取り敢えず
周囲を見渡し、手足が拘束されていることに気が付いた藤田は、目を見開き、顔を引きつらせた。
「すまない、ほんの出来心だったんだ」
声を上ずらせた藤田はそんなことを言う。
「今から言い訳しても遅いですよ。先生。この目で見ましたからね」
僕は椅子ではなく、机に腰を下ろし、藤田を見据える。
橋本先輩は宮下先輩の背中を擦ってあげている。
「うう……分かった。体育の成績を満点にしよう。頼むからこのことは言わないでくれ」
藤田は体育を受け持っている。
「ねえ、僕たち高校生ですよ? 馬鹿にしないでください」
僕は苛立ちを隠すように足を組む。
「……いくら欲しい?」
藤田は項垂れていった。
「は?」
「いくら、欲しい?」
金をやると言ってくる藤田に僕は呆れて首を横に振った。こいつは駄目だ、根本が腐っている。
「……先生、僕らはお金が欲しくてこんなことしてるんじゃないんですよ。気絶したままじゃ運べないからここに運んだだけで、目を覚ました今、直ぐに連れていきます」
僕はそう言って、藤田の足を拘束しているビニールテープを解く。
「さあ、立ってください」
行きますよと僕が背を見せた時、藤田は動いた。それと同時に宮下先輩が叫んだ。
「後ろ!」
藤田は自由になった脚で僕の頭を狙った蹴りを繰り出す。
宮下先輩に叫ばれて、気が付いた僕は遅れて反応する。それにより、頭に当たるのは免れたが肩に蹴りを受けてしまう。
眉間に力を入れる。
――瞬間、オレンジ色の室内は白黒に染まり、僕も含めたすべての動きが、時間が止まる。
前のめりになった僕、ギリギリ倒れこむ前には間に合った。
視線を動かし、視界の隅で藤田を捉える。禿げあがった頭の下に醜くゆがんだ顔がある。胸の奥がすう、と冷える。
久しぶりに頭にきた。
三。
手の位置、脚の位置を確認する。
二。
頭の中で動きのイメージをする。
一。
覚悟を決める。
零。
刹那でオレンジ色に戻る視界、僕は床に手を突く。それを軸に転がるように藤田に向き直り助走をつけて拳を繰り出す。
手で受け止められない藤田は僕の拳を頬に綺麗に食らってしまう。そのまま藤田は尻餅をついた。
そのままの流れで藤田の服の襟をつかみ床に押し倒す。
「何の真似ですか?」
脅かすように拳を持ち上げる。
「わ、悪い、悪かった、大人しくするから」
次は無いですからと言い、襟から手を離した。
□□□□
藤田はもう暴れはしなかったものの、職員室に着くまでずっと取引をしようと言ってきた。
「お前らが望むだけやる! 金で物足りないのなら、なんだってするから、頼む!」
職員室の扉を開ける前、ある程度喋れるようになった宮下先輩は言った。
「私は、いや、私達は正義が好きなんですよ、変態先生」
僕らの人魂騒動は幕を閉じた。




