3話 『買物にて』
前回から遅れてすいません。
細々ながら続けていこうと思います。
ユートが神殿で依頼を受けたのとほぼ同刻。
ウルバスの北門と、南門を結ぶ大道のほぼ中央にウルバスの大広場はある。
大広場はそのほとんどが2、3階はある建物に囲まれている。建物に囲まれたとはいっても閉塞感はなく、むしろ壮麗な装飾が返す日光によって、草原のような晴れ晴れしささえある。
そこに広がった露店には、早朝にも関わらず買い物に勤しむ人達の姿がみてとれた。
宿前に劣らない騒々しさと、活気がそこにはあった。
その中で、取り分けて目立つ2人組がいる。
黄唐茶の髪をフードに包んだ少女と、その後ろを歩く長い縹の髪を後ろに流した青年。青年の流麗な風貌は女性を思わせる。
青年の方は広場に来るのは初めてなようで、少女の後ろを促されるように歩いている。
「ここが指輪の店、あっちが剃刀のお店よ」
「専門店ばかりだね。ハーレイ――僕達の街には専門店なんてなかったから新鮮だよ。うわぁ⋯⋯眉飾りの専門店なんてあるんだ、需要あるのかな」
実際、露店ではないがここまで来る間にいくつもの店が並び立っていた。その中にはベルクリッドが言うように重要があるのかどうかが疑わしい店もいくつかあった。
勿論、潰れていないのだから一定の需要はあるのだろう。
「この羽飾りユートにさん似合いそうだわ」
麗らかなリルカの声のする方へと目を向ける。
リルカの瞳に映るのは大広場に立てられた簡易的な商品棚。倣うようにベルクリッドも視線を商品棚へと移す。
「これよ」
棚に並んでいる羽飾りは象や狗など、様々な意匠を凝らしたものがあり、そのなかからリルカが指し示したのは不死鳥を象ったものだった。
それは日の光を浴びて、白い輝きを放っている。
どうやら白銀で出来ているらしいそれは、確かにユートの黒い髪に似合いそうである。
「うん。僕もそう思う。でもユートは邪魔だって言いそうだな」
ふふ、とユートが髪飾りをつけている姿を想像して2人は笑う。
ベルクリッドはここまでの道を思い出しながら、気になっていた事をリルカに尋ねてみた。
「さっきから宿屋を見ないなぁ。フォーロッドが悪い宿とは言わないけど、こんな大きな街なんだ2、3軒の宿屋があってもおかしくないと思うんだけど」
フォーロッドとはリルカの母の経営する宿屋である。あまり大きな宿ではなかったが、リルカの母が1人で宿屋を回していた。
激務をこなしつつも汗1つかかずに働く彼女の様子は、女性がいかに強いかということをベルクリッドに教えてくれた。
「戦争のせいで宿屋を営んだ事のある人はみんな亡くなったわ、もちろん私のお父さんも。まあ、私は幼かったから覚えてないのだけれど」
戦争。ここ最近で1番大きい戦争といえばルルシア、フェルマー間の戦争か。
15年前、この大陸を統一しようと2国が引き起こしたこの戦争は5年間続いた。戦争終盤では近隣の小国からも徴兵していたという、ウルバスもその例に漏れなかったということだろう。
それよりも。
質問に答えたリルカの声は、話の内容に比べてやけに明るい。
「復興が終わった後すぐにお母さんは、お父さんの宿を再開させたの。戦争のせいで旅人も少なかったから宿屋はなくてもいいんじゃないかって声もあったらしいけど」
ベルクリッドの顔に浮かぶ疑問の色を感じ取ったのか、リルカがさらに詳しい説明をする。
宿屋を初めてからのあらましは、楽な経営ではなかったであろう事を予想させた。
「あら」
ベルクリッドの顔に差しかかる影によって、リルカは自分達が随分と話し込んでいた事に気づく。
「いけない、話をしてるだけで時間が過ぎてしまうわ。次はあの通りを見てみましょう」
背を向けるリルカを眺めながらベルクリッドは妙な感覚を抱く。見れば見る程、話をすれば話をする程あの森で襲われていた少女と、今の大人然とした彼女が乖離して見える。
「僕は服を見てみたいかな」
(襲われたんだし、取り乱してたってこともあるしね)
