いつもの朝
天職
それは誰しもが持つ才能の形。
『戦士』ならば、強靭な肉体を武器に戦う近接戦闘のスペシャリストに
『魔法使い』ならば、多彩な魔法を扱い後方から敵を蹂躙する攻撃の要に
『料理人』ならば、あらゆる食材を調理し美食を生み出すシェフに
他にも『剣士』『狩人』『回復術師』『大工』『商人』『農家』……
世界には数えきれないほどの天職が存在する。
そしてここに新たに天職を授かろうとしている少年が1人。
彼はラルフ・オーディ。
この日、10歳の誕生日を迎え、天職授与の儀のために教会に来ていた。
「きみの天職はありません」
「はい?」
「もう一度いいます。きみの天職はありません」
「……えぇーーーーーーーーーーーーーー!?」
……少し事情が異なるようですね。
──数時間前
身支度を整えているとドアがノックされる。
「ラルフ、起きていますか?」
母が起こしに来てくれたようだ。
身支度を手早く終わらせ返事をする。
「はい!着替え終わったところです」
「おはようございます。今日は早起きですね」
「おはよう。母さん」
ドアを開け、温和そうな女性が入ってくる。
母のクレアだ。
優しくて、温かい人でいつもにこにこしている。
しかし、昔は凄腕の魔法使いとして色んなところを冒険したらしい。
かなりの有名人でクレアと戦う相手はその名を聞いただけで震え上がったらしい。
母にその話をすると、そんなことないと言うが、父や僕を怒るときの様子を見ると嘘じゃないんだろうと思う。
顔は笑っているのにものすごく怖いんだ。いや、本当に。
「なにか失礼なことを考えていませんか?」
「そ、そんなことないよ」
考えていたことを見抜かれたようでラルフは焦る。
母はこういう勘が鋭い。
隠し事もすぐにバレてしまう。
「それより、天職授与は何時だっけ?」
「10時からですよ。楽しみですか?」
「それはもう!自分の天職がなにか気になって昨日はなかなか寝られなかったよ」
「あらあら。顔を洗ってらっしゃい。その後、朝ごはんにしましょう」
「はーい」
天職授与の儀。10歳の誕生日に天職を授かる儀式。
教会で祈りを捧げて神から天職を授かるのだ。
授かった天職をもとに今後の進路を考えることになる。
だいたいは天職ごとの学校に行ってその天職のことを学ぶことになる。
もちろん天職と違う仕事をしてもかまわない。
顔を洗ってリビングに行くと新聞を広げた父、ルドルフがいた。
「おはよう。父さん」
「ああ、おはよう、ラルフ。よく眠れたかい?」
ルドルフはこの町で酒場を営んでいる。
天職は『料理人』で作る料理は絶品、町で人気の酒場となっている。
「ふふ、この子ったら楽しみでなかなか寝付けなかったみたいよ」
クレアが朝食をテーブルに並べながらそう言った。
「仕方ないじゃない。楽しみなものは楽しみだったんだから」
「そうだな。俺も前日の夜はなかなか眠れなかったよ」
「ふふふ、私もそうでしたね。ラルフ食器を並べてくれる?」
「はーい。母さんも人のこと言えないんじゃないか」
朝食の準備をしながら楽し気な笑い声が響く。
「ごちそうさま」
「まだ時間があるけど、どうするの?」
「お店の手伝いがないなら、鍛錬に行ってこようと思うんだけど」
いつもならルドルフを手伝ってお店の準備の手伝いをするのだが、今日は儀式もあるし先に鍛錬をしてしまいたかった。
「今日の仕込みは終わっているから大丈夫だぞ」
「じゃあ、鍛錬に行って来るね」
「気を付けてね。あと時間を忘れないように」
「わかったよ、母さん」
リビングを出て一度部屋で鍛錬の準備をすると玄関に行く。
靴を履いていると2人が出てきた。
「どうしたの?」
「言い忘れていたよ。お誕生日おめでとう」
「おめでとう。ラルフ」
自分でも忘れていた。頭の中が天職のことでいっぱいになっていた。
ラルフは父と母に満面の笑みで答える。
「ありがとう! いってきます!」
ラルフは青空のもとに駆け出した。
クレアとルドルフはその後ろ姿を10年という時間を感じながら幸せそうに見送った