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1-1話 『出会い』

どうでもいい話なんですけれど、遊戯王をやっていて対戦相手が試合の途中で片し始めたりするんですよね。これは民度の問題なのかはわかりませんが、ペガサスの言葉を借りるならデュエルを最後まで続けるスピリッツという話で、少しむなしく感じてしまいます。これは僕がおかしいんですかね。


「綺麗だね」


朱に染められた空の下。

両端を深い森に挟まれた小道で、二人の少年が空に浮かぶ船を見上げていた。

岩に腰を下ろした少年は興味深そうに空を見続けている。

それとは対称的に、木陰に立ち尽くした少年は間もなく空を見上げるのをやめる。


先ほど声を漏らしたのは、青い髪を肩ほどまで伸ばした小柄な少年。

修道女の着るような服に装飾を嫌味なほど施し、それを勢いのまま引き裂いたような派手な――悪趣味ともいえる――服を身にまとっている。

彼の名はベルクリッド。

髪型や服装のせいでもあるのだろうが、女性だと言われれば――いや、言われなくても女性だと誤認してしまう端正な顔の少年だ。


船の落とした陰で少し暗くなった森路の一角、片割れのいる木陰へと声をかけた。


「飛空船があんな数飛んでいるのなんてまず見られないよ。運が良かったね――ユート」


ユート。

そう呼ばれた少年は再び視線を空へと移す。

どうやらそれが彼の名のようだ。

線の細い少年である。

古臭いコートを羽織った、ぼさぼさの黒い髪――その風体から察するに旅人のようである。

腕や首、服から覗く肉体には幾つもの傷が見受けられ、腰の剣帯が飾りではないことをうかがわせる。


「船、か」


飛空船。普通の国家ですら一隻造船するだけでも財政を圧迫しかねないその船が、一度に十数も空を飛んでいる。確かに珍しい光景である。

近いうちに戦争でもあるのだろうか、ユートがそう考えていると


「そういえばウルバスは畜産が盛んだったよね」


もう飛空船に飽きたのだろうか。

そんな話を振ってくる。

いくらなんでも早すぎる気もするが。

ウルバスというのは山の上に国を構える大国で、国土の半分が放牧場だと言われるほど畜産業に秀でた国家だ。

ウルバス産の雌牛は時折ユートたちの祖国にも輸入されていたが、とてもユートたちに買えるものではなかった。そういえば警察という犯罪専門の国家組織があるらしく、治安もいいらしい。


