悩み
僕は受け身を取れず、自分の全体重と倒れる速度を合わせた衝撃を鼻に受けた。それはもう痛かった、打ち付けた瞬間、視界に火花が散った。両鼻から鼻血はドバドバ出るし、その時は本当に鼻が取れたと思った。床に転がり、悶絶するそんな僕を見て宮下先輩はゲラゲラ笑うし……橋本先輩に至っては羨ましそうに指を咥えて眺めているし……。
「で、制限って例えばどんなのがあるんですか?」
この質問も好奇心だ、僕はティッシュペーパーを詰めた鼻を擦りながら言う。
「ん~、一度に一人にしか使えないとか、十秒ほどで解けちゃうとか、近くじゃないと使えないとかですかね」
「結構不便ですね」
「そうですね、あんまり使えません、それこそ、変質者とか暴徒に襲われた時ぐらいしか」
暴徒に襲われるってどこの世紀末だよ……。
「ま、入部の件は考えておきますね、私としても能力者のコミュニティーと言うのは魅力的なので、……今はちょっと立て込んでまして……」
そこで橋本先輩は表情を暗くする。
「何か悩みでもあるのか?」
宮下先輩が身を乗り出し、良ければ聞くぞと言う。
この人は困っている人はほっとけないのだ。この人と知り合ってたった数か月程度だがそういう場面を何度か観てきた。
持ち前の明るさと、誰にでも気兼ねなく接することが出来る性格、この人に助けられた人は少なくないだろう。
こういう性格だからこそ、今日知り合ったばかりの橋本先輩の悩みを聴こうとできるし、そういう性格だからこそ、孤独な能力者の為に同好会を作ろうと思い立ったのだろう。
「い、いえ、私事なので……それに今日知り合ったばかりの人に、そんな図々しいこと出来ません、お気持ちだけでもとても嬉しいです」
橋本先輩は両手と首を振る。
「無理にとは言わない、けれど、誰かに話すだけでも全然違うぞ、なに、ヌイグルミにでも独り言を言う感覚で喋って貰って構わないし、これは私が好きでやっていることだ、人助けは気持ちいいからな趣味みたいなものさ。力を貸せるなら貸したい、何度も言うがこれは私がしたいからやっていることだ、迷惑だなんて考えなくていいんだ」
宮下先輩は「あ、話しにくいことなら無理に話さなくていい、もし、話してくれても絶対に他言はしないから」と付け加える。
橋本先輩は少し逡巡し、意を決したように口を開いた。
「じゃあ、今日知り合った人に相談するのは少し躊躇われる、家庭の話なんですけれど、聞いてくださいますか」
「ああ!」
宮下先輩は力強く頷いた。
読んでいただきありがとうございます。」




