2話 『依頼』
開いてくれた皆さん。
ありがとうございます。
宿屋の扉が開き、眩い朝日がユートたちを出迎えた。
反射的に目を潜める。次第に目が慣れてくるとその絢爛とした街がユート達の視界に飛び込んでくる。
リルカのおかげで昨日中にウルバスに入国できた一行は、疲れのせいか繁華街を見ることもなく宿をとるとすぐに寝てしまった。
ベルクリッドが騒ぐので朝に湯浴みを済ませてはいるものの、やはり前線で戦っていたユートは疲れが取れていない気がした。
宿屋から一歩出たところでベルクリッドが、んーと声を漏らしながらその細腕を伸ばす。
「リルカちゃんの家が宿屋で良かったよ。いやー飛空船の事といい、やっぱりついているね――むむ、もしかしたら運命かも」
運命というものに特に関心がないユートであっても、何か思うところがあったのかもしれない。そうかもな、と珍しく肯定的な返事をする。
単に返事をするのが面倒で、適当な返事を返しただけかもしれないが。
『今日は羊が安いよ! 特に足がいい感じだ! なんかその、上手く言えねぇけどとりあえずいい感じだ!』
『ねえそこのお兄さん! これもうちょっと安くならない!? 銅貨2枚は高すぎだよ!』
『おい! 誰だ今俺を押した奴は! 出てこい、ぶっ飛ばしてやる!』
『うるせぇ! でけぇ図体して道を占領してんじゃねぇ!』
「凄い活気だねー。さてさて、何から見てまわろうか」
「⋯⋯遊びに来たわけじゃないぞ」
「わかってるよ。でもさ、息抜きだって必要だと思うんだ。長旅だったんだからさ」
ベルクリッドの言うように、ユートたちが祖国を後にしてからこのウルバスに着くまでに1週間はとうに過ぎていた。
乾物は尽きかけていたし、リルカに出会っていなかったら野草でも食べていたかもしれないのだ。
朴念仁のユートとて精神的な疲労の蓄積が無い訳では無い。
ユートはふぅ、と小さなため息を零しながら昨日に引き続き自分達と行動を共にする少女へと声をかけた。
「リルカ、神殿の場所を知ってるか?」
「ええ、そこの路地を真っ直ぐに行った先よ」
「そうか」
「ちょっとちょっと、どこ行くのさ」
「仕事の打ち合わせをしてくる。ベル達は物資の補給をしておいてくれ、その後は好きにしてくれていい」
そう言い残し、ユートは輪から離れスタスタと神殿に向けて歩き出してしまった。
待ってよ、とベルクリッドが声をかけるが、軽く手を振り返しただけでその足を止めようとはしない。
「まったくもう⋯。少しは旅を楽しめばいいのにさぁ」
「兄ちゃん、きっと俺のせいで機嫌悪いんだ⋯。俺、やっぱりついてこなければ良かったのかな⋯⋯」
少年の顔に再び影が落ち、その瞳から雫がこぼれる。
ベルクリッドが何を言えばいいのか迷っているうちに、彼は「⋯俺、ちょっと街を見てくる」といって、ユートの向かった方向とは反対側に走っていってしまった。
必然、宿屋の前に残るのはベルクリッドとリルカの2人だけになる。
「ごめんね、せっかく案内してくれるって言ってくれたのに」
「仕方ないわ、男の人はぶつかり合って絆を深めるものだってお父さんが言ってたもの。⋯私にはよく分からないのだけれど」
年頃の少女にしては少し枯れたような顔を見せるリルカ。昨日魔物に襲われた時とは別人のような表情に、ベルクリッドは少し面食らったようにリルカの顔を見た。
「大人だね」
「そんなことないわ。でもまあ、男の子よりは大人かしら」
あなたも大変ね、とリルカは笑う。
一応僕も男なんだけどなー、というベルクリッドの呟きは街の賑やかさの中で誰の耳にも届くことなく溶けていった。
***
「⋯⋯神殿に関わる事など殆どないと思っていたんだがな」
ユートが一人呟いていると、かたりと応接室の扉が開きローブの大男が姿を見せる。一般男性のそれを大きく上回るその体はまさに巨人と言ってもいいかもしれない。
「お待たせしました、ユート殿。ウルバスの神官長を務めております、ゴーロと申します。依頼の話ですね、奥へとお進み下さい」
「奥? ここじゃ駄目なのか」
