睡眠時間売ります。
「おいっ! 浜さんっ! あんた、睡眠時間を売ってるだろう?」
時間を売り買い出来るようになって久しい。
初めは時間を抽出する装置が高価だったから、もぐりの業者なんていなかったが、今では闇での時間の売り買いなんざ、当たり前だ。
ここのところ、ホームレス仲間の浜さんの様子がどうもおかしい。
「源さん、あんたには、関係ねぇだろう」
浜さんは面倒臭そうに言った。
「浜さん、睡眠時間を売るのは手軽だが、危険過ぎる。疲れが全く取れていないことは、自分が一番良く分かるだろう?」
「うるせぇ! 俺は現場に行く」
そう言って、浜さんは、今日も工事現場に肉体労働をしに行った。
「睡眠時間を売るって、そんなにヤバいのかい?」
他のホームレス仲間に聞かれた。
「ああ、ある意味、徹夜を続けるよりマズい」
そんなところに知らせが入った。
浜さんが高い所から落ちて死んだと。
一緒に働いていた智さんが話してくれた。
「少し高い所で作業したら、日当3千円アップするって聞いてよぉ。俺、浜さん、調子悪そうだから、やめとけって止めたんだけど。あいつ、聞かなくってよぉ。あいつ、3千円のために死んじまった」
俺は、言葉が出なかった。
「なぁ、あんたが源さんなんだろ? 浜さんから、『俺にもしものことがあったら、源さんに頼んで欲しいことがある』って言われてることがあるんだ」
私は、ある病院を訪れた。
「こんにちは、わたくし、浜田育夫さんの友人で田中源と申します」
「実は、育夫さんが昨日、工事現場の事故で亡くなりました」
「いえ、そういうことではないんです」
「実は、このお金をお嬢さんの治療費として使って欲しくて持ってまいりました」
「このお金は、本当に、育夫さんが命を削って手に入れたお金なんです」
「お気持ちは分かります」
「ですが……、ですが……、お願いです……、どうかお嬢さんの治療費として、使ってあげて頂けませんでしょうか?」
病院の玄関を出て、駐車場にさしかかったとき、ちょうど高級外車が止まり、仕立てのいい三つ揃いのスーツを着た2人の若い男が降りてきた。
2人の会話が聞こえてしまった。
「いやぁ~、睡眠時間を買って足してるってのに疲れが取れなくってね」
「ははっ、安物のホームレスの睡眠時間でも掴まされてるんじゃないか?」
私は思わず駆け出して、そいつらに殴りかかろうとしてしまった。
しかし、どこに隠れていたのか、ホームレス仲間たちが飛び出して来て、私を取り押さえた。
叫ぼうと思ったが、口も押えられた。
2人の若い男が行ってしまうと私は解放された。
私は黙ってアスファルトに拳を叩きつけた。
何度も何度も叩きつけた。
ただ赤い血の跡がアスファルトに刻まれて行った。