どちらにしても彼女が毒心の者という訳でもなさそうなので、ベルクリッドはこれを飲み込み、歩を進めるリルカに続いた。
***
「ただいま」
リルカがフォーロッドの扉を開けると、2人を焦げた肉の香りが出迎える。それと同時にベルクリッドのお腹から『ぐぅ』という可愛らしい抗議の声が聞こえる。どうやら買い物に夢中で空腹に気が付かなかったらしい。
「私は宿の手伝いをしてくるわ」
「うん。案内ありがとう」
部屋に戻ろうとしたベルクリッドは、1階の休憩所にある椅子に人影が一つある事に気づく。
「ユートじゃないか、早かったね」
「まあな」
ユートは視線を移さずに答える。なんとも膠もない態度ではあるが、長い付き合いであるベルクリッドはそのまま会話を続ける。
「リオンは?」
「知らん。俺はお前らと一緒だと思ってたが」
「いや⋯⋯その⋯ね?」
君が行った後走ってっちゃいました、と言うのはさすがにバツが悪い。
2人がリオンの行方について話し合っていると、
「あの坊やかい? それならそこの兄ちゃんが来るより少し前に部屋に上がって行ったよ」
いきなりの声に2人の視線がそちらへと向く。
そこには勝手元から来た女将――リルカの母が立っていた。
夕餉の支度が終わったのだろう、勝手元からは空きっ腹に響く良い香りが漂っている。
「そろそろ夕飯の時間だからね、坊やを呼んできておくれ」
そう言うと女将は勝手元へと戻っていった。
「部屋に行かなかったのかい?」
「帰ったばかりだったからな」
ベルクリッドの問に対し、変わらずユートは素っ気のない態度を返す。
「ちゃんと仲直りしなよ」
「別に喧嘩なんかしてない。叱っただけだ」
「⋯⋯それなら良いんだけど、さ。依頼はどうだったの?」
「森の調査だとよ」
「調査? 珍しいね、依頼を出すくらいならこの街から人を出せばいいのにさ」
ユートたちに依頼が届いたのが数週間前。いつ来るかもわからない者を待つのなら、街で有志を募った方が早期に解決出来るように思える。
「魔物のせいだろ」
カタッ。
階段の方から音が鳴り、自然2人の視線もそちらへと向かう。
「あっ⋯⋯」
音の主は階段をそろそろと降りようとしていたようだ。階段の方は陰になっていて誰なのかはわからない。
彼は迷うような素振りを見せたが、結局はユートの方へと歩いてきた。
休憩所の壁面に飾られた瓦灯によって照らされ、彼の姿がはっきりと見えてくる。
音の主は臙脂の髪を短く整えた少年だった。
「リオンか」
「あ、うん⋯⋯いっ依頼はどう、なったの?」
「受けた」
「そう⋯」
「森の調査だ、そんなに時間もかからんだろ。明日出向く」
だから宿で待っていろ、ユートがそう言う気がした。
しかし代わりに口から出たのは意外な言葉。
「調査なんだ、持ち帰るものもあるだろう。人手はあればあるだけいい、どうする?」
それは暗に『着いてきてもいい』ということ。
もしかしたら別に許した訳では無いかもしれないし、本人の言う通り最初から怒ってなどいないのかもしれない。それはリオンには分からない。
でも、
「行く。俺、行くよ」
行かなければ何も変わらない気がする。
たとえ何も出来ないとしても、ユートの戦いを近くで見ていれば学ぶ事もあるだろう。
「そうか」
ユートはそう短く呟くと、手元の本へと視線を落とした。
先程とは違い、タッタッタッと足音を立てながら食堂へとリオンは向かった。
「まったく、素直じゃないよね」
「うるさい」
このこの、とちょっかいをかけてくるベルクリッドを本で払っていると食堂からリルカがひょいと顔を覗かせ、夕食の支度が終わったことを告げる。
「遊んでないで行くぞ」
「へいへい」
席に着き、机に並べられた料理へと手を伸ばす。
食卓を囲みながらリルカ達と森の様子について話しながら、ベルクリッドは妙なさざめきを感じていた。
それが良いものなのか、悪いものなのかは分からない。
ただ漠然ともやもやした気持ちに襲われていた。
読んでくれた方に感謝を。
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