ユートの待たされていた応接室は、確かに貴族などを招くには質素な作りかもしれないが、ユートのような平民を相手にするには十分に見えた。
「なにぶん内密の話ですので、盗み聞きなどの恐れのない地下室で話をしたいと思います。地下室ですがもちろん毎日清掃をしておりますのでご心配なく」
応接室から地下室へと向かう途中の廊下はウルバスの街並みのように煌びやかに輝いている。しかしだからこそ、そこを歩いている人間がユートとゴーロの2人だけというのが不可解だった。
「ここの神殿、随分と神官が少ないんだな。俺達の国は田舎だがここの数倍はいたぞ」
「⋯⋯⋯」
神殿、というものがある。
これはいわゆる信仰施設としての側面と、人々の傷――肉体的、精神的を問わず――を癒す治療施設としての側面を併せ持つ。
信仰に関しては言わずもがなではあるが、どうやら今回ユートにとって重要になるのは治療施設としての神殿のようである。
地下室の扉を開くと、地下らしくほの暗いものの決して入る者を不快にさせる事の無い部屋が広がった。
部屋には木製の机が1つと、椅子が2つだけ。
その片方に座るようユートを促すと、その対面となるようにゴーロは腰を降ろし依頼について語り始めた。
「二月ほど前からでしょうか、突然神官たちが治癒の魔術が使えなくなったと訴えてくるようになったのです。私も最初は神に仕える身でありながら、何をふざけているのかと思っていました」
ユートは何故この神殿に神官が少ないのかということを理解する。
どうやら彼らの身に何かがあったようだ。
「しかし、その症状を訴える者は増え続け、今では私を含め神殿で治癒魔術の行使が行えるものは片手の指ほどになってしまいました」
淡々と語ってはいるものの、ゴーロは時折肩を震わせている。治癒が行えず、傷ついた人々を救えない事は神官として許し難いことなのだろう。
「指名してもらったところ悪いが、別に俺は魔術の専門家ってわけじゃない。そういう話は魔術師にでも依頼した方がいいんじゃないか?」
「⋯⋯実は被害にあった彼らにはある共通点があるのです」
「共通点?」
「ええ。治癒の使えなくなった者全員が、その前日に薬草を取りに森へと向かっているのです。⋯私はこの現象の原因が森にあるのではないかと思っています。ですので――」
「――俺に森の調査をしてほしいって訳か」
「はい」
ゴーロがその額が机に着かんばかりに深く頭を下げる。
「お願いします⋯。今はまだ問題ありませんが、もし何かの拍子に怪我人が大勢出たりなんてしたら⋯⋯きっと⋯今の神殿では⋯⋯」
「報酬はいくら出せる」
「⋯金貨200、でどうですか」
普通の民家1件を立てるのにおよそ金貨10枚。金貨200枚ともなれば、それこそ小さい街ひとつ立つかもしれない。
「⋯⋯足りなければさらに50、出しましょう」
「待て。流石にそれは割に合わない。確かに重要な案件だ、被害を考えればその価値はあるかもしれない。しかし、たかが調査にそこまでかけるのはおかしい。何か確証があるのか?」
「ええ。ですがそれは神殿の機密に繋がっているので、申し訳ありませんが話す事は出来ません。どうです、この依頼を受けまてくれますか」
ゴーロは真っ直ぐユートを見つめた。
その瞳に浮かぶのは焦り。といっても人の顔を読む術に長けていないユートにはそれは分からない。
不明瞭な事も多い依頼ではあるが、金貨200枚という報酬は魅力的でもある。
つかの間の沈黙の後、静寂を破ったのはユートの一言だった。
「その依頼、受けよう」
***
帰り際、もう随分と暗くなった空を見上げ、ユートは独白する。
「⋯⋯にしても、森か⋯」
昨日の件と関係しているのだろうか。ユートは昨日の事を思い返していた。
「そういえば、リルカは森に花を取りに来たと言っていたな⋯」
どうやらリルカに話を聞く必要があるかもな。
帰路についたユートはそんなことを考えていた。
全ての先達と読者に感謝を。
程度の低い文ですが、僕なりに頑張ってみようと思います。
評価、感想を頂けると、嬉しいです。