「着いてみればわかるだろ」


期待に胸を膨らませるベルクリッドとは対称的に、ユートはそっけない態度を見せる。


「まだ見ぬ地に思いを馳せるこの楽しさがなんで分からないかなー」


ぶらぶらと足を動かしながらベルクリッドは口を膨らませる。

子供かよ。


「知らん。そんなことよりそろそろ行くぞ」

「待った待ったユート。まだリアンが戻ってきていてないよ、このままなら今日はキャンプをする羽目になるかもね」


ユートは眉を顰める。

リアン。

この旅のもう一人の仲間の名である。

茶色い髪の幼い少年の顔が脳裏に浮かぶ。



一方のベルクリッドはというと「僕はキャンプも乙なものだと思うよー」と笑っている。

キャンプをすることは歓迎らしい。

というよりも。


「長すぎじゃないか?」


リアンが厠に行きたいと、森陰に向かってから既に十数分が経過していた。

長すぎる気がする。


「確かに長いね、迎えに行こうか。もし用を足しているところに出会ってしまったら悲惨だけど」


ユートは険しい顔でベルクリッドを睨む。

ベルクリッドは笑みを浮かべている。

にやにやと。

意地の悪そうに。


「変なことを言うな、行くぞ」


***



『うわぁぁぁぁぁ!!』


悲鳴。

なんとも計ったような悲鳴である。

瞬間――ユートの顔から感情が消える。

同時にほんの先ほどまでにやにや笑いを続けていたベルクリッドの表情も険しくなる。


「……急ぐぞ」

「ああ」


悲鳴のした方向へ数秒走ったところで開けた場所に出た。

日中ならば木漏れ日で明るいであろうそこは、しかしながら日の傾いている今は不気味な空気で満たされている。

そして。

広場には悲鳴の主であろう少女と――魔物。


「助けて!」


ユートたちの気配を感じたのだろう。

少女が叫ぶ。

見れば少女の衣服はそのほとんどが引き裂かれ、服としての機能を果たしていない。


『ニンゲン!』

『コロス!』


少女の声に呼応して魔物が叫ぶ。

叫びは他の魔物にも伝播し、叫びは不気味な合唱となる。

その喧騒の中、ユートは静かに剣帯から剣を抜いた。

二尺ほどの細い両刃刀。

やや黒い刀身には刃こぼれの一つもない。


「任せろ」


短い返事とともにユートは疾駆した。

それが聞こえたのか、聞こえていないのかーー少女は力なく地面に倒れこむ。

ユートは駆け抜けるその勢いのまま、魔物の首を剣で薙ぐ。


『ニンゲ――』


魔物の声が途中で途切れ、あたりに鮮血が飛び散る。

その様子を気配で確認しながらユートは次の獲物へと狙いを定める。


「短い角、苔色の体色。下位の亜人種だね」


矢を番えながら、ベルクリッドが言う。

ユートも常に攻勢というわけではなく、時折攻撃の隙を突いて魔物がユートに飛びついて来る。

それでもユートが傷を受けていないのは、ベルクリッドが弓矢でユートに飛びつこうとする魔物を打ち落としているからだ。


剣で薙ぎ、矢で射る。その繰り返し。

剣が肉を断つ音と弓矢が風を切る音が聞こえなくなったのは、すべての魔物が物言わぬ肉塊になった後であった。


「大丈夫か」


剣の血をぼろ雑巾で拭いながらユートが少女に問いかけた。

目を覚ました少女の目が大きく見開かれる。


「ひっ」


少女が後退する。

何故か。

ユートは思案し、一つの答えに辿り着く。

返り血である。

現在、彼の顔には先ほど切った魔物の血が顔中に付着している。


「怖がっているじゃないか、顔ぐらい拭きなよ」


ばふ。

ベルクリッドが自分の雑巾をユートの顔に押し付けた。

――助けてもらっておいて贅沢な奴だ。

顔を拭いながら思う。

目を覚ましてすぐに直面する人間が血みどろの男だというのは、幼い少女にとっては恐怖であろう。それは分かるが、助けた人間が自分を見て怯えるというのはいい心持ちがしないのも事実である。


「ねぇ君、なんでこんなところで一人でいたんだい?」


ケープを被せながらベルクリッドが少女に優しく語りかける。

交渉事ならいざ知らず、子供相手の話し合いはユートの得手するところではない。


「お花をとりに来たの……でも道をはぐれてしまって」


少女が震えた声で答えた。

寒いからか、それとも恐怖からであろうか。


「君くらいの年の男の子がこっち来なかった?」

「赤い髪の生意気そうなガキだ」


ユートが戻る。

顔の血を拭い終わったようだ――とはいってもまだ顔の端々には乾燥してしまった血がこびりついている。

ベルクリッドがリオンの居場所を聞いていたのはユートにも聞こえていた。しかし少女に聞くまでもなく、ユートにはおおよその見当はついている。


「それなら…」


少女は広場の端の気を指さした。

魔物と戦っている間は気づかなかったが、周りの木に比べて一回りも二回りも大きい木が生えている。

そしてその大木の洞には子供くらいの影。


「リオンッ!」


ベルクリッドが仲間の名前を呼びながら駆け寄る。

やはり森に入った時の叫び声はリオンのものだった。先ほど聞こえてきたということはそれまで何をしていたのだろうか。

考えようとして、止めた。

他人の厠事情など知りたくもない。

どうせ丁度よい木陰を探していただけだろう、と。


「あの子、私が襲われていたとき助けに来てくれたの。でも――」

「小鬼に返り討ちにされて、『オスはまずいからいらない』とか言われてそこに捨てられたんだろ」


ユートが皮肉気に呟く。

ユートの顔の血にも慣れたのか、傍らにいた少女が玉のような目でユートを見る。


「ふふっ。貴方小鬼に詳しいのね」


先ほどの怯えっぷりが嘘のようである。

少女に花のような笑顔を向けられ、ユートは少し気まずそうに目線をリオンへと向けた。怪我はしているものの擦り傷程度で、命に別状はなさそうだ――もちろん皮肉の通り、予測は出来ていたのだが。


