11【sideスカーレット】後悔
「ない……――ない。ない、ない、なーい!」
スカーレットは職場でエリザの机の中を探りながら叫んだ。
三日間、家に帰っていないスカーレットは身だしなみも何もない姿となっていたが、いまはそんなことは気にしていられなかった。
とにかく机の中にあるものを引っくり返す。引っくり返していたものをさらに引っくり返す。しかしそこに目的のものは見つからない。役に立たない書きかけの書類や、干からびた栄養食などがあるだけだ。
「なんで何もないのよ!」
泣き声交じりの絶叫が響くが、職場の誰も気にはしない。誰もが自分の仕事に必死で、死んだ魚のような目で、背中にグールを飼いながら、黙々と仕事に没頭していた。
唯一、同僚のデイジーだけがスカーレットのところにやってくる。
「どしたのー? さっきからずっと何探してるの?」
デイジーはのんびりとした性格だが、要領がいいのか毎日残業はしているがちゃんと家に帰っているため、スカーレットよりよほど小ぎれいだ。
だがいまは外見など気にしていられる状況ではない。
その姿を見ているだけでスカーレットはデイジーが憎らしくなるが、憎らしいと言っている場合ではない。
「――マニュアルとか、手順書とか、仕事のメモを探してるのよ。あの仕事馬鹿の先輩のことだから何か残してるはずよ!」
「マニュアル? ううーん。なんかそんなのあった気もするけどー……」
「どこ?!」
「ヌシの巣があるのはなんだか気分が悪いから、いなくなった最初の日に全部燃やしておいたよー」
「ばか! ばかばかーッ! 信じられない、信じられない! 人のもの勝手に燃やしてるんじゃないわよー!!」
デイジーの胸ぐらをつかもうとすると、同僚のフリージアが呆れ顔でやってきた。
「うるっさいわね……」
「だってこの子が!」
「はあ……そんなに困ってるなら先輩の家に行けば?」
もの凄く大きなため息をつきながら言う。
「エリザ先輩の家……?」
「あの先輩のことだから泣き落としすれば手を貸してくれるでしょ。ジェイド様もエリザ先輩が辞めたと思っていないみたいだし、いっそのことこっそり復帰してもらえばいいんじゃないの」
上司のジェイドは「今日もエリザは来ていないのか」と毎日言っている。しかも残念そうな顔で。
自分がクビを宣告したことなどまったく覚えていないかのようだった。天才魔術師の思考回路がどうなっているのか、誰も指摘はしない。そんな勇者はいない。
つまりエリザがひょっこり戻ってきたとしても、ジェイドは気にせず再び仕事を振り始めるだろう。
「――それよぉ! あのお人好しのことだもの。ちょっと泣き落とせば戻ってきてくれるはず……!」
希望の光が見えて、スカーレットは歓喜した。
フリージアは呆れたように続ける。
「そもそもあんたがエリザ先輩を辞めさせたせいで私たちの仕事まで増えちゃったんだから、責任取って連れ戻してきてよね」
「なによそれ。フリージアだって反対しなかったじゃない」
「ふん」
ぎすぎすした空気が立ち込める。フリージアは苛立ちを隠そうともせず外に出ていった。
「ケンカはよくないよぉ」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
◆ ◆ ◆
スカーレットはエリザが部屋を借りている宿屋に向かう。住所の情報は人事部から聞き出した。
隊長のジェイドはエリザを有給休暇の消化で休んでいると思っているらしい。その間に戻ってきてもらう。
もし戻ってこれなかったとしても、なんとかして仕事を手伝ってもらう。泣いて謝れば押し切れるはずだ。
シナリオを考えながら、スカーレットは職人通りを歩く。そして気づく。この道の魔導具が完璧に整備されていることに。
そしてその魔術刻印から気づく。この仕事はエリザによるものだということに。
「エリザちゃんなら出て行っちゃったよ」
宿屋の前で掃除をしていた女性にエリザのことを聞くと、あっさりとそう返される。
「どこにですか?」
「さあ、どこに行ったかはわからないねえ。律儀に今月分と来月分の部屋代を置いていっちゃったから、戻ってくるんだか来ないんだか」
その顔は寂しそうでありながら、どこか嬉しそうだった。エリザの新しい人生を応援しているかのように。
「生まれ故郷に戻ったのかもしれないし、新天地に行ったのかもしれないし」
「……そう、ですか……」
スカーレットの声は乾ききっていた。エリザの生まれ故郷なんて知らない。もう、追いかけられない。
(――やめよう)
希望を失った心は、スカーレットにそう囁く。
宮廷魔術師なんて人権の認められない職場、やめてしまえと。このまま続けていたら壊れてしまうと。
(そうよ……辞めちゃえば全部解決なのよ……あはは……うふふ……)
折れてしまった。自分を支えていた芯が、ぽっきりと。もう何もかもがどうでもいい。
「ねえ、もしかしてあなたがスカーレットさん?」
「……はい。そうですが」
「エリザちゃんあなたのこといつも褒めてたわよ。とっても美人さんで、とってもすごい魔術師さんなんだって。あなたもお国のために頑張ってね」
「…………」
女性の笑顔の前で、スカーレットは呆然と立ち尽くした。
どれぐらいの間そうしていただろうか。
「……あの、もしエリザ先輩が帰ってきたら――……いえ、なんでもありません。お騒がせしました」
スカーレットは、王宮に向けて歩き出す。石畳を踏む力を少しずつ強めながら。
(本当に、本当に、本当に――お人好しよね!)
スカーレットはエリザのことが大嫌いだった。
才能があるのに「わたしなんて」「これくらい誰にでもできますよ」と口癖のように言うところが大嫌いだった。
(できないわよ!)
スカーレットは自分の才能に自信を持っていた。だが、エリザと同じようにはできなかった。差を見せつけられるたびに、劣等感が刺激されて、そんなものを抱いていることを自分で認めたくなくて、認めないようにしていた。
「うっ……うっ……ひぐぅ……」
道の真ん中で、涙が零れ落ちて足が止まる。悔しくて、苦しくて、罪悪感で、涙が止まらない。
(あたしは、とんでもないことをしちゃった……)
研究成果の名前を書き替えて、自分の手柄として提出して。
それだけではない。モンスター退治の報告書も。他にも色々。どこまで何をしたか、自分でだって覚えていない。
どれだけ後悔しても、何もかもが遅すぎた。エリザはもうここにはいない。謝ることもできない。
後悔の底に落ちて、落ちて、落ちて――最後に見つけたのは、悔しさだった。
(むかつく……あたしの本当の実力なんて知らないくせに、勝手に才能があるとか言って……)
スカーレットは決めた。このままやめてなるものかと。エリザよりすごい魔術師になってやると。
才能ではかなわないかもしれない。だが努力でなら追いつけるはずだ。きっと。
歩き出す。力強く石畳を踏みしめて、仕事に戻るために。




