商人街
冒険者協会から出たラルフは南西の区画、商人街に来ていた。
広々とした道を人も馬車も忙しなく動いている。道にシートを敷いてその上に商品を並べている人もいれば、馬車に大量の荷物を積み込む人、商品片手に売り込む人など様々な人がいる。
その中を進むラルフにもいろんな声がかかる。商品を見せてもらったり、買ったりしながらフレディさんのことを知っている人を探す。
「あ、これ美味しい。」
ラルフが食べているのはブタの肉を串にさして焼いたものだ。表面がカリッと焼いてある肉を口に入れて噛むとジュワッと肉汁が染み出す。かるく振ってある塩と相まって美味い。
ラルフは次々に口に放り込み、すぐに一本食べ終えてしまう。
「次は誰に聞こうかな。」
串を道端のゴミ箱に捨て辺りを見回す。道に広げられている商品にラルフの興味を引くものがあった。
「いらっしゃい。」
「こんにちは。これ魔鉱石ですよね?」
「そうだよ。興味あるかい?」
魔鉱石とは魔力が通りやすく、付与魔法が定着しやすい性質を持った鉱石のこと。装備や魔道具の素材となる。
この商人の男は大小様々な魔鉱石を売っているようだった。
「その箱の中のものはいくらですか?」
ラルフは端にある木箱を指さして聞く。中には直経3cm程度の小さな魔鉱石が入っていた。
「これかい?これは…10個セットで40000Gだね。」
「結構するんですね。」
5日分の宿代と考えると安くはない。ただ少し気になる間があったな。商人の男はどこか緊張している気もする。確かめてみるか。【嘘看破】
「40000Gなんですね?」
「ああ。」
男の言葉から嘘であることが伝わってくる。【嘘看破】は相手が嘘をついているか否かを判別するスキルだ。嘘の内容までは見抜けないがそれでもかなり便利なスキルである。
「うーん、今回はやめて…。」
「おまえ!聞いていれば、1個3000Gがいいところの物を4000Gで売ろうなんて汚いことしてんじゃねぇよ!」
断りを入れて立ち去ろうと思ったら横から1人の男が乱入してくる。男はそのまま商人の男に詰め寄ると厳しく叱責する。
「お前みたいなのがいるから!俺たちの商人が…」
「ま、まあまあ、落ち着いてください。」
そのまま立ち去っても良かったのだが商人の男が不憫に見えてつい仲裁に入ってしまった。
「すまなかったよ。お詫びの印に25000…いや、20000Gで売らせてもらうよ。」
商人の男は憔悴した様子で言う。
思いがけず値切りした形になってしまった。すこし申し訳ない気もするがその値段で買わせてもらおう。
「では、20000Gで。」
1万硬貨を2枚出して渡そうとする。
「ちょっと待ちな。」
商人の男に硬貨を渡す寸前で手首を掴まれた。
そこにいた3人は揃って手首を掴んだ人物を見る。
手首を掴んでいるのは灰色の髪を短く切ったお婆さんだった。体は細く、全然そうは見えないのに、手首を掴む手は意外な程に力強い。そしてその瞳には見た目にそぐわない鋭い眼光が灯っていた。
「げっ、マチルダさん。」
「げっ、とはなんだい。あんたたち、こんな金持ってなさそうなガキに何してんだい。もっと金持ってそうなやつを狙いな。」
「おいおい、いくらマチルダさんでも商売の邪魔は勘弁してくれよ。」
「悪いがコイツはうちの客でね。」
なんか失礼なことを言われた気がする。というか客?この人のこと知らないんだけど。
「ったく。コイツは連れてくよ。」
「え?あの…」
掴まれた腕をそのまま引っ張られる。ラルフは戸惑っているうちに男たちから離れたところまで連れて行かれてしまう。
「あの、ちょっと…」
「なんだい?」
やっと立ち止まる。
「どういうことですか?」
「ああ?あんたは騙されてたんだよ。なにが20000Gだ。あれならせいぜい10000Gってとこじゃないか。」
つまりは…
「あの2人はグルだよ。」
「ええ!?」
「アイツらがよく使う手なんだよ。1人がふっかけて、逃げられそうになったらもう1人が出てきて嘘の相場で責め立てて、謝らせるふりをして、2倍くらいの値段で売りつける。自分のために怒ってくれたと思えば、警戒心が低くなるしね。現にあんたは2人目の男には【嘘看破】を使わなかったろう?」
「………」
たしかに、警戒しなかった。勢いに流された感じもするけどそれも含めて彼らの作戦だったんだろう。ん?ちょっと待って?
「なんで僕が【嘘看破】使ったってわかったんですか?」
「長年の勘だね。」
「勘……」
勘でスキルを見破られたらたまらないんだけど。
「冗談だよ。スキルを使うには魔力、または気力…スタミナって言った方がいいかい?それを使う。なんかしらのエネルギーを消費するんだ、使ったやつには変化が起きる。雰囲気やら空気やら曖昧なもんだけどね。それでなにかスキルを使ったんだと推測した。あとは、あの場面で使いそうなスキルから当たりをつけたってわけさ。」
「…そんなことができるなんて知りませんでした。」
「あまり一般的な技術じゃないしね。知ってるやつなんてそうはいないよ。」
相手のスキルの発動を読む技術なんて便利な技術、なんで普及してないんだ?
「冒険者とかには不向きな技術なんだよ。戦闘中にこんな悠長なことしてたら殺されて終わりじゃないかい。」
スキルの種類までは読めないんだもんな。でも、スキルの推測までを高速で完了出来れば…
「ところで、あんたがラルフ・オーディで間違いないかい?」
考えごとに没頭しそうになったラルフをマチルダの言葉が引き止める。
「…はい、そうです。なぜ、僕の名前を?」
「フレディのやつから聞いたんだよ。そのうち商会にあんたが訪ねてくるはずだってね。で、歩いてたらフレディのことを探しているあんたがいて、もしかしてと思って声をかけたんだよ。」
「そうだったんですか。ありがとうございます。」
「そうでもなきゃ助けないよ。あんたがフレディの客じゃなかったら無視してたね。あんなの騙される方も悪い。」
「うっ、すいません…」
「ふん、商人相手に気を抜かないことだね。商人ってやつは儲けることに貪欲な奴らばかりだからね。」
「気をつけます。」
突き放したことを言う割にそんな忠告をしてくれるあたり根はいい人なのだろう。
「ほら、行くよ。フレディのやつに逢いに来たんだろう?」
「はい。」
ラルフは歩き出したマチルダさんの後に続いた。
少しすると一つの建物の前でマチルダさんは足を止める。
商人街の中でも1、2を争う大きさの建物だ。門にはラスティ商会とある。
「ここだよ。」
そういうと、門をくぐる。
手入れされた庭を抜けて建物に向かう。すれ違う人達がマチルダさんに会釈をして通り過ぎていく。この人結構偉い人なんじゃ。
「会長!」
建物の方からフレディさんが走ってくる。
「会長?」
「ん?ああ、自己紹介がまだだったね。私はマチルダ・ラスティ。五代目のラスティ商会会長だよ。」
「え…」
絶句するラルフ、マチルダさんはヒッヒッヒッと愉快げに笑っていた。




