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また爆ぜる日まで

作者: 我有一轍

 二両目の真ん中にあるロングシートへ座ると、俺の幼馴染みは向かいの椅子へ腰を下ろした。日があたる暖かい場所だ。


 電車内の乗客は俺と幼馴染みだけだった。


 車掌が笛を鳴らして後ろの運転席へ入る。


 真面目な車掌に向かって、幼馴染みが舌を出していた。


 電車が動き出すと静かな時間がやってくる。思えば、高校に入ってから電車の中で幼馴染みと会話したことがない。会話はないが、互いの背景を眺め合う仲だった。田園風景と言えば聞こえはいいが、田んぼと山しかない退屈な景色である。



「ねぇ」



 俺は暇つぶしに持ってきた小説を取り出そうと鞄をあさっていた。



「ん?」


「ん? じゃないって。こうやって通学するのも最後なんだよ?」



 幼馴染みが、今日という日を惜しむべきとでも言いたげな顔をするので、俺は訂正を求める。



「卒業式なんだから当然だろ?」


「はぁー、つまんない反応!」


「そっちこそはしゃぎすぎだ。卒業式くらいで」


「それがつまんないの!」


「お前のつまんないに付き合うのは中学で卒業したんでね」


「あ! 勝手に卒業するなよ! もっと付き合えよぅ!」


「それはごめんだ」



 ふて腐れるかと思いきや幼馴染みが背筋を伸ばしてまっすぐ見つめてくる。


 なにを改まっているのか。



「今日は卒業式です」


「なんで仕切り直した?」


「卒業したらどこに行くの?」



 幼馴染みへ進路を語ったことはない。車中でも車外でも会話なんてしないのだから当然だった。



「東京の大学だ」


「そっか」



 幼馴染みの寂しそうな顔は、俺にとってはトラウマである。


 それだけで落ち着かなかった。


 今でこそ賑やかなこいつは、家に一人でいることへ耐えられず、髪をむしるは爪を噛みちぎるは、見ていられない幼少期を過ごしていたのだ。見かねた両親が預かると言いだしたのも無理はない。それからの腐れ縁だった。


 卒業式へ向かう電車は、暖房が効いていて太陽の光で満たされていた。鉄道を踏む車輪が一定のリズムを刻み続ける。山と田畑が時間でも稼ぐように、いつもより大きく窓の外へ広がっていた。高校まで行かせないつもりのようである。


 俺たちは、三年間も休みなく会話もせずに通学してきた。静寂はいつものことなのだ。それなのに、幼馴染みの寂しそうな顔と沈黙に耐えられなかった。



「そっちは?」


「え? なに?」



 幼馴染みが驚いた顔をする。



「進路はどうなってる?」


「あ、ちょっと待ってね」



 不安が消えて嬉しそうになる。


 俺はそれだけで満足だった。


 幼馴染みが、どんな進路を言い出しても構わないくらい安心していた。


 それは油断でもあった。


 ふいに強烈な破裂音がして、俺の頭へ細長い紙テープが降り注いだのである。


 誰だって蜘蛛の巣に頭を突っ込んだら嫌だろう。


 俺は昔から紙テープの絡みつく感じが苦手だったし、それは蜘蛛の巣に匹敵した。



「う、うわあああ!」



 錯乱して、座席からずり落ちる。


 幼馴染みが小さな三角コーンを持ってニヤニヤしていた。



「お、お前! 電車の中でクラッカーをぶっ放す奴があるか!」


「お父さんに許可はもらってるよ」


「ぐ、計画的な犯行か!」



 俺はとっさに運転席へ目をやると、車掌が敬礼をしていた。


 車掌と幼馴染みは親子であった。



「この火薬バカめ!」



 俺は、体にまとわりつく紙テープをぐしゃぐしゃとまとめて幼馴染みへ投げつける。



「おっと、後始末ありがとう」



 反射神経のいい幼馴染みはあっさりと俺の反撃をキャッチして鞄へしまった。


 小学一年の時、我が家の庭先でやった花火が寂しさを克服したきっかけだったと思う。以来、祭りと花火に取り憑かれて騒ぐことしか考えていないのだ。



「なんのつもりだ!」


「んー、喜ばないか。なら、これあげる」



 今度は鞄から上級カップラーメンを取り出し、俺に投げ渡した。



「私は花火師になるんだ」


「なに?」


「私みたいに火薬で救われる人もいると思うんだよね」



 いよいよ脳内で火薬を分泌し始めたらしい。



「でも、私が立ち直るのに花火だけじゃダメだったから、そっちのかやくを任せる」


「かやくって、乾燥野菜くずのことか?」



 幼馴染みは、花火で回復したあと、ラーメンのかやくがなぜ爆発しないのかと熱心に調べていて、それに付き合わされたことがあった。



「そう。それを改良して、ラーメンを爆発させて。そうしたら楽しいと思うんだよね」



 これぞ火薬バカの真骨頂である。



「バカバカしい」


「そんなことない」



 どこまでも本気な声であった。真剣なのだ。目を見ればわかる。花火とラーメンに救われたのではないらしい。一緒に楽しむ相手が欲しいのだ。寂しさへ苦しむ子供を救う手伝いを俺にさせたいのだろう。


 俺は贈り物を鞄へしまい、座席へよじ登る。


 幼馴染みが期待の眼差しを向けたまま黙り込んだ。


 俺も沈黙で応戦した。


 中学で卒業したんだ。


 明日からこいつのことを気にしなくていい。


 それなのに、四年後にはまた山と畑しか見えないこの電車に揺られている気がした。


 俺の頭の中は、なぜか爆発するラーメンを作ることで頭が一杯だったのだ。

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