友達から恋人へ
私は他のみんなと比べても自分の殻にこもりやすくて、あがり症だった。とにかく人と話すのが嫌いだった。話している人が自分のことをどう思っているのだろうと考えるだけで怖くなって、人の顔をまともに見ることもできなかった。そんな自分を隠すために、休み時間は寝たふりをして、給食は黙々と食べた。授業は先生と目を合わせないようにして、授業が終わればすぐに帰宅準備をしていた。そんな愛想のない私はすぐにクラスで孤立して、空気のようになっていた。それでもたった1人だけ私に優しくしてくれる男の子がいた。名前はさとる。同じクラスで小学校も同じだった。いわゆる幼馴染である。
さとるはいつも優しかった。私が一人ボッチの時は必ず声をかけてくれたし、話しかけたときは他の人と話していても優先してくれた。いつからか私の日記にはさとるが登場しないページはなかった。それくらい私のなかでさとるは支えになっていた。
私が高校生になった時、さとるのいない高校生活が始まった。もちろんさとると同じ高校に行きたかった。でもさとるは頭が良くて、私は懸命に試験勉強したけれども結局さとるには及ばなかった。それでも通信アプリのMIMEを通じて、さとるとのやり取りは続いた。私はさとるに恋していたんだと思う。さとるがいてくれれば、きっと何も怖くない。幸せだ。最高の友達のはずだったさとるが、いつからか私の中でそれ以上の存在になっていた。
『さとる、話があるの』高校2年生のある休日の朝に私はさとるにメッセージを送った。
『ん?どうした?』とさとるはすぐに返事をくれた。
今までにないくらいドキドキした。一文字打つたびに指が震えた。何度も文字を打って、何度も消した。そうしているうちに20分が経過して、「やっぱりなんでもないや(笑)。ごめんごめん(笑)」って逃げたくなった。でも、この気持ちは本物だった。ううん、本物にしたかった。さとるに想いを伝えたい。だってさとるは私にとって唯一話せる人で、私に楽しさを与えてくれるから。私も恩返しがしたかったから。
『あのね、さとる。』
『私ね、さとるのことが好きなの』
そうして次の文章を打とうとしたとき、急に着信があった。私は驚きのあまり、ふぇぇぇと変な声が出てしまった。私にとってさとるとの初めての電話だったから余計に緊張して、スライドするだけの操作が妙にぎこちなくなってしまう。違う位置をスライドしてしまったり、すぐ指を離してしまってスライドができなかったり。本当にあがり症の私らしくて、後で思い返すと呆れてしまう。
ようやくの想いで、スライドを終えて耳にスマホをあてる。
「も、もしもし?」声が震えるし、か細い。
「おうおう。ようやく取ったか。遅いぞ、まったく。」
あぁ、さとるの声だ。中学の時より声が低くて、私は懐かしいような、改めましてのような自分でも分からない気持ちで胸がいっぱいになっていた。そんな思考を遮るようにさとるの声が聞こえた。
「…おーい。聞いてるかー?あれ…?電波悪いのかな。おーい。」
ボーっとしていたみたいで、さとるが私を心配していた。
「んああ!ごめんごめん!き、聞いてるよ?」
「ボーっとしてただろ(笑)。まぁいいや。それで、MIMEの話なんだけど、俺が今から家に行くから待ってろ。いいな?」
「え!?どどどどどうして!?」
「そういう大事な話は面と向かってするのが普通だろ?」
「そ、それはそうだけど…」
「だから待ってろ。じゃあ行くぞ。」
強引に押し切られてしまった。でももし面と向かって告白することになったら、私はきっと気絶してしまう。文字を打つだけでも、指が震えるし、20分もかかってしまった。そんな私がどうやって面前のさとるに告白できるというのだろうか。とにかくさとるが刻一刻と迫っているのだから何とかしなくては。まずは部屋をきれいにして、オシャレしないと。そうして私はあたふたし始めた。
さとるの家から私の家までは徒歩で15分ほどだから、遠く離れていない。いつもなら15分なんてマンガ読んでいたら終わるし、さとるのことを考えていたら終わってしまう。そのくらい短い15分が今はすごく長い。秒針が動くたびに、心臓の鼓動が聞こえてくる。いつもより時間が遅く感じられるのに、目に映る分針はどんどん進む。怖くなる。さとるが来ることが。15分経ってしまうことが。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。私の緊張は最高潮に達した。ゆっくり玄関を開けると、そこには少し背の高いさとるが居た。少しだけ話をして、私の部屋に上がった。向かい合うように座って、すこしの沈黙が2人の間を支配した。
先に口を開いたのはさとるだった。
「あのさ、俺も好きだった。」
「え…?」時間が止まった。彼の口から聞こえた言葉が分からなかった。
「だから、好きだったんだよ。お前、俺と居るときだけ笑ってくれただろ?俺がいない時は机に突っ伏すだけのお前が俺と居るときはちゃんとこっちを見て、時には笑ってくれる。それだけなのに、すごくうれしくて、いつからかもっと笑顔が見たくなっていた。」
私はさとるの言葉を聞き、目を見開いた。と同時に、目元が熱くなって、顔の温度が上がってきた。
「お、おい。なんで泣いてるんだ?」さとるが私の顔を見上げながら、おそるおそる聞いてきた。
「え?…あれ、なんで泣いてるの。」気づいたら、涙が頬をつたっていた。でも言いたいことがある。言わなきゃいけないことがある。そのためにさとるは来てくれたんだから。私は目を服で拭って、さとるの顔を見た。相変わらずさとるの表情は心配そうで、眉をしかめて困り顔をしていた。
「わたしも、わたしもね、さとるが好き。大好き。これからも一緒にいてね。」言葉にすると恥ずかしさが襲ってきた。まさか自分が告白できたことに驚いて、同時に恥ずかしくて私は目を閉じた。
(あたたかい…?)
ふと目を開けると、さとるが私を抱きしめていた。正面から私を包み込むように抱きしめてくれたさとるの腕は力強くて、それだけで安心した。
「ああ。もちろんだ。」さとるの短い返事がすぐ近くの私の耳に届いた。私は嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。
(ありがとう。さとる。)最高の友達だったさとるは今日から私の最高の恋人になった。私がこの日を忘れることは絶対にないと強く確信した。
初めての作品になります。
表現力や文章構造など目に付くところがあると思いますが、優しい目を持って読んでいただけると嬉しいです。