12持て余す力
王城内の自室で目覚めたエリザは、カーテンを開けて空に向けて大きく手を開いた。
「さあ今日もがんばって働こう! 働けることに感謝します!」
宮廷魔術師時代に毎日言っていた言葉が自然と口から出てくる。溌溂と。
労働は喜び。労働は救い。社会のために今日も励もう。
空はよく晴れている。午後から雨が降りそうな雰囲気はあるが。
「おはようございます。聖女様」
「マリアンヌさん、おはようございます。いい朝ですね」
運ばれてきた朝食を食べて、昨日とは違うドレスに着替え、レヴィンの執務室に向かう。
「おはよう、エリザ。昨日は王都の魔導具の調整をありがとう。どこにも問題は起きていないし、調整抜けもないようだ。完璧な仕事だと思う。これは報酬だ」
レヴィンが示す机の上には、ずしりと重そうな革袋が三つ。中には金貨が入っていた。
「こ、こんなに?」
エリザは自分の目を疑った。
前の職場と仕事は変わっていない。むしろ楽になっているのに、給料はとんでもなく上がるという不可思議。
「君のような優秀な魔術師への素晴らしい仕事への対価としては、これでも少ないぐらいだろう」
レヴィンは朗らかに笑っている。払いを渋っている様子など微塵もない。
とはいえ多すぎる――とエリザは思った。
これだけの金貨、どう使えばいいのかも考えられない。
(やっぱり、老後に備えて貯金?)
いままで接したことのない金貨の量に触れて、エリザは悩んだ。ここは一度思いっきり贅沢をしてみようか。しかし贅沢とはいったいどんなことだろう。いまの環境こそが思いっきり贅沢である。
(贅沢を思いつかないほど贅沢だなんて……!)
信じられない。いま目の前にある金貨ですら、夢を見ているかのように現実感がない。
「今日はエリザには城内の魔導具を見てもらって、明日以降は王都の残っている魔導具を見てもらいたい」
「はい、わかりました」
金貨に持っていかれかけていた意識を仕事に引き戻す。
エリザは頷き、レヴィンの顔を見上げて――そして気づいた。
「……レヴィン様、どうかされましたか? なんだかお疲れのようですが」
やや顔色が悪い。まるで三日徹夜したあとのように、疲れた顔だった。
「……実は、貴族からも魔導具修理の要請が来ている」
「貴族様から?」
それに悩んで眠る時間がないのだろうか。
「いまは公共の魔道具を優先させているが、貴族も個人的に魔導具を集めているから、ぜひ自分たちのも、と」
「わたしはどこにでも行きますよ?」
「いや、君を貴族の屋敷に行かせるのは望ましくない」
面子的な問題なのだろうか。政治的な問題なのだろうか。エリザの礼儀ができていないから貴族の前には出せないということだろうか。
「……申し訳ありません。礼儀作法がなってなくて。ちゃんと覚えていきますから」
「そうじゃない。君はまったく悪くないし、礼儀がなっていないなんてこともない」
ではどういうことなのだろう。
エリザにはレヴィンが渋っている理由がわからない。
「――レヴィン様、わたしは魔導具の修理調整をするためにレヴィン様に雇われていますので、そのためにならどこへでも行きますし、どんな魔導具も直してみせます」
エリザの頑張りでレヴィンの睡眠時間が確保されるなら、限界まで働いてみせる。
「エリザ……心強いな。ありがとう。でも大丈夫だ。貴族の魔導具は急を要するものじゃないから」
結局その日は王城の魔導具の調整だけで、すぐに終わってしまった。魔導湯沸かし器も魔導コンロも魔導洗濯機も直したので、城で働いている人々からはとても感謝されて、エリザも嬉しくなった。
次の日はリストに上げられている王都内の魔導具――主に中規模のものの調整に向かった。これは数が多いため、一日では終わらなかった。
――夜。
エリザは心地よい疲労感に満たされながら、ベッドに倒れ込んだ。初日より少しだけ硬くなったベッドに。エリザ自身もこの生活に慣れ始めてきたため、寝心地もよく感じていた。
(やっぱり仕事はいいなぁ……生きていていいって気持ちになれる……)
幸せな気持ちでぐっすりと眠る。明日の仕事のことを考えながら。
「昨日は無理をさせてしまったから、今日は休んでいてくれ」
翌日、執務室に行ったエリザは善意に満ちた表情でレヴィンに言われる。
「は、はい……」
エリザが承諾すると、レヴィンは自分の仕事に戻る。書類に目を通す姿に一礼して、エリザは執務室から出た。歩いて部屋に戻りながら考える。何をすればいいのだろう、と。
とりあえず部屋で休むことにしたが、午後から既に全身がそわそわして落ち着かなかった。何かやることはないかと部屋をうろうろするが、掃除は完璧に行き届いていて、片づけるような私物もない。
エリザは仕方なくベッドに座る。
(残りの魔導具の修理……勝手にやっちゃダメだよね……)
休めと言われたのだから、今日のエリザは休むのが仕事だ。だが何もしない一日というのはとてつもなく長く感じた。まだ朝だというのに。
ブラック皇国での宮廷魔術師時代は休みがなくて倒れそうになっていたのに、いざ休みが来ると完全に持て余している。ままならないものだ。
ベッドに寝て、悶々としながらごろごろと転がる。
「うう……このままじゃダメになる……マリアンヌさん!」
「聖女様、いかがなされましたか」
マリアンヌはすぐさま部屋に入ってくる。
「マリアンヌさん、わたし少し出かけてきますね」
「はい。どちらへ?」
「空です!」
杖を手に取り、窓を開ける。吹き込んできた風がカーテンとエリザの髪と服を揺らした。
「聖女様……わかりました。いってらっしゃいませ。もうすぐ雨が降りそうですので、お気をつけください」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので、いってきます」
エリザは杖で自分の関節を叩いて魔術を発動させ、杖に乗って窓から飛び出した。
風を切って、灰色の上空へ。城の尖塔を飛び越えて、さらに上へ。そして王都の上を巡回するように、ぐるりと回りながら飛ぶ。
いまのエリザは力を持て余していた。溢れ出てくるマナが、解放を求めている。
以前はそれを宮廷魔術師たちの杖に補充させていたが、いまはそれができない。
だからこうやって空を飛んで発散させる。空を飛ぶのは気持ちがいい。そしてマナを消費する。消費量は多くないけれど、気分転換にはなる。部屋で悶々としているよりはよっぽどいい。
しばらくそうやって飛んでいると、朝に予感していた通り、そして先ほどマリアンヌが言っていた通りに、灰色に曇った空からぽつぽつと雨が降り出した。
「これはチャンス! ――天雨!」
王都を覆わんばかりの巨大な魔術紋章が天に輝く。
エリザは王都に降る雨に、自分のマナを混ぜて降らせた。雨は地上に落ちると弾けて細かな水滴となり、エリザのマナも小さく弾けて王都に浸透していく。
マナが満ちれば、そこはエリザの意識の通る道となる。
意識が通れば、魔導具の流れを整えることができる。雨に濡れた場所の近くにある魔導具すべての。
貴族も庶民も関係ない。
公共か私物かも関係ない。
すべて平等に、すべて同じように、魔導回路の流れを正していく。
深く、静かに。誰にも内緒で。
「ああ、すっきり! やっぱり一気に直すって気持ちいい!」
やり切った達成感。心地よい疲労感。
エリザは充分に満足して城に戻る。そして気づく。エリザの部屋の窓から、レヴィンがこちらを見ていることに。




