10聖女としての初仕事
王都内を、王太子と従者二人、そしてエリザという少人数で移動する。自国内といえ王太子がこんなに少人数で動いていいのだろうかと、エリザは勝手に不安になった。
(そもそも自分で隣国に行こうとしていた人だから、行動力があるのかな)
向かった先は上水道施設だった。
「なんとか直し直し使ってきたのですが、中央の魔導回路を直さないと無理という段階まで来てしまっています」
ステファンの説明を聞きながら、上水道のポンプ室を眺める。
上水道施設は、水源から水を大量に汲み上げるためポンプに、水を集めて浄化する施設、そして王都の各地へ水を運んでいく設備で成り立っている。そしてそのすべてに魔導具が組み込まれている。
魔導具を使用しない方法も考えられているようだが、まだ完全に置き換わっているわけではないようだった。
エリザは杖を手にしながら、施設内の設備を順番に見ていく。
そして最後に中枢制御の魔導具の前に来て、青いオーブに組み込まれている魔導回路を確認した。
「それではここを直して、ここから繋がっている水道関係を全部直しますね」
「そんなことが可能なんですか?」
驚くステファンに、エリザは笑顔で答えた。
「はい。繋がっているから簡単です」
制御装置の前で目を閉じ、青いオーブに意識で触れる。
この魔導具は旧式のものだが、つくりは丁寧で魔導回路も整然としている。こういう質の良い魔導具は、直すのも簡単だ。
エリザは水の流れの中に自分のマナを流し込む。
この水の流れに繋がっている魔導具すべての流れを正していく。水道で繋がっている、この街の姿が見えていく。広く、深く、潜る。
「――終わりました。確認をお願いします」
「もうですか?!」
施設で働く職員たちが、当惑の表情で確認に向かう。
「す、すべて正常に稼働しています」
「じゃあこれで終わりですね。次はどちらへ向かいましょうか」
郊外の風車を直して製粉所を稼働させ。
大時計塔と時を告げる鐘を直して時刻がわかりやすいように。
図書館の空調を直して本にとって最適な温度と湿度を保てるように。
王都にエリザのマナが巡る。
街は息を吹き返すように、本来の姿を取り戻していった。
◆ ◆ ◆
「聖女様、あなたは素晴らしい御方です。これで王都の魔導具整備は終了です。ありがとうございます」
王城に戻ったエリザは、庭でステファンから盛大な感謝を受けた。
「え? もうですか?」
「またお願いしたいこともありますが、重要施設のものは終わりました。さすがは王太子殿下の見つけられた聖女様です。どうかこれからもこの国のために、その御力をお貸しください。それではわたくしはこれにて失礼します」
言って場内に入っていく。
エリザも続こうとしたが、雇い主であるレヴィンが動かない。護衛騎士のアレクも。
レヴィンを見ると、レヴィンはうれしそうに笑っていた。
「エリザ、本当にありがとう」
「いえいえこれぐらいは、魔術師なら誰にでもできますよ」
「謙遜しなくていい。君は素晴らしい魔術師だ。あとで報酬を渡そう」
報酬という言葉に心が躍る。
認められるのは嬉しい。それが金銭価値という目に見える形になるともっと嬉しい。
「それにしても、君がいなくなってブラック国も混乱しているんじゃないだろうか」
「あ、それは大丈夫だと思います。あちらには優秀な魔術師がたくさんいますから」
上司も同僚も後輩も、みんな優秀な宮廷魔術師だった。
エリザ一人がいなくなったところで問題など起こるわけがない。
「それに、万が一の時にわたしのしていた仕事をまとめたマニュアルもつくっていますので、きっと大丈夫です!」
「……なら、いいんだが」
レヴィンは少し気がかりがあるようだったが、気を取り直すようにかぶりを振り、エリザを見る。
「あちらの国のことは詳しくはないが、私にとっては君は最高の魔術師だ。魔術師の記録はたくさん読んできたけれど、君ほど力のある魔術師はいままでいなかった」
「そんなわけは……」
国の代表として赴いた魔術師の実力が、エリザより下だなんてことはありえない。
「エリザ。君は自信を持っていい。君は、この街とこの国を――そこに住む人々を救ってくれているんだ」
言葉も声も眼差しも、雪を解かす春の光のようにあたたかい。
(自信……)
――思い上がるな。
かつての上司の氷のような言葉を思い出し、エリザは首を横に振った。
自分の仕事が喜んでもらえているのは嬉しい。けれども、自分の力を過信してはいけない。いつでもさらなる上を目指さなければならない。
「エリザ、あと少しだけいいかな。君にぜひ見ておいてもらいたい場所がある」
レヴィンとともに向かった先は、城の地下だった。護衛騎士も途中で離れてふたりきりで、白い螺旋階段を下りていく。
深い穴だ。足を滑らせて落ちてしまえば、暗闇に飲み込まれて二度と上がってこれなさそうなほど。
備え付けの魔導ランプは直してあるので明かりの不安はないが、できることならいっそ飛んで下りたい。
「足元に気をつけて」
レヴィンに守られながら、ようやく最深部に辿り着く。
ごつごつとしたむき出しの地面に、光り輝く杖が刺さっていた。暗闇の中に、ぽつりと。光はまるで脈動するように、強まったり弱まったりを繰り返している。
「こんなところにも魔導具が?」
「これは魔術王の杖だ」
「えっ? 魔術王の?」
魔術王とはブラック皇国の歴代最高の魔術師を讃える言葉だ。
200年前に生まれ、50年前に没したと言われているが、いまもまだ生きているのではと噂されている存在だ。
その力はまさに神憑り――天地の道理を知り、世界に魔導を敷き、すべてを手中に収めていたという。
その魔術王の杖が、どうしてホワイト王国の城にあるのか――……
「100年前、この国で大災害が起きた。山は割れ、川は氾濫し、多くの死傷者が出た。そのとき、魔術王が自らの杖をマナの地脈の根源に刺し、そのおかげで大災害は静まったらしい」
それがいま目の前にある杖なのだろう。
「ここが、この国のマナの根源なのですね」
マナには天から降るものと、地から湧き出すものがある。そして大気に満ちる。
「レヴィン様、その大災害ってこの国に魔術師が生まれなくなったのと同時期のことですか?」
「ああ、そうだ」
大災害と魔術師が生まれなくなったことには、何かの関係があるだろう。少なくともマナの流れが大幅に乱れたのは間違いない。
「この杖がマナの流れを静めているおかげで、我が国の魔導具はかろうじて動いているらしい。国は、この杖によって支えられている」
エリザは杖を見つめる。
杖に魔導回路が仕込まれているのか。魔術を杖で留めているのか。興味は尽きない。触れて調べてみたいが、変に作用すると大変なことになる。
――例えば、国中の魔道具が動かなくなってしまったり。
ぞっとして後ろに下がる。これは軽々しく触れていいものではない。
「貴重なものを見せていただいてありがとうございます。わたしも、偉大なる魔術王に見られても恥ずかしくないような仕事をしますね」




