重なり合う
一方悠人はというと、解に「二人だけで話がしたい」と教室外に連れ出されたところであった。
彼に連れられた場所は校内の中庭。広々と開放的である反面とても静かなため、のんびりと過ごすには打って付けの場所として密かに知られている。
そんな中庭に聳え立つ大きな木の下のベンチに共に腰掛けるや否や、解は早速本題の口火を切った。
「まずは悠人、両想いおめでとう。親友として心から祝福するよ」
「……ああ」
「あれ? 嬉しくないのかい?」
「……あんな状況になっておいて素直に喜べる訳無いだろ」
最後に見た叶の愕然とした様相を思い出し、苦悶の表情を作る悠人。
ローラが好きだという想いは本物だ。たとえ赦されない恋だとしても彼女を愛したいし、彼女を過酷な宿命から護りたいとも想う。
だが、そうやってローラを想えば想うほど、叶のことを精神的に追い詰めているとは思いもしなかった。
『でもね、悠くんが自分の本当の想いをはっきりと言ってくれて、あたしはすごく嬉しかった。悠くんはいつも人の顔色ばかり気にして、自分の本音を隠す悪い癖があったから。本当の悠くんを知ることができて、本当によかった……』
『だけど、仮に悠くんがそう思っているのだとしても、あたしは諦めた訳じゃないからね。いつか悠くんの気が変わって、あたしのことをただの幼馴染……ううん、護るべき対象以上の存在に想ってくれる日が来るように、あたしも頑張るから!』
「ローラが好きだ」と吐露した際、明るく振る舞っていたから大丈夫だと考えていた。幼馴染が素直に告白したことを快く祝福してくれていたから大丈夫だと思った。
しかし、それら全てが本心を殺した虚勢だという可能性は、全く考えていなかった。
「……なあ、解。俺はどうすればよかったのかな」
気付けば、縋るように尋ねている。
どっち付かずの自分に吐き気が出るほどの嫌悪を感じていたが、それとは裏腹に自分だけでは二者択一に踏ん切りを付けることができないどん詰まりの状況。幾度自力で何とかしようと思っても、結局は堂々巡りを続けるだけであるが故に、誰かを頼らざるを得なかった。
「どっちか一人を選べばもう一人が辛い目に遭う……人生ってそんなものなのかな。どちらも大切にするっていう選択肢なんて最初から存在してないのかな」
「つまり要約すると、フォーマルハウトさんと相思相愛になったはいいけれど、その結果浅浦さんの想いを裏切ってしまうことに繋がっているって気付いて、そのことがとても苦しい……ということでいいのかい?」
「ああ。俺はカナの『英雄』でいるってずっと誓っていたのに、最近ではローラへの想いが強くなっていて、結果的にローラのことを護りたいっていう想いの方が最近は強まっていて……。これじゃあまるで、俺が護る対象としていたのはカナじゃなくてローラの方だったみたいじゃねえか……」
このまま叶の想いを裏切ったままローラのことを愛し続けるか、それともローラへの恋愛感情に蓋をしてこれまで通り叶の英雄であることに徹するか、あるいは海に漂うクラゲのように中途半端に揺れながら双方を想うか……。
そんな風に苦悩する悠人に対し、ずっと親身になって傾聴していた解は自分なりの見解を告げる。
「参考になるかは分からないけれど、僕なりの意見を言うね」
「……こんなこと訊くのもどうかとは思うけど、頼む」
「僕としては……自分の正直な恋心を封じ込めてまで、無理に浅浦さんのことを想う必要は無いと思うな」
その一言に、胸がひどく締め付けられた。
言うならばそれは「自身のために叶を捨てろ」と言うことではないか――
「何、言ってるんだよ……俺のエゴのためにカナを捨てるだなんて、そんなのできる訳無いだろうが……!」
「それが駄目なんだよ、悠人。浅浦さんは単に『暁美悠人の幼馴染』っていう肩書きを持っているだけで、君だけのものっていう訳じゃないんだから」
思わず激昂した悠人を、解はやんわりと諭した。
「そもそも、悠人は浅浦さんに縛られすぎなんだよ。過去にいろいろあったからこそ彼女を幸せにしてあげたいっていうのは理解できるけれど、そのためだけに自分に無理に制約を掛けることは無いと思うな。尤も、これはフォーマルハウトさんに対する感情にも言えることだけれど」
「でも――」
――そうしたら、誰が彼女のことを護るというのか。
