絶望色の再会
そして、約束の夜が訪れた。
両親とローラが寝静まった頃を見計らい、悠人は一人外に飛び出し、例のモーテル「リプルパレス」を目指す。
だが、悠人は気付いていなかったが。
事の一部始終を間近で聞いていたローラもまた、後を追うように四使徒指定のモーテルを目指していた。
(……ユートの奴め、本当に独りで行きおって……)
胸中で苛立たしげに唾棄するものの、彼が何故自分一人で向かったのかという理由は分かっていた。
仮に悠人がローラを連れてきたら、叶は四使徒たちに殺される――それについては、悠人が叶と電話している最中に聞き耳を立てていたため、大まかには把握していた。だから悠人は、叶が殺されてしまう最悪のリスクを回避するべく、ローラを差し置いて単独で向かったのだ。
だが逆に考えてもみよ、あえて悠人一人だけを誘い出すべく四使徒が嘘を付いた可能性だってあるではないか。彼らはクルースニクの存在を目の上の瘤と見なしているため、人質の叶を利用して真祖だけを呼び出したというのは有り得る話だ。
そういう訳で、ローラは悠人を尾行する。
仮に四使徒の言ったことが本当であり、自分が後を追っていたことがバレて叶が殺されそうになったのならば、その前に阻止すればいい。それよりも、悠人がまんまと嵌められて彼らの手に堕ちてしまう方が大問題だ。
(よもや彼奴に限って四使徒の誘惑に自ら乗る訳は無いとは思うが、万が一ということもあるからな……)
吸血鬼としての並外れた身体能力で街並みを疾駆する悠人を、ローラもまた神術によって大幅に増強された身体能力を駆使して追い掛ける。
そんな時、予想だにせぬ人物と遭遇することとなった。
「……あれ、フォーマルハウトさん?」
「――っ!?」
見知った人物に声を掛けられ、反射的に足を止めてしまうローラ。
彼女の向かい側には、何故か私服姿の解の姿が在って。
「……シロサキ、こんな夜更けに何故出歩いている。さては非行に走ったのかね?」
「流石に非行では無いよ。ただ単に歯磨き粉が切れたからコンビニまで買いに行こうと思って」
解に対してはとことんつっけんどんなローラによる厳しい追及に、当の本人は苦笑いする。
その表情は嘘を言っているようには思えない。ポケットの中に財布を突っ込んだラフな姿も、何処からどう見ても買い出しに行くようにしか見えなかった。
「貴君、本当に嘘では無いのだろうな?」
「だから、嘘じゃないって。それに、逆に僕からしたら君の方が怪しく見えるよ? こんな夜中に生き急ぐように走るだなんて」
ローラに凄まれてもなお、解は苦笑を崩さない。
しかし彼がそういう反応を見せたのは、ローラが何故急いでいるのかを察していたからであるようで。
「君がここまで必死になっているってことは、悠人に……いや、ひょっとしたら浅浦さんにも何かあったってことなんだろう?」
「なっ……!?」
「その反応……図星ってことかな」
ローラの反応によって確信を得た解は、笑顔を真面目な表情に作り変えながら言葉を続ける。
「もし悠人と浅浦さんが窮地に陥っているというのならば、僕も一緒に行く。二人の友人として、見過ごすことだけはしたくないから」
「そ、そうは言ってもだな……。相手は相当に危険な輩だ。貴君が勝てる保証は……」
「承知の上だよ。でも、ただ何もしないよりかは、足手纏いでもいいから二人を助けるための力になりたい」
吸血鬼相手に人間は絶対に勝てないとローラは遠回しに諭したが、解は頑なにローラの説得を拒んだ。
その瞳には、断固として曲げられぬほど揺るぎの無い覚悟が溢れている。こうなってしまったが最後、いくら冷静な彼であれど絶対に退かないであろう。
「一生のお願いだ、フォーマルハウトさん。何の力にもなれないかもしれないけれど、どうか僕も行かせてほしい」
「……」
今にも土下座しかねないほどの彼の切実な懇願を受けてしまえば、こちらの頑と拒もうとする心も簡単に折れてしまい。
結局ローラは、溜め息を吐きつつも解の願いを引き受けてしまった。
「……そこまで言うのであれば仕方無い。だが、付いてくるのは自由だが、万が一輩が貴君に襲い掛からないとも限らん。万が一に備え、私の後方で待機していたまえ」
「女の子に護られるなんてとても複雑だけど……そこまで君が忠告するってことは、何かしらの浅からぬ因縁があるってことなんだろうし。……うん、分かったよ」
ローラからの承諾を得た解が、ぱっと晴れやかな笑顔を見せた。
「本当にありがとう、フォーマルハウトさん。恩に着るよ」
「礼を口にする暇があるのならば急ぎたまえ。ユートとカナエの身に最悪の事態が起こってほしくないのならばな」