「ん…あれ……俺、確か…女の子を助けに…あ! 魔物は!?」

「僕たちが倒したよ」

「お前が寝ている間にな」

「あ…そう……」


ユートの目が鋭くなる。


「なんで俺たちを呼ばなかった? 大声を出せば俺たちに聞こえる距離だろ」


ユートがリオンに詰め寄る。

彼が助けを呼びに戻れば、少女が悪戯に辱められることはなかっただろう。


「それは……俺一人でも…」

「一人でも倒せると思ったか。自惚れるな――お前は弱い、小鬼程度に負ける程にな」


リオンがそれ以上言うまでもなく。

ユートは静かに怒りを湛えているように見えた。

ベルクリッドが助け船を出そうにも、ユートの気迫に口を挟めない。


「…ごめんなさい」


リオンの目には大粒の滴が溜まっている。

もう一言ユートに何かを言われただけでも決壊しそうだ。

ユートは思う。

――少し言い過ぎたかもしれない。

しかし。

ユートには彼の無茶を許容することはできない。

この少女を無駄に危険に晒したことは勿論だが、彼が自分から危険に身を投じたことが許せない。

鮮明に思い出される記憶。

ユートに弟を預け旅に出た彼女との――弟をお願い、という言葉だけの簡単な約束。

ユートとリオンの口が閉じ、辺りを沈黙が包む。


――結局、今日中にウルバスに行くのは無理か。

面倒だな、と呟く。

誰に向けて、というわけではないただの独り言。

しかしそれに反応したものが一名。


「ウルバス? お兄さん達、ウルバスに行きたいの? だったらついてきて、抜け道があるの」


リルカは言った。

そう、何気なく。


「どうして君がそんなことを知っているんだい?」


というベルクリッドに対する少女の返答は簡単なものだった。


「どうして? 当然よ、私はウルバスから来たんだから」


***


考えれば、ウルバスの近郊の森にいた少女がウルバスの住民だというのは何の不思議もない話である。

助けた少女の案内に従い鬱蒼とした森の中を進んでいく。木々は先ほどよりもどんどん深くなっていくが、少女の足が止まることはない。大仰な道はなく、獣道のような道が続く。なるほど、抜け道というのも納得できる話だ。

土に汚れた髪を揺らし進む少女の後ろ姿を見つめながら、ユートは考える。

数日の旅で疲れも蓄積している。

なんにせよ、今日中にウルバスに到着できるのは僥倖である。


「ねえ。ユートさんたちは何の用でウルバスまで?」

「依頼でな」

「ということは傭兵なのね。軽装だからてっきり旅人かと思ったのだけれど」

「僕、重い鎧とかは嫌いなんだ。」


そういえば。


「リルカちゃんはよくこんな魔物の出る道を通れたね」


少女の名前はリルカというらしい。

地毛は汚れていなければ、さぞ綺麗な金色なのだろう。


「この道、普段は魔物なんて出ないの。本当よ」

「そうなんだ、災難だったね」


何故今日は魔物が出たのか。

ユートには、そこが引っかかる。


「魔物は――」


唐突に、視界が開ける。

言葉を失う。

日光。

空に浮かぶものとは別に、太陽がもう一つあった。

光に目が慣れ、二つ目の太陽の姿がよく見えるようになる。

見えたのは――都市。

黄金の都市。

見渡す限りの壁に囲まれたその都市の至る所が黄金の装飾を施されており、街頭の光を受けて日の傾いた今でさえ黄金色に輝いている。

門から覗く華やかな商店が並んだ大通りは人で賑わっており、その人々の顔も笑顔で充ちている。


「凄い⋯⋯」


ふと零れた呟きは誰のものだっただろうか。

全員であったかもしれない。

ぴょん、と。

棒立ちになった三人をよそ眼に、リルカはユートたちの前に踊り出る。


「私たちの国、ウルバスにようこそ!」


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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