叶のトラウマの根源を知っているのは己のみ。「口外したら容赦しない」と諸悪の根源に脅されたからこそ、彼女のトラウマを唯一理解している者として、彼女の傍に寄り添うことのできる「英雄」として、この先ずっと――たとえ自分の想いが別の少女に傾いたとしても――叶の幸福を護ろうとしていた。
本来ならば吸血鬼を統べるこの身が未だに人間社会に固執する理由――すなわち「人間としての暁美悠人」が存在している理由を捨ててしまったら、この自分には本来の残虐な自分しか残らない。
「でも、俺は自分がどうなろうと大切な奴を護りたいんだよ! どうして分かってくれないんだよ!」
「分かっているよ。だけど悠人が自分自身を大切にしなかったら、浅浦さんにしてもフォーマルハウトさんにしても、悠人がずっと『護りたい』って想っていた人たちが悲しむっていうことは考えていないのかい?」
吸血鬼では無い自分の存在理由を否定され焦る悠人だったが、解の意見は変わらない。
たとえ、息子ないし主人ないし恋人のように付き合っている大親友を前にしても。
「もっと悠人は自分自身を大事にしなよ。本当の想いを押し殺してまで他人に尽くすことほど、この世で一番意味も無く虚しい行動は無いんだから」
「だけど、俺がカナの傍にいてやらないと――」
「たぶん悠人は護ることに固執しているせいで気付いていないんだろうけど、君が想像しているよりも浅浦さんは気丈な子だよ。だから彼女の心を信じても大丈夫なはず」
果たして、本当にそうなのだろうか。
確かに叶は幼馴染の前では平気な様子を見せていたし、「気にしないで」と強い心も見せていた。
しかし悠人とローラが教室内で急接近している光景を目撃し愕然としていた彼女は、どう見ても気丈なようには思えない。むしろ、身を守る盾としていた偽りの感情が剥がれ、彼女の本当の脆さが露わとなっていたようにも思える。
説得されればされるほど、悠人は余計に叶を見放すことができなくなってしまう。
そんな親友の心を慰めるべく、解は悠人の背にそっと手を回しゆっくりと摩った。
「もし仮に悠人が僕の意見を取り入れた上でまた浅浦さんやフォーマルハウトさんを傷付けてしまったというのなら、その時は発言主として、そして親友として僕がきちんと責任を取るつもりだよ」
「責任……?」
「そこは悠人の知るべきところじゃないよ」
何処か意味深な「責任を取る」という発言を蒸し返すも、解はそれをさらりと受け流す。きっと大した意図の無い発言だったのだろう。
(まあ、解が俺の尻拭いをする意思を見せたのはこれが初めてじゃないしな……)
そう思っているうち、解に背を優しく刺激され心を優しく宥められ、次第に悠人は冷静さを取り戻した。
ずっと重く圧し掛かっていた叶のことに対しての焦りと悲しみがふっと軽くなった心地さえ感じる。つい無意識に笑みが零れていた。
「……お前が何を考えてそんなことを言い出したのかはさておいて、俺にそこまで気を遣ってくれて本当に感謝しているよ。他の生徒だったらきっと、こんなどっち付かずの俺に幻滅しているはずだし……」
「幻滅なんてする訳無いじゃないか。僕は悠人の一番の親友、何があっても悠人のことを最優先にしようって誓っているから。今回だって、君がこれ以上無意味に悩んで傷付くところが見たくなくてつい手を差し伸べたことだからね」
解の甘い言葉と優しい一言に、悲哀で冷え切っていた胸が一気に熱くなり、釣られて悠人も頬を綻ばせる。
下手をすれば叶やローラ以上に、城崎解は暁美悠人の心情をとてもよく理解している。こちらの疑いを受け止めた上での優しい言葉もまた、何度も否定こそしたものの「こっちの苦しみを分かってくれている」と胸が温かくなっていた。
流石俺の親友、とつくづく感じる悠人に、さらに解はそっと囁きかける。
「とにかく、これだけはどうか信じてほしい。何があっても僕は君の意思を全肯定するって。たとえ悠人が望んだことがよからぬ結果になったのだとしても、それは全て僕が引き受けるから。だから、悠人は悠人の望むままにすればいい。それだけで僕は……いや、みんなは報われるんだよ」
おそらくこの言葉も、悠人のことを何よりも一心に想っている解にとっては、さりとて深い意味の無い言葉だったのかもしれない。
だが……
(あ、れ……?)