「あ……うん、そうだね。行こう」
先を急ぐように走るローラの姿を、解は全速力で追って行った――
――が、後を追ってくる彼が走りながら狂喜的な笑みを浮かべていることに、先行くローラは気付かない。
*****
ローラと解が尾行していることなど知らぬまま、悠人は指定された場所へと辿り着く。
崩れた外壁に色褪せた派手派手しい看板という、昔はいかがわしさを匂わせる外観をしていたのであろう廃墟。ここが叶の言っていたモーテルで間違い無いと、悠人は直感で悟った。
何よりも、この廃墟の内部からは強大な吸血鬼の気配が色濃く匂ってくる。もはやここまで来ると四使徒の潜伏は確実だ。
(……ここに、カナが、)
実感した瞬間、息が詰まりそうになる。
きっと叶は怯えていることだろう。血と殺戮にトラウマを持っている彼女なのだから、人間の命をゴミとしか捉えていない残忍な吸血鬼を前に、顔面蒼白で震えているに違いない。
何としてでも、彼女を四使徒の手から奪い返さなくては。最悪の未来に恐怖する心に鞭打ち、そう悠人は意気込んだ。
(……絶対に、死なせない。必ずカナを助けてみせる)
気合いを入れるように大きく深呼吸をした後、悠人は片手に愛剣・魔帝ノ黒杭を喚び出す。
叶の目の前で凶器を振るうことはあまり好ましいことでは無いが、こうでもしなければ四使徒の魔手から彼女を護ることができない。必要悪と割り切った上で、悠人は大剣片手にモーテルの敷地内へ足を踏み入れた。
が、立ち入ってすぐ、悠人の視界にとてつもない違和感が飛び込んできた。
「……来たんだね、悠くん。約束通り、ローラちゃんは連れてきていないみたいで安心したよ」
モーテル内部に一歩足を踏み出した悠人の目の前に、囚われているはずの叶の姿が在る。
近くに四使徒の気配は全く無い。つまり敵の監視の目も無く、たった独りで悠人と対面しているということだ。
「カナ、どうして……捕まってたはずだろ……?」
「確かに、ほんの少し前までは捕まってた。『四使徒』って名乗る、かつてあたしにトラウマを与えた吸血鬼たちに捕らえられて、それでいろいろと真実を聞かされてたんだ」
「――!?」
吸血鬼。その単語が叶の口から飛び出た瞬間、悠人は言葉を失った。
彼女は彼らの存在を認知していなかったはず。なのに今その存在を知ったように語ったということは、この五日間の間に四使徒たちに吸血鬼に纏わる話を聞かされたということだ。
ならば当然、自分とローラの正体についても教えられたに違いない。
「お前……つまりそれって俺やローラのことも……!」
「うん、聞かされたよ。悠くんが吸血鬼たちの王様だってことも、ローラちゃんが悠くんを世界で唯一倒せる人だってことも、ローラちゃんがこの国に来たのは悠くんを殺すためだってこともね」
淡々と、叶は語る。
それらの真実は、血と殺人にトラウマを抱えていて、幼馴染のことも親友のことも大切な存在と見なしている彼女にとって、とても酷なもののはずだ。
なのに、全てを聞かされても一つも取り乱していないのは一体どういうことなのだろうか……?
「……悠くんとローラちゃんが互いに殺し合わなきゃいけない未来は、もう決まっているようなものなんだよね。今は二人とも仲のいい恋人同士だけど、それでもいつか悠くんが吸血鬼の王様として狂っちゃったら、ローラちゃんは悠くんを殺すんだよね」
「カナ、お前、一体……」
「でもそんな未来、あたしは起こってほしくない。たとえローラちゃんがどうなろうと、あたしは誰よりも大好きな悠くんのことを喪いたくない。死なせたくない」
「……っ……!?」
ここに来てようやく、漠然と感じていた違和感が形を成し始めた。
叶は親友のことを「どうでもいい」と言うような少女では無い。自分にとって大切な存在ならば絶対に見放そうとはしないはずだ。現に、幼馴染の悠人に対してはこの現在も確固な想いを抱いているのだから。
叶は吸血鬼たちの真実を知った。その上で、世界の救世主であるはずのローラを度外視し、世界の敵であるはずの悠人を死の運命から護ることに固執している――それはつまり、
(カナ……まさかお前、吸血鬼たちに洗脳され……!?)
しかし、違和感だらけの現在の叶に纏わる真実は、悠人が想像している以上に、残酷で非情なもので。
「だから……誰よりも大切な悠くんのことを死なせないために、今度はあたしが悠くんを護る。あたしが悠くんの……ううん、ユークリッド様の『英雄』になるから」
それまで俯いていた叶が、ゆっくりと顔を上げる。
声と同じように感情を欠落させた彼女の瞳は、それまでとは異なり、深紅色に変わっていた。




