 冒険者の仕事を奪ってしまうのはエリザも本意ではない。


「だが最近はモンスターが増えている気がする。ちょっと異常なほどだ」


 グレイの言葉にウィルも頷く。


「だよなぁ。っつーわけでエリザ。もしものときは頼むぜ」

「はい、お任せください。ではわたしはそろそろ行きますので、おふたりともお気をつけて」


 ――その時。

 森の奥から大きな黒い影が、エリザたちの前に現れる。

 姿形は人間に似ているが、それよりもゴブリンに近い。黒い体毛の生えた巨大なゴブリンに。


「バグベアですねー。大きいです」


 モンスターの名前を口にして、エリザは杖を握りしめる。バグベアは身体が大きく力が強く、不気味ではあるが、特殊能力はないので脅威度は低い。エリザは杖を握りしめたまま、後ろに下がった。


「相手は一体だ。ウィル、やってやろう」

「だな! 聖女様もいることだし」


 グレイが剣を取り、ウィルも剣を構えてバグベアに立ち向かっていく。

 エリザは二人の様子を離れた場所から見守る。二対一ではあるが、バグベアの長い手足と防御力の高い体毛に苦戦している。


「――肉体強度向上(ストレングスアップ)物理加護(シールド)――はい、支援魔術をかけましたのでがんばってください」

「倒してくれないのかよ!」


 泣きそうな声でウィルが叫ぶ。


「わたしが倒すとエレメンタルを破壊してしまうので、討伐の証や素材が取れませんよ?」


 魔術はモンスター内のエレメンタルを破壊する。エレメンタルが破壊されれば、肉体は霧散する。


「それは困る!」

「後ろで応援していますのでがんばってください。危なくなったらなんとかしますから」

「ウィル、行くぞ」


 二人の戦闘を、エリザは後ろから見守った。

 怪我をすれば「治癒(ヒール)」と治し、防具が壊れれば「復元(リストア)」と唱えて直す。

 長い死闘の末、二人はバグベアの討伐に成功した。


「お、終わった……」

「た、倒したんだな……おれたちが……エリザのおかげだ。ありがとう」


 グレイに礼を言われて、エリザは笑顔で「どういたしまして」と返した。


「おふたりの頑張りの成果です。格好良かったですよ。それではわたしはそろそろ出発しますね。おふたりともお気をつけて」


 いい仕事を見届けられて嬉しくなりながら、エリザは自分の仕事に戻った。





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