悠人にとってその一言は、以前確かに耳にした言葉とかなり似通っていると錯覚してしまう言葉だった。
『――僕は貴方の肯定者。貴方のお望みを満たしてあげることこそが僕の役目です。たとえ僕自身がそれを望んでいなくとも』
否、似ているというよりも、ほぼ同じ。
四百年ぶりに再会した真祖ユークリッドの一番の配下が述べた言葉と、今目の前で親友が告げた言葉は、どういう因果か意味合いが一緒だった。
(まさか……いや、そんなはずは……)
その時、悠人の脳裏によぎる嫌な予想。
(……だって、たとえ彼の能力があらゆる生物の姿を模すことだとしても、それでも彼が今までずっと姿を偽って接していたなんてことは……)
最悪で最低な考えが浮かんだ刹那、反射的に悠人は解から距離を取ってしまっていた。
「……っ!」
「悠人? どうしたんだい?」
解は首を傾げている。
端から理解していないのか何も知らないのか、あるいは知らないふりをしているのかとぼけているのか。それは悠人の知る由も無いこと。
だが、たとえ今自分が考えていることが単なる杞憂だったとしても、それでも敵が間近に接近している可能性を考慮すればどうしても詰問せざるを得なかった。
「……なあ、聞きたいんだが……」
「何?」
「お前って、ずっと昔に俺と会ったこと、あるか……?」
これが悠人にできる最大限の鎌掛けであった。
仮に彼が想定通りの人物であったのならば、間違い無く「ある」と答えるはず。何せ彼は真祖ユークリッドがこの世界に誕生した頃からの付き合いにして、真祖ユークリッドの一番初めの従者なのだから。
親友を疑いたくないという想いを秘めつつも問いただした悠人に対し、解は、
「……何を言っているんだい? 僕が悠人と初めて逢ったのは高校の入学式の時だから、そこまで昔でも無いじゃないか」
と、困ったように笑いながら答えた。
「……あ、そう、だよな。普通に考えたら」
意外と呆気無い答えに思わず拍子抜けする悠人だったが、同時に、内奥で懸念していた事実と実際は異なるということを確かに知り安堵もする。
「急に変なこと聞いて悪かった。今の質問はそこまで気にしなくていいから。な?」
「そう言われるとさっきの質問の意図がすごく気になってくるんだけれど……」
「あまり深い意味は無いから。本当に何でも無いからな?」
「ふーん……?」
首を傾げる解を前に、悠人は誤魔化しの苦笑をする。ついさっき考えていたことを悟られないようにするために。
同時、ほっと安心した。今、目の前にいる少年は自分のよく知る「城崎解」に間違いは無い。冷泉学園高校の入学式で出逢い、今もこうして交友関係を続けている親友――それ以外の関係性は自分と彼の間には無い。そんなことを実感したから。
……しかし、身体の奥では、未だに心臓が早鐘のように激しく鼓動していた。




