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13クビの危機



「レヴィン様……」


 何故か胸に焦りが生まれ、鼓動が速くなる。

 逃げ出したくなる衝動に駆られながらも、それでも戻らないわけにはいかず、エリザは窓から自室に戻った。


 窓辺に立つレヴィンがエリザに場所を開け、エリザはそこから室内に入り、床に降り立った。


「おかえり」

「た、ただいま戻りました……」


 声が震える。レヴィンの声は優しいのに、なぜだか怒られているような気持ちになる。

 それは罪悪感のせいだ。指示を聞かずに王都中の魔導具を直した罪悪感。


「執務室の窓から君が見えた」


 ふぁさっと、柔らかい乾いた布が、エリザの頭の上に被せられる。

 雨に濡れたエリザの髪を、レヴィンが拭いていく。エリザはどう動けばいいかわからずその恰好のまま硬直した。


「エリザ」

「はい……」

「もしかして、王都の魔導具を直した?」

「……はい。認識できるものはすべて」


 嘘は付けない。エリザは正直に答えた。

 これは立派な命令無視だ。休むように言われたのに休まず、相談もせず独断行動。

 ――クビを言い渡されてもおかしくない。

 胸が締め付けられるように痛くなる。


「君は本当にすごいな……」

「……わたし、クビ――解雇でしょうか」

「どうしてそんな話に?!」

「だって、命令を無視して」

「命令? 君は私の部下じゃないだろう。私はエリザに助けを請い願う立場だ」


 エリザは頭を上げ、布をかぶったままレヴィンを見上げた。


「……怒っていないですか?」

「私がエリザに頼んだのはこの国の魔導具の調整だ。働く時間も、休む時間も、眠る時間も、君の自由だ。君はちゃんと、素晴らしい仕事をしてくれている。怒る理由がない」


 レヴィンはそう言って笑うが、その笑顔はエリザには少し寂しそうに見えた。

 言葉も優しく、目線もエリザを気遣うものだ。だがやはり苦しさを押し殺しているように見えた。


 エリザの胸に再び罪悪感が湧き上がってくる。とんでもなく悪いことをしてしまったのではないだろうか。


「あの……わたし、レヴィン様の計画と予定をめちゃくちゃにしてしまったのではないでしょうか」

「私の予定なんかより、国民が魔導具を使えるようになったことの方が大切だ」

「でも……どうして、そんな寂しそうな顔をされているんですか?」

「…………」


 レヴィンは驚いたような顔をして、そして困ったように顔を逸らした。


「……君に気を遣わせてしまったこと。君の実力をうまく発揮させてあげられていないこと。そういう自分が、腹立たしいだけだ。エリザのせいじゃない」


「レヴィン様。わたしいま、すごく幸せです。レヴィン様に雇っていただいて、思う存分仕事ができて、すごく幸せなんです」


 エリザは自分の正直な思いを口にした。本心からの言葉を。


「前の職場では、仕事はたくさんありました。ずっと仕事をしていました。仕事は大好きで、楽しかったはずなのに……いつからか……ずっと、疲れていた気がします」


 休むことを忘れるくらい働き続けている内に、最初のころの喜びやときめきは薄れていた。魔術を使うことも、研究をすることも、魔導具の整備をすることも大好きだったはずなのに。いつからか義務になっていた。


「でもいまはすごく充実しているんです!」


 エリザは顔を上げてレヴィンを見る。


「勝手なことをしてしまったのは本当にごめんなさい。もう二度とこんなことはしません。だから、お願いします。クビにしないでください!」


 頭を深く下げる。必死だった。


「――顔を上げてくれ、エリザ。クビになんてするわけがない。君にはできたらずっとこの国にいてほしいくらいだ」


 顔を上げると、琥珀色の瞳と目が合う。

 微笑むレヴィンの表情には、寂しそうな色はなくなっていた。


「エリザに頼みたいことは、まだまだたくさんある。王都が終わったのなら、次には地方に赴いて魔導具を直していってもらおうと考えている」

「はい。お任せください!」


 まだまだ直せる魔導具がいっぱいあると思うと、エリザの胸が躍る。


「まずは護衛団を選抜して、日程を組もう――」

「一人で大丈夫です」

「……ん?」

「一人で大丈夫です。空を飛んでいきますから。そちらの方がずっと早いですし」

「あ、ああ……そうだな。君は空を飛べるんだな」

「長距離も大丈夫です。ブラック皇国からも休憩なしにこちらまで飛んできましたから」

「いや……さすがに不慣れな土地で女性を一人で行動させるのは――」

「もしものときに身分を証明できるものだけいただけたら充分です。もしトラブルが起こっても、空を飛んで戻ってきますし」


 レヴィンは複雑そうな表情をしていた。


「わたしは、魔導具が使えなくて困っている人たちに、少しでも早く安心してもらいたいんです」

「……わかった。君がその方がいいと言うのなら任せよう。ただ少し準備がいるから、もう少しだけ待っていてほしい」

「はい、わかりました。それではわたしも準備をしながら、ゆっくりと過ごしますね」



◆ ◆ ◆



 それからほどなく、仕立て屋がエリザの新しい服を持って部屋にやってきた。

 服は三着。どれも聖女らしい、白を基調にして空のような青色が取り入れられた服ばかりだった。

 そしてどれもエリザのリクエスト通りに、丈夫そうで動きやすいつくりになっている。更に服だけではなく、靴や小物、アクセサリーまで揃えて用意されていた。


「すごくきれいな服ばかりですね。ありがとうございます」


 エリザは目を輝かせる。服だけで聖女らしさ満点で、しかもエリザの雰囲気と体形に見事に合っている。さすが王城にこられるぐらいの仕立て屋。腕もセンスも抜群だった。

 仕立て屋の女性は優雅に微笑む。


「お礼をさせていただくのはこちらの方です。聖女様のおかげで私の工房の魔導ミシンも直りましたので、作業効率が格段に上がりました。みんなとても喜んでいます。王太子殿下は本当に素晴らしい方を迎えてくださったと。私も心よりそう思います」


 エリザの仕事が誰かの役に立ち、喜んでもらえていることに喜びを覚える。


(魔導具って素晴らしい)


 たくさんの人を助け、幸福にしてくれる魔導具は本当に素晴らしい。エリザはますます魔導具が好きになった。


「あの、個人的に服をお願いしてもいいでしょうか」


 これだけ素敵な服を見ていると、もっと別の服も頼みたくなる。

 幸いいまのエリザには、報酬でもらった金貨がある。国から持ってきた貯金もある。一着ぐらいなら自費で仕立てられるのではと思い、仕立て屋に相談してみる。


「ええ、もちろんです」

「予算はこれくらいで、こんな服を――……」


 エリザが依頼したのは黒のコートだった。

 聖女としてではなく、魔術師のエリザとしての服。


 エリザには確信に近い予感があった。


 このペースで仕事を進めていけば、レヴィンの依頼は近々すべて終わってしまうと。つまりこの国の魔道具の調整が終わり、エリザの仕事はなくなってしまうと。


 レヴィンはずっと国にいてほしいと言ってくれたが、もし本当に何もすることがなくなってしまったら、耐えられないのはエリザの方だ。仕事がないのに聖女として住まわせてもらうわけにもいかない。肩身が狭すぎる。それに。


 仕事がない人生なんて。

 ――怖すぎる。


(もしものときのことをちゃんと考えて、準備をしておかないと)


 いまのところ冒険者として登録させてもらえることにはなっているが、将来のことはわからない。

 そのとき慌てないために、できる準備はすべてする。


(できることも増やして、役に立てるようにしておかないと)





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