竜害
『竜害』
この単語を知らぬ者は、この世界にはいないだろう。
誰もが認める世界最強の生命体、竜種。その多くは、強靭な四肢と爪を持ち、古木の大樹が如き尾を振るい、ギラつく瞳に、攻撃的な牙と鋭い角を生やし、大翼で空を舞い、その息吹は万物を焼き尽くす。
それは逆鱗を持たない亜竜ですらも、恐れられるほどの怪物だ。
彼らが、人の都を気まぐれに襲う災害、それを『竜害』と呼んだ。
本日は、そんな『竜害』の中でも、代表的な三種をご紹介しよう。
まず、一つ目。
世界最大の迷宮〔パンドラ〕と名を同じくする、奈落竜パンドラ。
その竜が、迷宮より這い出でることはない。迷宮そのものであるその竜は、迷宮の最奥部にて、探索者の生贄を待ち続けている。だが、それでも、害はあるのだ。
〔パンドラ〕には、数多くの竜種が生息しており、最大にして最難関と呼ばれる迷宮。だからこそ、スタンピードを防ぐことなどできず、周期的に奈落の入口は、竜種の群れを吐き出し続けている。それを止めるには、奈落竜を討伐するほか無く、それは今の時点では、不可能を意味する。
では、二つ目。
かつて、北の大国を滅ぼせし邪竜、氷雪の属性竜より産まれた突然変異、蒼白竜デスノート。
その竜には、近づくことすら能わず。死の概念を与えられた雪を降らせる孤高の竜。かつて、北の大国があった地に、『死の雪原』と呼ばれる縄張りを持つ無慈悲の権化。自殺に赴いた者は、そこに氷骨竜と呼ばれる彼の竜の眷属を見たと言う。その美しさに心打たれ、踏み入ることなく帰ってきたのだと。
北の大国を滅ぼしてより、幾年月、その竜が動いたことはないけれど、動けば、幾千幾万幾億の命が散り果てることは確定している。されど、こんな噂がある。死した者は不死者となって蘇り、永遠を彼の竜の友として過ごすのだと。
さて、三つ目。
竜種の中でも、別格である五色竜、その二種である黒鉄竜と白銀竜との間に産まれた突然変異、白金竜プラチナ。
その竜は、最硬の竜たる黒鉄竜よりも、なお硬く、最速の竜たる白銀竜よりも、なお疾い。その息吹は、空間を破壊して防ぐこと能わず。その強さは、竜の王すらも超える覇者、同胞たる竜種すらも見下す傲慢の権化。
気まぐれに、人を助け、人を襲い、そのすべての行動が災害になり得る絶望の導き手。彼の竜に出会ったならば、己の幸運を呪うが良い。神は憐憫をもって、素晴らしき来世を約束するだろう。
以上が、代表的な三種の『竜害』だ。どれも、人の手に負えるものではなく、だからこそ、不確かな噂が流れている。儚き希望は、容易く絶望に変わると知っていても……。